MIN-085「先人の遺した物」
その日、私の前にはずらりと残骸めいたものたちが並んでいた。
プレケースも、壁が数か所崩れているので、外に机を引っ張り出しての営業だ。
「道具は使われてこそ、ですけど……」
「持っていてもかさばるからと、預かったのよね」
ため息1つ、視線を動かす。
その先、家の壁の向こうの向こうには、避難してきた人たちがいる。
大よそ100人ほどの集団は、やっぱり噴火から逃げてきた人とのこと。
色んな事情があり、その土地を一時的に離れたのだとか。
「連続するわずかな地揺れ、井戸の枯渇、そういったものが受け継がれてきたそうだ」
「先人の知恵、ってことですね。私みたいな人が、昔にいたってのは収穫ですよ」
そう、残骸めいたものたちは、魔法の道具だ。
力尽きて、精霊を出すことも難しい。
これまでに出会った精霊や魔法の道具とは少し違うみたい。
「精霊のいた感じはありますけど、だいぶ薄いですね。これだと、ローズとかみたいに動いてないと思います」
「ふむ? 数を作ることを狙った、というところか」
「数戸に1つ、準備されてたというし……そうみたいね」
道具の形は色々だけど、効能は一緒。
恐らくガスの感知と、防御。
(逃げるだけの時間を稼ぐために作ったんだろうなあ)
「試して、ダメそうなら供養しましょう。精霊は頑張ったみたいですから」
2人の頷きを確認し、適当に1つの道具を手に取る。
うちわみたいな、持ち手のついた板切れ。
石のような、木のような不思議な素材だ。
「んん……むむむっ!」
どうにも、力の通りが悪い。
拒否されてるというより、手ごたえがない感じ。
予想以上に力尽きて壊れてるみたいだ。
「ひとまず、これだけはなんとかなりそうです」
「では、鑑定の結果、まだ使えそうだから戻す、としておくか。お代を貰えるような状態ではないしな」
「ごめんなさいね、タダでやらせる形になって」
すまなそうな2人に首を振る。
普段は、タダ働きダメ絶対!だけど、状況が状況だ。
ちょっと上がった息を整えつつ、復活してきた道具に少しだけ力を。
いきなり全部回復!だと大変なのは身に染みている。
後数回は使えますよ、ぐらいにしておくのがコツっぽい。
「本当は、元気いっぱいにしてあげたいんだけど」
小さなつぶやきは、風に溶けていく。
精霊たちは、そんな私に反応を……返さない。
なんというか、ひとまず形にしてあるといった感じなのだ。
(いつかは道具として壊れるし、お別れがあるってわかってたのかな)
「お姉さん!」
「アンナ! お家はいいの?」
そんな時、小柄な少女、アンナが駆け寄ってくる。
こっちに来たということは、自宅の方はなんとかなってるのかな?
「はい! お母さんが、お手伝いしてきなさいって」
「ユキ、ちょうどよさそうよ。お客様」
振り向けば、ぴしっとした装備の兵士が1人。
装備には見覚えがある紋章が、と。
「ユキ殿、こちらでしたか。ユリウス様がお呼びです」
「ユリウス様が? えっと……」
「いってらっしゃい、ユキ」
「ああ、俺たちも俺たちのやるべきことをやる」
「はいっ!」
さっそくとばかりにアンナがあやし始めたウィルくんを見つつ、迎えの兵士さんについていく。
歩きながら見ていくと、町の中は大体片付いてきたみたい。
補強はしないといけないけど、崩れた家は少なかったのかな。
「ありがとうございます、ユキ殿」
「え? 私何かしましたっけ?」
突然のお礼に、戸惑う私。
聞けば、ルーナをかばう時に発動した力で、他の人も助かったらしい。
考えてみれば、建物全体に力を使ったもんね。
古びたお屋敷みたいに、あちこちに緑があるのはどうかと思うけど。
「おかげで、軽傷で済んだ者が多いのですよ」
「そうなんですね。でもよかった。他の村も考えると、人手がいくらあっても足りないように思いますし」
そんなことを話していれば、すぐに領主の館だ。
建物の外であれこれ騒がしいのは、まだ中の調査が終わってないからかな。
と、一番目立つ位置にユリウス様とルーナがいる。
「あら、ユキ。もう来たのね」
「呼ばれたからねー。私に何かできるの?」
災害の時の行動面では、多少言えるかもしれないけどそのぐらいだ。
政治的なことは、よくわからないのはルーナも知ってるはずだけど……。
「それはそうね。ちょっと話がややこしいというか……」
彼女の視線の先には、ユリウス様に報告をしている兵士たち。
その後ろには、明らかに旅をしてきましたという格好の数名。
(見たことないな……避難してきた人かな?)
こちらに気が付いたらしいユリウス様に手招きされ、近づく。
視線が少し刺さった気がしたけど、きっと気のせいだ。
「紹介しよう。君たちの灯りを最初に見つけた者だ。おかげで準備が整えやすかった」
「いえいえ、偶然ですから」
最初は軽いところから、ということかな?
無難に挨拶をして、そのまま会話に加わることになった。
そんな場で、語られたのは……火山の事。
「イケニエ……ですか」
「かつては、ですな。最近ではそんなことはできないと国からも言われておりまして。ただ……」
「伝承の通りなら、あの火山には怪物が眠っている。いた、というべきかもしれないが」
話によると、何種類かの目撃例があるらしい。
ドラゴン、鳥、人型、いずれにしても炎と赤い水、溶岩だろう物の塊なんだとか。
「何十年、下手をすると百年単位で、動くのだそうだ……どうにかならないかと思ってな」
突然の無茶振り。私に、そんな伝承の存在をどうにか……ああ、してきましたね、はい。
私にできることは、素人だからこそできる思考で、候補を考えることぐらいだった。




