師弟の随に
────その後、挨拶回りは順調に進んだ。
心配のメッセージをくれていた者たちを優先に、まさしくの東奔西走。勿論のこと北にも南にも顔を出して会える知人友人には片っ端から会ってきた。
途中で厄介オタクや限界化聖女様に長時間拘束されそうになるもサラリと躱しつつ、とりあえず一通りは無事と心配の礼を伝えることを終えて……。
現在時刻は、夜十一時過ぎ。
「申し訳ない。なんか遅くまで残らせちゃう形に……」
「いいえ、お気になさらず」
俺は一人、現在はクランホームの異界に連なっている師の居城を訪れていた。
隔絶された静の世界。領域と支配を内包する埒外の『語手武装』こと【真名:外天を愛せし神館の秘鍵】により創られた、風と笹葉が唄う秘境。
今や半分以上、クラン共有の憩いの場と化している気がしないでもない場所で。 数時間ぶり。改めて顔を合わせた我が師は、いつものように。
ちょこんと……なんて心の中で形容しているのがバレたら叱られるかもしれないが、道場の縁側へ腰掛けて湯呑を手に、穏やかに出迎えた。
……斯くして、
「「………………」」
互いに、無言。そりゃそうだ。
あんな形で今を約束したんだからな────と、つまるところ。
「…………刀の手入れ、だなんて」
穏々たる表情を、ほんのりと崩し。なんと表せばいいものやら……拗ねるまではいかずとも、僅かばかり不満気。そんな珍しい顔を作り、
「識っている方には、誤魔化しはバレているでしょうね」
「ぁー……はは、すんません。俺も咄嗟に頭回したんで……」
しかし表情の大部分は、照れに染まった困り風味。その様子を見るに、お師匠様は弟子が気を回したという事実を当然のこと承知しているようだ。
……だから、つまるところ。
俺は彼女が『どうかした』ということに気付いていると表明したわけで。同じく、彼女は俺が『ソレ』に気付いたことを知っているわけで。
まあ無言の見合いも発生しよう。聞く側となる俺はともかく、ういさんの方も一度は故意か否か呑み込んだ〝何事か〟を言うか言うまいか選ぶのだから。
然して、数秒。
竹林が風に揺れ、笹葉がサラサラと奏でる曲に耳を傾ける内。
「……──ハル君」
「はい」
名前を呼ばれて視線を向ければ、お師匠様は空っぽだった湯呑を傍らに置いて。目を見て声を聴きつつ、ゆっくりと空いた手で俺を招いた。
言葉ではなく手招き。地味に珍しい仕草だなと思いながらも、俺の頭には常の如く師に対する警戒感は皆無。一歩、二歩と求めに応じて近付いて────
「……刀の手入れ、必要ですか?」
「ういさんのおかげで、必要ないっすね」
目前到着。ついでに求められる前から腰を折って、伸ばされた小さな手を頭頂で受け入れる。そのまま頭を撫でられつつ、心の隅に湧く罪悪感は堪えつつ。
今や自動修繕機能を備え、師の手に掛からずともよくなってしまった『刀』は放置するまま。暫くの間、優しくも内の戸惑いが透けて感じられる手を……。
静けさの中で享受すること、十数秒。
「………………アーちゃんに」
「? はい」
ぽつり。生まれた呟きは、この場にはいない者の名を指して。俺が首を傾げれば目の前、ういさんは最後の最後まで言うか言うまいかを悩んだ様子で、
「……思わず、聞いてしまったんです。あの、なんと、言いますか…………」
しかし、やはり最後の最後には。
「ハル君の、連絡先、を……」
堂々、素直に、そう打ち明けた。
「…………………………………………………………ん?」
ならば当然、俺が更に首を傾げるのも道理ってなわけで。
「は、ぇっ、なに……れ、連絡先? えと、……? ぁ、えー、あー…………」
思いもよらぬ話の流れに混乱する俺を眺め……というか、どこか判決を待つ罪人めいた表情。なんとも後ろめたそうな顔で見守っている師の顔を、見返しながら。
「えーと……現実の?」
「……はい」
「聞いてしまった」
「……はい」
「あれですか。アーシェは普通に教えた的な」
「…………はい」
「成程」
成程……? 成程、なぁ。
確かに一般常識的にはアレな出来事なんだろうけども、流石に一般的ではないと自覚している俺たちにとっては……まあ、なんだろうな。
アーシェとも『そんな感じ』になってきたかーなんて。トータル個人的には喜ばしく思うだけなので、あまり罪だ何だと思われたら困るなと俺は笑った。
「気にしなくていいですよ別に。そのことアーシェが俺に一言も伝えなかったのと、ういさんから現実で連絡を貰ってないってのが答えでしょ。全部の」
いつものことである。あの最強無敵で完璧な姫君は、いつだって……少なくとも俺が知る絶好調たる常の最中では、残さず全部を攫おうとするのだから。
「ですが、流石に……常識的に、如何なものかと思われる振る舞いを────」
「結局は使わなかったんだから、アーシェの思惑通りっすよ。多分その時、ういさんメチャクチャテンパってたんだろうなって後から聞いても想像できますし……」
「ぅ……」
「それを直で受け取ったアーシェが、なに? なんかこう、いつもの如くアレコレ完璧に気を回して『俺に伝えないまま連絡先を渡すだけ渡す』って判断に至ったのも想像つきますし。や、アイツの深淵なる意図は読み取れないですけども……」
ってか、ういさんとアーシェはリアルで繋がってたんだなって。同じく聞いていない話同士ならば、そっちの方が俺個人として「へぇ」と驚いたくらいだ。
────ともあれ、
「連絡。くれて良かったですし、これからは気兼ねなく電話でも何でもしてくれていいですよ。正直なとこ、俺も入院中……あれ、入院中の話ですよね?」
「は、はい……」
「ですよね。だからまあ、俺も入院中、なんです。あれです」
師が秘密を打ち明けてくれたのならば、弟子も打ち明けねば不作法というもの。
「ちょっと迷いましたし。ういさんに連絡しといた方がいいかなー……って」
「ぇ……? ぁ……」
こちらに関しては、連絡先は一応だが知っているしなと。ういさん個人ではなく、お住いの剣術道場に繋がってしまうものだが……しかし、間違いなく。
あれこれ言葉を尽くして身分を証明すれば、取り次いでもらえるだろうと。入院中に一瞬ではあるが俺も彼女と連絡を取ることを考えてはいたのだ。
だって、ほら。
「………………………………そう、でしたか……」
ご覧の通り。ハチャメチャに心配をしていた……──しているのだろうなと、深く考えずとも容易に想像ができていたから。
正解は『するべき』だった、と。下手な遠慮なんてするもんじゃないな。
「……、…………」
「……ハル君?」
と、そんな風に。思うのであれば、
ういさんから俺へのアレコレは、ともかくとして。俺から彼女への……最近、ある方向で抱かずにはいられず抱いてしまっている『遠慮』の種を。
何処へ流れつくかも判断が付かない、この場にて。
「全然、関係ないんですけども。いや一部では関係しているというか、まあ諸々いろいろあって俺が聞いてほしい、伝えときたい話があります」
「は、はい……?」
誰より先んじて彼女には、重ねて打ち明けておくべきだと思ったから。だから……俺は、心の中でほかならぬアーシェに小さく詫びを入れつつ────
ほんのり、緊張により喉へ訪れた仮想の渇きを無視しながら。
「俺、先日プロポーズをしまして」
「…………………………はい?」
話すべきと思ったことを、話し始めた。
おそらく多分きっと胃が痛い展開にはならんよ。




