MIN-051「ちょっとそこまで?」
「ルーナ、どうしたの……何か悩み事?」
「悩みといえば、悩みなのかしら……ひとまずお邪魔するわね」
背後には、顔なじみの女性騎士を引き連れて、表から入ってきたルーナの表情はすぐれない。
言いたいことがあるけど、言えない、そんな感じ。
ちょうど休憩しようと思っていたところで、タイミングがいい。
「今日は風が冷たかったでしょう」
「いただくわ……あ、はちみつが入ってるのね……おいしい」
暖めたミルクを女性騎士と一緒に飲む姿は、普通の女の子だ。
違いと言えば、ただのホットミルクなのに妙に高級そうに見えるというところ。
「あら、いらっしゃい。ユキ、奥使ってもいいわよ」
「いいえ、ベリーナにも関係ある話なのよ。その、少しの間ユキを借りれないかしら」
絞り出すような、声。
言い出しにくかった理由は、私らしい。
「別に私は物じゃないけど、どうしたの?」
「半日とかならともかく、何日もだと少し大変ね。最近、お客も増えたし……治しを断らなきゃいけないわ」
まずは理由を聞こうとする私だけど、確かにベリーナさんのいうようにお店も問題。
店番自体は、なんとかなるだろうけど買取と、魔法の道具の治しは受けられなくなる。
とはいえ、そっちは一時的に休止としてしまえばいいのだけど。
問題は、それをわかってるだろうルーナがそれでも言って来たということだ。
「人が出せないか、やってみるわ。実のところ、ユキの力が借りられるなら、それで解決しそうなのよ」
「解決? ええっと……精霊とか魔法の道具に関係してるってこと……」
こくりと頷き、ルーナは女性騎士から袋を1つ、受け取った。
その中から出てきたのは……お皿。でもどこかで見覚えのある焼き物。
「あれ、これ館で見た奴?」
「ええ、そうよ。作ってる村で、どうも不思議なことが起きているようでね。たまたまいた魔法使いが、黒い精霊を見たというのよ」
「前にアルトから聞いたことがあるわ。環境が変わると、精霊の力も変わる。その中には、まったく違う精霊に変わってしまうものもいると……その時の色が」
─黒、ということみたいだ。
脳裏には、影だけになった変な姿の精霊(動物だけど)が浮かぶ。
そうなると、確かに精霊が見える人の出番だ。
「あのくじらの傷を、うまく治したみたいなことを期待してるわけね?」
「そういうことね。駄目で元々というか、他に頼る物がないというか」
ルーナは、とても優しい子だ。
私の事を巻き込みたくはないけど、他に手段が乏しい、悩んだ末の決断だ。
となれば、私の結論も1つ。
「ベリーナさん、手伝ってきていいですか?」
「ふふ……ユキはいい子ね。ええ、プレケースは大丈夫。ウィルにはこの子もいるし、お手伝いも来てくれるならそれで十分だわ」
視線の先には、もこもことした姿のぬいぐるみ。
この前の、精霊が入ったぬいぐるみはまだまだ元気である。
今は、ウィルくんとなぜか一緒にお昼寝だけどね。
「ありがとう……今度埋め合わせはするわ」
「私は構わないよ。だって……その、友達のつもりだもの」
ちょっと勇気を使って言葉を告げると、ルーナは目をぱちくりさせて、微笑んだ。
その姿にどきっとしつつ、自分も笑顔になったつもり。
どんな準備がいるかなと思ったら、ベリーナさんがてきぱきと準備してくれた。
冒険者の旅、そんな一式だ。
比較的自由にあちこちを行き来する冒険者に扮した方が、何かと便利だかららしい。
「じゃあ、ユキは私の護衛の1人ということで……」
どうやら、ルーナも一緒にいくということみたい。
確かに、ユリウス様直々だと、領主が直接ということで問題になりやすいのかな?
アルトさんが帰ってくるのを待つ間に、ルーナも準備に一度戻ることになった。
ついでに、お手伝いを探してくるということだった。
「気を付けてね、ユキ」
「危ないことはしませんよ、ええ。私、普通ですから」
そう、私はちょっと小物とかが大好きで、もこもこした子も好きな元OLでしかないのだ。
荒事は、出来れば回避したい……でも、そうもいかないんだろうなあ。
昼過ぎには帰ってきたアルトさんに、ルーナからの要件を告げると反対はされなかった。
私がそうしたいと思うなら、それでいいと言ってくれた。
「怪物に出会ったら、躊躇しないことだ。ユキ、お前が戻ってくる方が大事だ」
「……わかりました」
こういうのも、過保護というのだろうか?
アルトさんたちは、私に在庫からいくつかの魔法の道具を貸してくれた。
攻撃魔法を再現できる道具も含まれていて、正直ちょっと過剰なぐらい。
(何かあってからじゃ、遅いってことだよね)
いざという時に、手段がありませんでした、じゃ互いに悲しいお話だ。
しっかりと預かって、持ち帰ることを目標にしよう。
「アルト、迷惑かけるわ」
「何、ユキは優秀だ。なんとかなるだろうさ」
再びのルーナの顔は、最初に来た時と比べると随分明るい。
それでも緊張感漂う姿に、私の気も引き締まる。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん。よろしく」
初めての遠出は、こんな風にして始まったのだ。




