MIN-075「気持ちの天秤」
「なるほどな。興味深い話ばかりだ……こちらで適用できるかは別にして」
「そうですね。国も違えば文化も違う。あっちじゃ、怪物なんていませんし」
執務室で2人……いや、ルーナも合流したから3人か。
ユリウス様に請われ、落とし子の知識を話していたのだ。
と言っても、私が何とか覚えている雑多なことということになるのだけど。
「共通の敵である怪物共がいる分、いざという時はこちらのほうがマシ……そうでもないか」
「それに、脅威を見て見ぬふりをしてしまうのには、貧富の差はないと思うわ」
意見を交わす2人を見ていると、やっぱり立場や環境は人を育てるんだなと感じる。
同じぐらいの歳で、ここまで色々考えたりできるのは、すごいと思う。
ユリウス様は、従兄のお兄さんみたいな頼り甲斐を感じる。
陽光が差し込むこの空間が、まるで……。
「ん、喋りすぎて疲れたかな、ユキ」
「あ、いえ。大丈夫ですよ。映画、映像や音を記録して後で見る演劇なんですけど、それを思い出して」
「何かに使えそうね、それ。でも信じてくれるかどうかとかが問題か……」
相談役らしいことができているかな?なんて時間。
ちなみに学校の話は、思った以上に2人とも食いついてきた。
庶民が学ぶと、貴族特権が!って話になるかと思ったのだけど。
計算が出来なければ、税も安定しない、という話だった。
確かに、自分の収入とか把握してないと、貯金もおぼつかない。
「書類の紛失に備えて、絵として残せるのはいいかもしれないわね」
「どうやったらそんな道具が出来るのか、想像もつかないよ……」
「何、あのそろばんだけでも、だいぶ違う。中央の文官たちが、知ればこぞって買い求めるだろうな」
お金の問題は、どの場所でも同じらしい。
紙もそこそこ高いから、書き留めるにも限界がある。
「それは別の機会として……お兄様、あれはめどがついたんですか?」
「妹よ、なんとか、だがな」
急に話の雰囲気が口調ごと変わり、2人の視線が私に向いた。
何かしでかしたかな?と慌ててしまう。
「ええっと……?」
「ユキの力が、どういう理屈なのか、どうしてアナタがその力を持っているのか、調べようと思って」
「長老、と呼んでいる老魔法使いがいてね。こういう話に詳しい人物だ。隠居してからどこにいるかと思って方々を探し、ようやく見つけて手紙を出したところなんだよ」
頭に浮かぶのは、某映画の白髭みたいな人。
実際にはすごいよぼよぼしてるかもしれないけど……イメージって強いよね。
「もっとも、わからないものはわからん!って断言する人だからね。あっさり、わからんで終わりかもしれない」
昔、そんなことがあったのか緩い口調で微笑むユリウス様。
別に告白されたとかではないのに、ドキッとしてしまう。
「変な原因がなければそれで……」
「そうよね。そのあたりは少し心配よね。今心配しても仕方がないのだけど」
少し動悸がする胸を抑えつつ、来週にもこちらに向かえごとやってくるらしいことを聞かされる。
高齢だからと、馬車と人員ごと手配している様子。
「このぐらいは安いものさ。指輪も治してもらった。長老も道具をため込んでいるだろうから、案外押し付けられる覚悟はしておいたほうがいいな」
「お兄様、あまりユキをいじめないでちょうだいな」
仲のいい兄妹の姿に、こちらも微笑む。
そうこうしてるうちに、午後の仕事の時間になったようで、ルーナと共に部屋を出た。
「ルーナはさ、税収が増えたほうが嬉しい?」
「嬉しいわね。それって、みんながパンを1つ多く食べようとか思えるってことでしょう?」
思った通りの、優しい返答に嬉しい気持ちになる。
私にできることは、魔法の道具を治すことと、ちょっとしたきっかけになるかもしれない地球の知識。
どちらも上手く使っていきたいところだ。
「うんうん。お腹いっぱい食べて、冬に飢えずに、夏に無理に働かずに済むのがいいよね」
「ユキが望むなら、魔法の道具を売り払えば一発よ?」
クスクスと笑う姿に、それはちょっとねーなんて返していると昔のことを思い出す。
級友とのなんてことはない雑談の時間。
ふいに、心に寂しさの風が吹いた。
いつ帰られるかわからない、別世界での生活。
本当に、唐突だった。
「ユキ」
「大丈夫。辛かったら吐き出すから。向こうは向こうで、辛かったときあったし……」
やりがいという点では、比べるまでもないところだ。
こちらで過ごす時間が増えるほど、こちらの思い出も増える。
そうしたら、親元から独立して過ごしているのと何も違わない。
外国で過ごしていると思えば、あまり違いはない……。
そう心でつぶやきつつ、最初程……自分が帰りたいとは思っていないことに気が付くのだった。




