MIN-059「焼いてなんぼの世界です」
「改めて、お礼を言わせてちょうだい。ありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでですよ」
容体の落ち着いた兵士さんを寝かせ、プラナ様たちをお部屋に案内。
一息ついたところで、お茶会だ。
(なんで貴族とかってお茶会が多いんだろうって思ったけど、こういうことか……)
変なところで、長年の疑問の1つに答えを得た私。
要は、身分などを考えると、おおっぴらに出歩いて会いに行く、が難しいわけだ。
お茶会という名目で、顔を合わせるしかない。
そんなお偉い人なはずなのに、律儀に頭を下げてくるプラナ様に恐縮してしまうのだった。
「ふふふ。その辺にしておいてくれないかな?」
「あら、そうね。お二人も、前倒しになったのに快く受け入れてくださって、感謝いたしますわ」
微笑むユリウス様に、プラナ様も同じように微笑み返した。
その横で、ルーナは静かにしている。
こういう、探りあいみたいな空間は少し、苦手だ。
(少し、肌寒いかな……)
よく見ると、暖炉の炎が小さい。
急だったし、まだ火がつききっていないんだろうか。
こっそりと、腰の後ろに身に着けたままの赤熱のナイフに意識を向ける。
ひょこんと、私やルーナには見える精霊、もふもふな狼姿のローズが飛び出てくる。
そのまま、暖炉に行ってもらって気合一発。
ぽわっと、少し音を立てて暖炉の炎が一回り強くなった。
「ああ、ありがとう、ユキ」
「わかっちゃいました?」
「ユキちゃんにわかりやすく言うと、大体の領主や、貴族はわかるように訓練を積む決まりがあるのよ」
どうやらそういうことらしい。
プラナ様にも微笑まれ、逆になんだか恥ずかしくなってしまった。
ルーナには、またうかつに、なんて目で見られてしまう。
「プラナ様、わざわざ来られたということは、何か問題でも?」
「ルーナ、小さいの時のように、お姉様でもいいのよ? そうね……少し、噂にはなっているわね」
「噂……私が、ですか」
じっと見つめられ、震えそうになるのを我慢してそう言葉を紡ぐ。
私の、魔法の道具を治す力(最近はそれだけじゃなさそうだけど)は、使いようによっては戦争になる。
そのことは以前、よほどそこまでにはならなそうという結論だったけど……。
「まあ、そこまでの物ではないわ。少しばかり、若い領主の土地が順調そうだなというぐらいよ」
「そうなると、自分が領主としては若すぎるのも、問題になったわけか。ユキ、すまない」
「い、いえっ。ユリウス様たちのせいというわけじゃ……」
慌てて立ち上がりそうになる私の肩に、小さな手。
隣に来ていた、ルーナの物だった。
力が強いわけじゃないのに、なぜか安心した気持ちが広がってくる。
「ユキはよく考えて、特訓もしているわ。少し、勢いなところもあるけど……普通なら、どんどんお金儲けしようとか考えて、とっくに話が大きくなってるだろうし」
「ええ、間違いないわね。さて、難しい話はこれぐらいかしら」
そういって、急にだらけた様子を全身にまとうプラナ様。
壁に待機している兵士さんたちも、どこか普通の雰囲気に変わった。
「本当なら、地方に出てくるのは別の人間でしょうから……中央は面倒ですか」
「面倒なんてものじゃないわ。ほんっと、アナタもルーナも、それこそユキも連れていきたいぐらい。頭の固い連中ばかりで……」
「だいぶお疲れみたいね……ユキ、出せる?」
おっと、出番のようだ。
事前に料理長に相談の上、今回のおもてなしを考えてある。
まずは甘味、胃袋をということで……。
「行けますよ。ちょっと呼んできますね」
楽しみにしてくださいねと告げ、料理人たちを呼びに行く。
そうしてカートに乗せて運び込むのは、様々な材料と……丸い石板。
本当は、火のある場所で作る物だけど、今回は特別だ。
「何かを……焼くのかしら?」
「ええ、本来は調理場か、外で火を起こす物なんですけど、精霊に頑張ってもらいます」
ローズを呼び出し、岩すら溶かすという熱をうまく石板に伝えてもらう。
プラナ様ら3人を前に、緊張した様子の料理長たちが、調理を始めた。
と言っても、卵とか牛乳で溶かしたそれを薄く焼くだけなんだけどね。
そう、今回はクレープである。
「あっという間にこんな薄い生地が綺麗に……いい香り」
「はちみつを砂糖の代わりに混ぜてあります」
少しずつ軌道に乗ってるらしい養蜂、その献上された形のはちみつを利用である。
部屋中に広がる香りに、自然と私もお腹が空いてきた気がした。
ユリウス様は……甘いものは嫌いじゃなかったはず。
「こうやって、色々巻いてかぶりつきます。ナイフで切ってもいいですけどね」
「余興としては、ありね。ありありだわ。ん~~!! 柔らかい暖かさ、甘さもいいわね。合格よ、ユキ!」
何がどう合格かわからないけど、問題はなかったらしい。
おかわりが欲しそうだけど、そこでさらに別のもの。
同じように焼く物と言えば、わかるだろうか?
個人的には、こっちが結構好きだ。
材料は、小麦粉じゃなく、そば粉。
(さすがにそば打ちはできないし、つゆが……ね)
日本人としては懐かしい蕎麦だけど、今回は粉として使う……ガレットを焼くのだ。
順番が逆のような気もするけど、まあいいかな?
「こっちは香ばしさと、食事って感じね。旅の途中でも、適当に焼けていいかも」
「プラナ様は、旅がお好きですものね」
聞きようによっては、小ばかにしてそうに聞こえかねないルーナのセリフ。
でも、言われた本人も気にしてないし、ルーナ自身も羨ましさからきていそう。
その後は、護衛の兵士さんも巻き込んでクレープとガレット、両方を焼き続けた。
ちょっと焼きすぎて、夜になってもそれらしい香りが廊下まで漂っていたのは、失敗だったかも。




