大丈夫
「ソラ」
「は、はい……」
扉を閉めれば、そこは隔絶された異空間。更に指先で内側から扉をタップ、設定を弄り他者の入室権限からノックの通知まで消してしまえば完全なる密室だ。
「っ……」
当然、同意なくソレが罷り通ってしまえば流れるような監禁の成立である。そんなことをシステムが赦すわけがなく、ソラにも通知がいっただろう。
然らば、数秒。戸惑いのまま顔を俯け自由にした右手で以って、少女は俺には見えないシステム通知のウィンドウに触れた後────姿は、そのまま此処に。
つまるところは、密室で二人きりに同意したというわけで。
……勿論のこと、
「大丈夫?」
「はい、あの、っはい……」
今、いかがわしい空気なんざ一切お呼びではない。
冷静を装っちゃいるが俺だって極限までテンパっているし、ソラも混乱の極みから帰って来れない模様でいらっしゃる。閉め切った部屋と同じく八方塞がり。
なので、俺にできることなど哀しいほどに限られていた。
────まあ、限られているからこそ迷う必要もなかったのだが。
「一応、言っとく。ごめんなさい」
戸惑いながらも決して離そうとはしないソラの手を再度、今度は俺も意識して引っ張り少し強引に身体を寄せる。そして、よろめき倒れ込んできた体重を、
「へ、ぁ……」
「不本意であれば罰は甘んじて受けるから」
違わず、自分の身体で優しく受け止めた。そしたら……──ここまでアドリブ、ここからもアドリブで困った限りだが思考を尽くすとしよう。
「……で、どうした?」
出初めから上手くいく気がしない月並み極まるアレで自分に溜息が出てくるが、まあ諦めずに言葉を繋ぐことで誠意を見せる方向で────
「…………」
俺の問いに対して、ソラは「わからない」と言うように腕の中から首を振る。
「すっげぇ今更なんだけど、もしかして、アレか。……いや不躾に聞いていいことなのかもわからんけど状況が状況なんで許してくれな? その……」
コクリ、小さな首肯を許可と受け取って。
「人が倒れるってことに、トラウマ的なもの、お持ちだったり……」
次いで、首が横に振られた。
成程……いやまあ人が倒れるとかトラウマがなくともショックな出来事に違いないだろうが、それはそれとして特別な苦手があるとかではないと。
なら……。
「えー……さっきは、ああ言ってたけども。実は俺が仮想世界に復帰するの死ぬほど嫌というか反対したい感じの本音を、お持ちだったとか……」
また、首が横に振られる。
成程……いやまあ、心配があるのはわかっている。互いにな? けれども、こうして突如として泣いてしまうほど情緒不安定になるアレではないと。
然らば……然ら、ば…………────なに?
「………………ぁー」
いや、待て。これはアレか。もしや、アレか。
男には上手く理解できないだろうと教わった、女子特有の性質というやつ……そうと考えれば、ソラ自身がビックリしている様子にも頷ける。
あの日から初めて、再び仮想世界で俺の姿を見た。それがトリガーとなったのだと仮定すれば……まあ、あり得るのやも? 男の推測でしかないが────
推測でしかないゆえ、確かめよう。
「……ソラ」
「……、は、い…………」
「俺のこと、メッチャ心配してくれてた?」
「それ、は、もちろん……はい…………」
「ずーっと考えてた?」
「ぇ、ぅ…………は、はい……」
「寝ても覚めても?」
「な、なんですか……! 別に、そんな…………」
「…………」
「あ、当たり前、じゃないですか……当たり前、だもん…………」
なにこれメッチャ可愛い尊い愛おしい────ではなくて、
そうか。
まあ、そうなのか。
ずっっっっっと心配して、俺のことばかり考えてくれていたのであれば、自然。避け得ず、何度も何度も……あの場面を思い起こしていたというわけで。
「……比べちゃった?」
「へ? ぇ、なに……」
「その、あれよ。ぶっ倒れた時の、俺の……────」
────アーシェやニア曰く……『死んでしまったような』俺の顔と。
今の、何事もなく笑顔を見せた俺の顔を。
現場となる仮想世界で比べてしまって、比べてしまったがゆえに……もしかすれば、そのギャップに時間差で追加のショックを受けたのかもしれないと。
「…………、……」
そんな推測が、
「っ……、っ、ふ…………っ」
的を射たように、あるいは……。
「ぅ、っは、は、ぅ……っ、…………」
それこそトドメとなって、堰を粉々にしてしまったかのように。
「ぅ……、──────ぅうぅぅうっ……!」
ぽろぽろ、涙を零すだけでは止まらず。
どこか不器用な様で盛大に泣き始めてしまった少女を見て、俺は華奢な身体を抱き締める両腕に無意識のまま力を籠めた。当然のこと────
「………………ぇ、えぇ、と……」
こちらも盛大に、テンパりながら。
────女の子はね、理由が無くても泣いちゃう生き物なの。
いつか、先人に教示された異性の雑学。
『理由が無くても』は今回の状況に正しく当て嵌まらないが、まあつまり教えが意味するところは『女子は色の無い感情で泣いてしまう場合がある』ということ。
嬉しいとか、悲しいとか、感動したとか、そういう要素がない。あるいは、まだ追い付いてきていない。そんな状況でも、ビックリして泣いてしまうことがある。
まだ理由も色もついていない、自分でも理解できない感情の奔流に。そのせいで、先んじて涙が溢れてしまうこともあったりなかったりするのだと。
……テンパりながらも、浮かぶ教示は先人からの貴重な薫陶。
確か、なんだっけかな。
「……ソラ」
もしそういう時、隣にいたのなら。男子がしてやれることは────
「…………ごめんな。怖かったな」
「────……っ」
理解できなくて戸惑うばかりの感情に、理由を付けてやることくらいと。
……斯くして、それが正解だったか否かは、聞かなければ知る由もないが。
「ぉ、っと……」
俺にできることなど、そのくらい。
あとは精々、初めて聞く素直な泣き声を『記憶』してしまうことに薄っすら罪悪感を覚えながら、膝を折った少女の身体を同じく膝を折りつつ受け止めて。
「……大丈夫。大丈夫だよ」
仮想の体温で以って此処に居ると伝えながら、
腕を緩めず、華奢な身体を抱き締め続けるくらいのものだった。
愛おしい。




