MIN-078「欲望の種・前」
「……冒険者になって2年目で、フリーのビエラさん」
「ビエラでいいよ。なんとか、生き残ってるってところかな」
店番はアンナに任せ、話を聞くだけ聞いた私。
曰く、森の採取についてきてほしいという……。
「酒場で声をかければ、駆け出しでも集まるのではないかしら?」
「それが……私が女だからって、組んだ相手はみんな、酔わせて連れ込もうとするんだ」
「そんな人がたくさんいるんですか!」
私より、冒険者事情に詳しいだろうベリーナさん。
そんな彼女の問いかけの返事は、驚くべき物だった。
私から見る限り、ビエラは可愛いというよりは、綺麗という子だ。
アクションが似合いそうな……冒険者というのはちょうどいいのかも?
「いや、そりゃ実際にはどうだかわからないけどさ……打ち上げにとりあえず飲ませるんだぜ?」
「酔いと騒ぎはつきものとはいえ、それは問題ねえ」
ここは日本じゃないから、お酒は20歳からという決まりはない。
でも、やっぱり子供は精々が軽いもの、となってると聞いてる。
(大人に思われてる……は無いかな?)
「それは事前にお酒は好きじゃないっていうぐらいかな? それで、採取って話ですけど」
「ああ、そうだった。最近、採取に力を入れてるんだが、どうも変な声が聞こえてよ」
……声? 謎の声ということだろうか。
話すビエラは、体を抱えるようにして軽く身震いした。
どうやら、結構怖いらしい。
「最初は、誰かか獣でもいるのかと思ったんだけど、何もいないんだ。そしたら、視界の隅に何か見えたような気がしたり……」
「もしかして……」
断言はできないけど、幽霊じゃないとしたら、可能性は限られる。
これには素質が関係していて、どう目覚めるかは個人差もあるみたいだし、ね。
「予想ですけど、ビエラ……精霊の声を聞いてるのかも」
「精霊の? あいつらは喋んないっていうじゃんか」
実際、そうだ。ほとんどの精霊は喋らない。
相棒同然の狼型のローズでも、遠吠えみたいなのが聞こえるのが限界。
それだって、力が伝わってそう聞こえるだけで実際に声になってるかは不明だ。
「どうします、ここで試します?」
「うーん、それで声が聞こえたとしてもだ。私が森で聞いた声がそれだという証明にはならないんじゃないか?」
鋭い、確かにビエラの言う通りだ。今のところ、森の声の正体がわからない。
ビエラに精霊の声を聞く力があることと、森の謎の声を聞けたこととはイコールにならないのだ。
ちらりとベリーナさんを見ると、頷かれた。
こういう時に、何もしない、を良しとしないのがベリーナさんとアルトさんだ。
「確かに。じゃ、行きましょうか」
「おう、道中は任せてくれ!」
私も、町の外に出る時はある。
そんなとき用の、おでかけ装備に着替える。
咄嗟に逃げる用のひよこ印の閃光玉も持ってっと。
「お姉さんたち、いってらっしゃい!」
アンナの可愛らしい声を背中に聞きながら、お店から出る。
2年目ということで、それなりに動ける人なんだろうと思いつつ、ついていく。
「よっと……」
「手際、いいですね」
思った以上に、ビエラは動ける子だった。
私がいつも見てるのがアルトさんだから、比べちゃいけないのかもしれないけど……。
念のために魔法の杖を左手、赤熱のナイフを右手に握ってるけど出番がないね。
良いことだけど、少し拍子抜けしてるのも事実だったり。
「一人で生き残るなら、このぐらいできないとな。おっと、依頼の薬草があった。これを土ごと……」
てきぱきと、作業を始めたビエラの手が止まった。
理由は聞くまでもない……私にも、聞こえた。
「なあ」
「はい。これですね……」
木々の間、吹き抜ける風に乗って聞こえた音。
なるほど、これは聞きようによっては、怖い。
でも……。
「これ、たぶん声じゃないです」
「声じゃない? どういうこったよ」
ビエラに応える前に、荷物からとある物を取り出す。
曇った感じの、瓶。
そう、海鳥の宿っていたあの瓶だ。
お願いをするように瓶を撫でると、海鳥の精霊が飛び出していく。
「なんか飛んでったような……」
「やっぱり、精霊を感じる力はあるんだと思いますよ。今、鳥さんに飛んで行ってもらいました」
1分も経たないうちに、海鳥が戻ってくる。
力を集中して、海鳥が見た物を共有する。
見慣れた木々、草花……そして。
「やっぱり……この子に見てもらったんですけど、獣でも人でも、幽霊でもないですね」
こっちです、と方角を示し、ついてきてもらう。
そうして2人の前に現れたのは……穴。
「まさか……」
「私はよくわからないですけど、ダンジョン……ですかね?」
草に隠れる丘のような場所に、黒い穴が見えるのだった。




