MIN-067「祝福せよ・後」
周囲で、魔法使いたちの魔力が渦を巻いている。
まるで幽霊かと間違えるような、不思議な光景だ。
(トレント、来てくれるかなあ?)
まだ遠すぎてよくわからないけど、こちらを向いたような気がするトレント。
自然に流れる魔力が、何らかの理由で集まり、怪物と化した巨木。
かなりのレアケースらしいのだけど、なんとかしないといけない相手だ。
「来てます……かね?」
「たぶんね。ほら、真ん中あたりに1本、横に突き出てる枝があるでしょう? あれがあいつの鼻よ」
言われて確認すると、確かにわかりやすく1本、長い枝が突き出ている。
よく見ると、その上に目玉かなと思うようなくぼみもある。
それが正しければ、確かにこっちを向いている。
「このまま……このまま……」
期待を口にしたのが悪かったんだろうか?
ふいに、トレントが動きを止めた気がした。
ぐるりと、鼻の向きが変わる。
「どうして……あっ」
「町か……!」
トレントが向きを変えた方向は、町が、プレケースがある。
限られた人数の魔法使いより、人数の多い町の方がトレントには魅力的に感じたのかもしれない。
慌てて、何人かが魔力をさらに高めるのがわかるけど、それも難しい。
筋力とかと同じで、急に高まる物じゃないのだから。
「今から避難させたんじゃ……」
誰かのつぶやきが、冷たく耳に届く。
今からでも避難と、攻撃を行う? まだ相手は森の中だ。
それに、近づけばトレントに追われて怪物が飛び出てくるだろう状況。
「何か……」
出来ることはないか、そう思いながらプレケースから持ち出した杖を握る。
そんな私の腕を、ぺろりとローズが舐めてくれた。
それだけじゃなく、まだ使っていないひよこ印の照明弾からも、小さなひよこたちがぴよぴよと。
(私の魔力が漏れてる? あ……)
ひよこが、地面をついばんでいるのを見てひらめいた。
私の力は、魔法の道具を治すことができる。
でもそれは、言い換えれば精霊の力を高めるということだ。
それっぽく言うなら、祝福を与えると言ってもいい。
そして精霊は、どこにでもいる!
そう、ここにいる私たちや、その身に着けた全部にも!
「ルーナ、やってみる」
「手伝うわ」
杖を地面に突き刺し、構えた私にルーナが駆け寄る。
そっと添えられた手。
柔らかくて、小さくて、細くて、女の子の手だ。
犠牲にしちゃいけない、大事な子の手。
「目覚めよ、問いかけに……応えよ!」
そして私は、周囲の自然、大地、草や全てに呼びかけた。
魔力を流し込み、全てを祝福する!
毛穴が開いていくような感覚を覚えつつ、その範囲がじわじわと広がるのを感じた。
まずは私とルーナ、そしてそばにいた魔法使い。
徐々にその力の範囲は広がり、ついに集まっていた魔法使いたち全員を包む。
「これは……やるわよっ!」
「おうっ」
理屈はともかく、変化が起きたことはみんなわかったんだろう。
気合の掛け声が響き渡り、すぐに周囲を渦巻く魔力が変わった。
人数が一気に何倍にもなったかのような力の渦だ。
「こっちを向いた。来てるわよ。続けて」
思ったより効果はあったみたいで、トレントがどんどん近づいてくる。
ここでも地響きみたいなのがわかるぐらいだ。
そしてついに、トレントの足元が見えるぐらいになってきた。
アルトさんたち前衛組も、すぐ近くまで来ている。
「発動準備! 一気に叩きこむのよ!」
「姫様の言う通りだ、外すなよ!」
ルーナの掛け声に、兵士さんたちも冒険者たちも一斉に構えをとった。
私も、最後までと力を振り絞って周囲を祝福し続ける。
ようやくトレントが、森から抜け出たのが見えた。
その枝には、哀れな犠牲者である獣や怪物たちが突き刺さっているのがわかる。
合図の声が響いたと同時、たくさんの攻撃魔法が飛んでいく。
ほとんどが火系統で、視界が赤く染まった。
トレントにそれらは吸い込まれていき、結果を見る前に掛け声。
アルトさんたちが突撃したのだ。
「トレントの動かせる足は限られてるの。それさえ潰せば……ほら」
離れて見守っていると、集中してその足を焼かれたトレントが動きを止め、枝を振り回す。
それをなんとか回避しつつ、火矢等で攻撃を続ける人々。
作戦は順調なようで、トレントの動きも徐々に鈍っているのを感じた。
気がつけば、私の周囲にはローズやひよこ以外にも一時的に産まれたであろう精霊たちが囲んでいる。
「みんな、もう少し力を貸してね」
そんな問いかけに、みんなが頷いてくれた。
そのまま、戦っている前衛たちのもとへと駆けだす精霊たち。
ふわりと浮いたかと思うと、武器に吸い込まれていった。
「エンチャント……補助魔法の類かしらね。一時的に、ただの武器に魔法の力を与える……伝説だと思ってたわ」
「すごい、すぱすぱ切ってる……」
視線の先で、切り刻まれていくトレント。
反撃の枝も、暴れる根っこも、一緒だ。
気が付けば、巨木は横倒しとなっていた。
こうなったら、後は削っていくだけらしい。
「お疲れ様。終わりよ」
「なんとかなった……のかあ」
ぺたんと座り込むと、戻ってきた精霊たちに囲まれてしまう私。
みんなもふもふとしていて、不思議な感覚だ。
そっと、自分の手を見る。
力を発揮できたことは嬉しい。
でも、気を付けないといけない力だと、改めて自覚するのだった。




