MIN-074「果たされたかつての願い」
精霊は、不思議な存在だ。
精霊が宿る条件も、実際のところしっかりとわかっていない。
自然に魔力が集まることで、精霊になるという感じではあるのだけど、魔力そのものとは違う。
そんな状況で自分は魔法の道具、精霊が宿っているあれこれを治すことができる。
さらに、力を込めると精霊を生む、つまりは魔法の道具にできる。
かなりのレアな人材だという自覚もある、あるけれど……。
「国中探せば、他にもいそうな気はするんだけど」
「いたらいたで、囲われてる可能性は大きいわね。自覚、あるでしょう?」
うっっと呻きつつ、ごまかすべく指輪に視線を戻した。
うずらの卵ほどの大きさの石がはまった指輪だ。
いかにも高そうだけど、石の中央に大きなヒビが入っている。
(さて、そのまま力を込めて、だと何か違う気がするんだよねえ)
なんというか、名誉の負傷、やり遂げた証、そんな印象を受けるのだ。
事故で割れたんじゃなく、自分自身で……ああ、そうか。
望んで、こうなったんだ。
「お守り……身代わり?」
「そうと知らせずに、普段身に付けてる物の中に忍ばせるのは王族では聞く噂ね」
思い付きのつぶやきを、ルーナに拾われた。
その言葉で、感じていた違和感のようなものがカチリとはまる。
道理で、きれいすぎる壊れ方のわけだ。
「そっか。これ、昔ユリウス様が身に着けていたって言ってた……そうなると……」
裏のない献上品ということであれば、相当この家に恩義のある人だと思う。
人知れずに装着者を守る魔法の道具とか、ロマンだし、素敵だ。
もしかしたらユリウス様のお爺さんにも、細かく説明はしてない可能性もある。
(ささやかな安らぎを大事にできるものです、とか言ってそう)
そうなると、この指輪は、指輪に宿った子は頑張ったということだ。
壊れるだけの事件を、乗り越えてきたのだ。
「お疲れ様、かな。よかったら教えてね」
石を撫で、そんなことを呟いていく。
指先に魔力を流し、毛並みを整えるかのように優しく……。
「っ! 嘘……」
「わぁ……!」
突然、指輪が震えた。
正確には、何かが揺れながら浮かび上がってきたのだ。
それは、騎士。人形サイズの、騎士型の精霊だ!
目深に被った兜の隙間からは、力ある瞳の輝き。
白いおひげの、お爺ちゃん騎士。
「私にはこのぐらいの騎士に見えるけど、ルーナは?」
「こちらでもそう見えるわ……装飾的に、ウチの物で間違いないわね。紋様に特徴がある」
ビシっと敬礼する姿は、小さいけれど威風堂々。
その兜、肩、盾には確かに綺麗な文様が。
小さいながらも、しっかりとした力、意志を感じる。
「お話は聞こえるかな? 私はこの家の家系じゃないんですけど、また頑張ってもらえますか?」
「騎士が主以外の、戦友と共に、という時にする敬礼よ。元々そのつもりみたいだわ」
見よう見まねで、こちらも同じポーズをしてみる。
私は騎士じゃないけど、誰かを守れるなら大歓迎だ。
おひげで見えない口元が笑顔になった気がした。
「じゃあ力を込めてっと……」
精霊が指輪に戻ると、真っ二つだった石は微妙に融合を始めている。
接着剤でくっつけたような断面に力を注ぐと、見る間に滑らかに溶けていくヒビ。
綺麗になった指輪は、見事に輝いている。
「ふう……人型の精霊もいるんだね?」
「初めて見たわ。ユキ、残念そうね……」
鋭い彼女には、見抜かれてしまった。
個人的には、もふもふした動物型だったらベストだったんだけど……うん。
これはこれで、とは思うんだけどね。
私が男性だったら、大喜びだったかもしれない。
「あはは。明日は他のも見てみようかな」
夢中になっていたから、思ったより時間が過ぎていた。
半ば自由な役柄と言っても、ズボラな生活をしていいという訳ではないだろう。
「午前は勉強があるから、午後はまた会いましょう。さ、行きましょ」
「行くってどこへ?」
ぐいぐいと手を引かれて向かった先は、湯あみ場だった。
お風呂なんてなくて、沸かしたお湯をタライみたいなのに入れて、体を洗う場所だ。
土地を考えると、これだけでも結構すごい事なんだけどね。
「私も一緒に!?」
「ええ、お湯がもったいないじゃない。メイドの手も節約できるわ」
そう言われては、嫌だとは言いにくい。
よく考えると、この世界に来てから誰かと一緒に裸になることがなかった。
なんだか恥ずかしい私の前で、ルーナはそそくさと脱衣。
こうなってくると、躊躇してるほうが恥ずかしい。
「……ユキ、今度大きくする秘訣を教えてちょうだい」
「そこまでは私、知らないよ!?」
暴走気味のルーナの発言に、周囲のメイドさんが苦笑するのを感じた気がした。
そんな彼女をどうにかなだめつつ、豪華な館での湯あみという時間は過ぎていく。




