MIN-066「祝福せよ・前」
町から離れた小山に、不意に出現した大きな大きな相手。
それは、ビルほどもある動く巨木、トレントという怪物だった。
映画で見たような、怪獣ぐらいある……どうするんだろうアレ。
「アルトさん?」
「一人二人、切りかかったところでという相手ではあるなあ」
いつもの頼れるおじ様口調と、初対面の時のやや軽い口調が混ざっているあたり、緊張しているみたい。
確かに、普段木こりの人たちが切り倒すのにも、苦労はしてるわけで……。
一斉に切りかかって、ようやくどうにかというところだろうか?
「一応、火の魔法に弱いのは確定しているんだが、森の中だとそれも少し、な」
「え? あ……火事になるんですね?」
問いかけへの頷きに、私も真面目な顔で頷き返す。
多少炎に巻かれたところで、トレントがいきなり倒れるとは思えない。
その間、枝葉は燃えながら飛び散って、というわけだ。
例えばビルの解体をするのに、うまくやらないと破片が飛び散ったりするのに近いのかな。
私の勝手な予想だけど、そう外れていないと思う。
「ユキ! ここにいたのね」
「ルーナ、そっちも出るの?」
個人的には、領主の妹なのだから、安全な場所にいてほしい気もする。
護衛の騎士たちと一緒に駆け寄ってきたルーナは、豪華さを感じる装備だ。
布と革中心だけど、装飾もしっかり。
(象徴、みたいな感じなのかな?)
そんなことを考えつつ、人が集まってきたところで会議が始まる。
場所を町にある酒場に移動し、兵士も冒険者も一緒だ。
相手が大きすぎるから、こういう時は協力して当たるらしい。
「セオリー通りなら、遠距離から誘導して開けた場所で、だな」
「だが、このあたりはトレントが移動しそうな場所が多い。そううまくいくか?」
まず話に上がったのは、トレントを如何に森から誘い出すかだった。
実際、森の中だと他の怪物たちが潜んでいることも考えられる、ということみたい。
後、動きにくいもんね。
「トレントは、自然の中で産まれる淀みに近いのよ。地面や森にも魔力が流れてるのはわかるわよね? あれが、段々と巨木に溜まっていくと、稀にトレントになるの。ほとんどは、そのうち木が枯れて霧散するのだけどね」
「なるほど……じゃあ、トレントが枝とかで捕まえてるのは、お肉というより、魔力のため?」
あれだけの大きさだ。
地面から養分を吸うだけじゃ足りない気もするけど、少し違うみたい。
「両方かしらね。そんな研究してる人はいないし、なかなかできないもの。私が知っているだけでも、この国でまだ5例ぐらいなのよ、トレントの発生は」
国で5例、かなりのレアケースだ。
なのに、発生理由が一応わかってるだけ、すごいんじゃないだろうか?
ともあれ、そうなると確かにどこに向かうかははっきりしない。
考え込む皆を私も見渡す。
テーブルには、小休止用に軽くつまめるものが出されている。
ふと、肩にいたローズが勝手に降り、お皿の1つに……あ。
「何かでトレントを誘えませんかね。例えば、魔法使いが何人も集まって魔力を高めるとか」
私とか、ルーナもそうだけど魔法使いは他の魔法使いを感じることができる。
日常でも気配ではなく、魔力を感じることだってできるのだ。
トレントが、同じことが出来てもおかしくない。
つまり……どこかに集まって待ち伏せは出来ないのだろうか。
「トレントにこっちがいいぞって思わせるわけか……嬢ちゃん、いい考えだ」
いかつい、いかにもな冒険者が、そう告げた後意外にも杖を手にした。
いわゆる前衛かと思ったら、魔法使いだったのだ。
その後も、ばたばたと何人もの人が立ち上がって……え、ちょっと。
これだとまるで、私が魔法使いの人たちを……。
「アルトさん、私そんなつもりじゃ……」
「ユキが意見を言ったから、危ない目にあう訳じゃない。どこかで戦うのは避けられない相手だ」
なおも何かを言おうとした私の肩を、力強くつかんだ人がいる。
誰であろう、ルーナだった。
「行きたいんでしょ?」
「うん……」
責任というわけじゃない。
自分で言ったからには、まかせっきりは違うなと思ったのだ。
それに、私だって魔法使いだものね。
アルトさんたち前衛は、油なんかを用意するらしい。
出てきたところで、トレントを根元から燃やすのだとか。
そうして倒して、残りを刻むのがやり方みたい。
「ほら、馬車に遅れるわよ」
「ちょっと!?」
結局、ルーナもついていくと言い出した。
私の手を引っ張り、先行する冒険者の魔法使いたちに合流するつもりみたいだ。
幸い、携帯食料だとかはあまりいらなそうな状態だった。
町中がばたばたしているのを感じる。
きっと、ユリウス様はどこかで指揮を執っているに違いない。
「さすがにね、この相手だと兄が最前線には出てもらっては後で困るのよ。中央に叱られちゃうわ」
「そういうものなの? うーん……」
馬車に揺られつつ、トレントを誘い込むのに良さそうな場所へ。
ちょうど草原が広がる、森から離れた場所だ。
馬車を止め、まばらに降り立った魔法使いたちは頷きあい、何やら集中し始めた。
すぐに、私の目に見える光景が驚く物になっていく。
(魔力の、渦?)
白い靄だったり、黄色い波だったり。
一人一人違うっぽい魔力が周囲に漂い始め、それが周囲で流れを作る。
「魔法発動前のこの状態は、一応魔法使いの基礎練習なのよ」
「そうそう、私もお師匠にずっとやらされたわー」
同じく集中し始めたルーナに、軽く答えるお姉さんな魔法使い。
私も力をと思い、赤熱のナイフを構える。
(火の玉にならないように、力だけを……)
トレントからはどう見えているかはわからない。
まだ遠くで、大きいけれど小さく見えるトレント。
その向きが、ぐるりと変わった気がした。




