MIN-069「業務移管と少女のお願い」
「あ、お姉さん。おはようございます!」
「おはよう。元気にしてるみたいね」
町がにぎわうと、色んな場所が結果的に賑わう。
パン屋のミシェルさんのところも、例外ではない。
働いている男の子も、前より随分とたくましくなったような気がする。
さすがに体格はそう変わらないけど、感じる気合みたいなものかな?
まだ朝靄も出ていそうな時間、周囲には焼き上がりのいい香りが漂っている。
「やあ、ユキちゃん。何かあったのかい」
「おはようございます。様子の確認と、相談ですね。ガレットやクレープを、こっちでも焼きませんかってことなんですけど」
本当はプリンとかもそうなんだよね。
こんなの出来ましたーと簡単な方のレシピを料理教室で教えて以来、プレケースでも出している。
でも、私がいてローズで焼ける時以外、作れないから残念がられるのだ。
考えたのは私ってなってるから、みんな商売にするのは遠慮してる様子。
良い人ばかりというか、商売っ気がないというか……。
餅は餅屋、任せられそうなところがあるならぜひお願いしたい。
「なーるほどなあ。ウチならやりやすいって話か。仕入れを誰かに任せるか、逆に作るのを誰かに任せれば……町長に通したうえで、受けるよ」
「ありがとうございます。こう、自分で作ったのもいいですけど、誰かに作ってもらった物って別物ですからね」
これは正直なところだ。
自作も美味しいけど、買い食いするのはまた別の話。
それに各家庭で作れなくはないものが商売になるのか、は地球でも学んでいる。
(鉄板……は高いから石板かな?)
さっそく、何やら計算を始めるミッシェルさんと男の子に挨拶し、町へと出る。
まだ朝早いから涼しいけど、すぐにこれも暖かくなるだろう。
ちょこちょこと、畑に行くだろう人が出歩くのを見つつ、自分の早起きに今さら驚くのを感じる。
地球の生活だと、出来てもすぐに体調を崩すだろうなと思う。
それもこれも、夜更かしということがなく、大体8時ぐらいには寝ることだろうか?
「灯りがあるからって、夜更かしはね……内職ぐらいしかやることないし」
実際には、魔法の道具を色々考案することもあるのだけど、あまりうまく行っていない。
欲しい能力の精霊が宿るわけじゃないから、というのが大きい。
「そのぐらいのほうが、精霊と仲良くなる価値があっていい気はするよね……」
自分で言っておきながら、しっくりくる。
能力、性能だけで精霊を選ぶようじゃ、それは機械と変わらない。
まず精霊があって、その子とどういう付き合いをしていくか、これが大事だと思う。
「反省反省っと……」
道端の石に、精霊未満、淀みでもない力の塊を見つけた私。
そっと撫でると、じんわりと石に溶けるように消えていった。
この先、精霊になるかはわからないけど、手助けは出来たのかな。
「魔法の道具の力、私の力……」
色々考えるけれど、今はアルトさんやベリーナさん、それにウィルくんを守るために使おうと思う。
それ以外にも、頼まれたらやるんだけどね。
プレケースが見えてきた時、そのそばに小さな影があるのが見えた。
よく見ると、女の子だ。
「おはよう。どうしたの?」
「ひゃっ!? えっと……」
驚いた様子でこちらを振り向いたのは、まだ小学生ぐらいの子だった。
ブラウンの長髪で、町で見たかな? どうかな?といった印象の子。
「魔法の道具、治せるって聞いて……」
「そっか。中でお話、聞かせてね」
泣きそうにつぶやく女の子に、出来るだけ優しい笑顔を向ける。
そして背中を押すようにプレケースへ。
迎えてくれたベリーナさんが、何も言わずに女の子にもお茶を出してくれたのが嬉しかった。
お店の中にある、喫茶スペース(と言っても椅子とテーブルがあるだけ)に座ってもらう。
「あの」
「まずは飲んで、ね?」
前のめりな女の子に、お茶を勧める。
最初は躊躇していたけど、一口飲んで二口と落ち着いたようだ。
「それで、治してほしいっていうのは? それと……お金がかかるよ」
「うん。これ……お母さんがね、お守りって言って作ってくれたの。でも壊れちゃって」
小さなハンカチに包まれていたのは、割れたブローチ。
確かに綺麗な石を枠が覆っているけど、これは……。
「お母さんが、病気みたいなの。だから、これを貸してあげようとしたら、こけちゃって……」
「そう……治せても、アナタが思うような効果は出ないかもよ? 精霊によるからね」
少し、突き放すように言ってしまう私。
冷たいかなとも思うけど、期待させるのも良くない時があると思う。
何より、このブローチ、魔法の道具じゃ……ああ、でも……。
「それでも! 私、お母さんに元気になってほしい! お願いします!」
差し出されるお金は、きっと頑張って貯めていた物。
でも、足りない。当然だ……魔法の道具は基本高価で、だからこそ治す需要があるのだ。
女の子も少しはそれがわかってるのか、不安そうに、でも必死な顔。
「ベリーナさん、店員さんもう1人欲しいですよね? 後、ウィルくんの知り合いとか」
「え? ええ……そうね。ウィルにも年上のお友達、いると良いわね」
話しながら、ベビーシッターって学生のバイトだと思い出したのだ。
今の日本だとそうでもないけど、昔や外国だと結構あったはず。
まあ、ちょっと若すぎる気もするけど、見た限りは早熟な世界だと思う。
「ねえ、ここでお手伝いしてみない? もちろんお母さんたちに話をしてからだけど」
「やります! だめなら、大きくなってから働きにきます!」
思ったよりもしっかりした返事が返ってきた。
私がこのぐらいの歳の時、こんな決断ができただろうか?
眩しさを感じつつも、交渉成立だ。
「お母さんのことを考えて、お願いをしていてね」
「うん!」
まだ魔法の道具じゃないブローチに、魔力を絡める。
さすがに綺麗には治らないかもだけど、元々そういう形の道具っていうことはきっと……。
祈るように手で包み、指で石を撫でていく。
すると、女の子のお願いが届いたかのように、手ごたえがあった。
「うわぁ……」
綺麗、そのつぶやきは私か女の子か。
割れた部分を境目に、色が変わった石が1つ、出来上がっていた。
不思議と、くっついていて割れそうにない。
ふわりと浮き出るのは、小さな猫精霊。
白毛並みに、青い瞳の子だ。
「あなたは何ができるのかな?……そう、よかった」
にゃーんと聞こえるだけなのに、なぜか力がわかる。
魔除け、日々の癒し……そんな力。
「はい、出来たよ。お母さんに相談しながら、渡してくるといいよ」
「ありがとうございますっ!」
すぐに駆けだしていく女の子。
ピンポイントでほしい力を持った子が産まれるなんて、運がいい。
いや、もしかしたら……。
「精霊が、応えてくれたのかしらね」
「かもしれませんね……」
女の子が出ていった扉から、暖かい風が入ってきた。
なんだか、心がふわりとする風だった。




