MIN-072「お金の扱い」
日差しが温かく、夜も毛布をしっかりだと少し暑く感じる頃。
すっかりアンナもお店に慣れてきたようだった。
小さな体で駆けまわり、接客をしてくれている。
計算なんかは、まだ私がやっているけど……。
「アンナ、今月のお給金よ」
「ありがとうございますっ」
まだ小学生ぐらいに見えるアンナだけど、すごく礼儀正しい。
今も、布袋の中身をいきなり確認せず、挨拶を優先しているぐらいだ。
プレケースに金庫はあるけど、そこまでハイテクでしっかりしたもの、ではない。
銅貨なんかだと、カウンター裏に戸棚でまとめてあるぐらい。
「そういえば、物が増えて来たから、小銭も増えてきましたね」
「あ、私もお金を入れるとき、ドキドキします!」
「銀貨に替えるのも、少し手間なのよね……」
銀行なんてない世界だ。
お金自体は、国そのものと、委託を受けた領主の一部が作ってるらしい。
ちなみにユリウス様は、作ることができない。
素材の手に入る鉱山が領地内に無いってのもあるんだけどね。
一部の怪物は、そういう素材を落としたりするらしいけど……。
後、なぜか昔の硬貨を持ってることがあるらしい。
(宝箱とか、あるのかな?ってゲームじゃあるまいし……)
詳しく聞いたことはないけれど、発掘する形を除けば、怪物が持っていることになる。
武具や道具だって、職人がいないのだからどこからどう湧いてきたのか。
深く考えると、駄目な気配がした。
「売り方を少し変えて、値段をわかりやすくしましょうか」
「それはいいわね。割高に感じるのもあれば、お得に感じるのも出るかもしれないけど……」
この辺は100円、この辺は500円、とか価格帯を決めようという話だ。
何分、手作りが多いから多少品質がぶれるせいだ。
品質が一定なら、売値も安定するよと伝えれば、なんとかなるかな?
「私はお勉強がむずかしいです。はやく数えられるようになりたい!」
「数える……か」
悔しそうな声のアンナは、真剣な表情だ。
私に何かできることはないだろうか?と考える。
勉強を教えるぐらいはできるけど、私も先生ってわけじゃないしなあ。
(数える数える……電卓はないし……となると、あれかな)
この世界も、10進法なのは確認が取れている。
となれば、使えるはずである。
「ちょっと、思いついたのがあるので出かけてきますね」
「ふふ、いってらっしゃい」
きょとんとした様子のアンナと、わかってる感じのベリーナさんに見送られ店を出る。
向かう先は、鍛冶屋さん……ではなく、普段雑貨や家具を作ってる木工系の職人のところだ。
いつもは棚や籠なんかを納品してもらってるけど、今日は違う。
「ちょっと作ってもらいたいものがあるんですよ」
「まあ、話は聞こうか」
そうして説明したのは、古くからある計算機、そろばんだ。
その場にある材料で試作してもらったので、随分と大きくなった。
「こんなものか? 小さくすることもできるが」
「十分です。たぶん、領主様から注文がありますよ!」
まだ何も報告はしていないけど、多分、間違いない。
領主の館にお邪魔した時に、砂板とかに数字を書いていたもんね。
計算機がないのはわかってるのだ。
「楽しみにしておこう……」
あんまり信じていない職人さんにお礼を言い、大きなそろばんを持ち帰る。
具体的には、ウィルくんを乗せられそう、と言えばわかるかな?
そんな大きさだから、戻った私をアンナもベリーナさんも不思議な物を見る目で見て来た。
使い方を説明すると、アンナは自分にも計算ができるのかなと喜んだ。
「なら、私がお客さん役をやってみましょうか。これとこれと……」
ベリーナさんが適当に選んだ商品を、アンナが接客。
ゆっくりと、そろばんの珠が動き……うん、大丈夫。
「銀貨12枚と銅貨50枚です!」
「ええっと……あってるわね」
やったという顔のアンナ。
私もそんな彼女に、にこっと微笑んで見せる。
喜びの気配を感じたのか、飛び出してきたローズ。
いつものもふもふを、優しく撫でてやる。
「ユキお姉さんはいいなあ。ワンちゃんなんでしょ?」
「そうなんだけど、もしかしたら、人によって見え方が違うかも……」
精霊の事はよくわからないのだ。
この前、気にせず接してたけど……ライオン、この辺じゃ見たことない。
変なところに、謎が潜んでいる。
ともあれ、だ。今はアンナにそろばんを使いこなしてもらおう。
「見えるようになる魔法の道具とか、見つかったら試そうね」
「楽しみですー!」
元気なアンナの声が、心地よく響くのだった。




