MIN-088「人はじっとしていられない」
その日は、朝から文官の人と、色んな書面と格闘していた。
中身は、町から上がってきた報告だったり、他所からのお手紙だったり。
「今さらですけど、私が手伝ってていいんですかね、これ」
「本当に今さらだね。いいんじゃないかな? ここにあるのは、私たちが見ることを前提としてるものだから」
聞いてみると、ユリウス様行き、いわゆる親展な書類はこちらには来てないとのこと。
サインや、封の種類でわかるらしい……なるほど。
「例えばこれなんかは、先月の漁に関する報告書だけど、個別に書いて読める漁師がどれだけいると思う?」
「あー……そういうことですか」
決して馬鹿にするわけじゃなく、日本の識字率がおかしいのだ。
教育、大事だとはわかっても、なかなかコスパというか、投資の結果が見えてこないジャンルだ。
(私も、よくわかんないー!って叫んでたなあ……)
ふと、学校時代を思い出し、一人苦笑する。
文字が読み書き出来て、計算もできるとなれば基本的には職に困らない。
それがこの世界であり、悲しい現実の1つだ。
「前までは、とにかく計算が大変だったけど、今は……これがある!」
ででんーと出されるのは、前に作ってもらったそろばん。
どうやら、使いやすいように材料とかも改良してるみたい。
「子供たちに、そういうの教えられたらいいですね。ここの商人はそんなことなさそうですけど、他所だとわからないからってだます人とかいそうです」
「おつりなんかは特にそうだね。おまけで切りよくしておくよ、なんて言われて……うん、気を付けないと」
だまされた経験があるのか、苦い顔の文官さん。
私も過去の失敗をぼかしつつ、話題提供だ。
小物好きで、古いものなんかも好きなことを話し、その失敗も。
「わざと古く見せかけて、か。なかなか贅沢な趣味とだましだねえ」
「そうなんですよね。普通は新しい方がいいですから」
個人的には、最新の小物と、古き良き小物が同居した空間が好きだ。
多分、非日常というか、別の世界にいる気がしたからかなと思う。
この世界に来た今では、既にその願いはかなってるのだけどね。
「あ、これはユリウス様行きじゃないですかね。郊外での仮設住居の設置願いってありますよ」
「え? ああ、混ざってたようだね。休憩ついでに持って行ってもらってもいいかな?」
ありがたく提案に乗り、手紙を持って部屋を出る。
この前の地震で、私の力が及ばなかった箇所がやはり、壊れているのが見える。
と言っても、中庭の塀とかそういうのだけどね。
「ああいうのは治せ……るのかなあ? うーん……」
ぴょこんと出て来たローズを撫でつつ、執務室へ。
途中、出会ったメイドさんたちに深々と会釈されるのは未だに慣れない。
歩きつつ、考えるのは今後の事だ。
大噴火は、あの精霊?のおかげで回避できそうだけど……。
ずっと避難したままってわけにもいかないよね。
「というわけで、これも無関係じゃないんですけど」
「ユキがこちらに来てもらえるのは歓迎だけど、それはいいのかな?」
考えてたことを、手紙と一緒に伝えるとそんなことを言われた。
言われてみれば、政治の世界というか、そっちに行きますって話だ。
「それはまだ少し。ウィルくんに、最初に呼ばれるのは私です、フフフ」
「それは、大きな野望と言うべきか、小さいというべきか……」
案外ツボに入ったらしく、しばらくユリウス様は笑い続けた。
ちょっと恥ずかしかったけど、それで気分がまぎれるのならOKだ。
「あまり状況は良くないんですか?」
「わかるかい? 悪くはない、と言いたいところだね。幸い、野宿同然でも寒くはない時期だ。ただ、塀はそうそう広げられない」
「あくまで一時的な避難だから……税金もどうするか」
ユリウス様の頷きが、現状を示している。
そろそろ、お隣の領主から何かしら連絡が来るだろうし、その対応も必要。
例えば、こちらで領民とするのか、送り返すのか。
「ユキには、プレケースの店員として協力してもらいたい。避難民の中には、冒険者になるという者もいるんだよ」
「わかりました。生き残れるように、色々詰め合わせとか考えておきますよ。後、営業にも」
「よろしく頼むよ。なんなら、補助をしてもかまわないと思っている」
そういって差し出してきた書面には、ひよこ印の閃光玉等の補助とある。
最低限のアイテムは上が負担、あとで費用を返してねということだ。
持ち逃げはなくても、無駄になる可能性は十分ある。
「無駄になることがあっても、ないよりはあったほうが無事な人が増える、と」
「そのうちのいくらかが納税者になってくれることを祈るよ」
(これは、思ったより責任重大なのでは?)
動いた先に待ち構えているあれこれを考え、少し頬をひくつかせる私だった。




