MIN-049「生きてるぬいぐるみ」
「では、今日は隣町まで行ってくる」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
朝、アルトさんは珍しく馬に乗って出かけることになった。
その手には、試作した方位磁石が。
小さめの器に綺麗な油を入れて、そこに浮かせた状態。
名前は知らない魔物の透明な殻を蓋にした、手作り感満載だ。
一応、方角を示すことは確認済みである。
(厳密には、南北ははっきりしないけど、向きさえわかれば、ね)
お約束にならって、片方は色を塗ってあるから大丈夫だ。
出来上がった時、その場でぐるぐる回り、声をあげているアルトさんが面白かった。
「方角がわかる道具、か。ユキも冒険に出たいのかしら?」
「え? いやいや、そういうわけじゃないですよ。少しでも、役に立てればなと思って」
自分としては、軽い気持ちが始まり。
でも、ベリーナさんにとってはそうじゃないみたい。
ウィルくんが寝る籠を揺らした後、カウンターに立つ私をそっと抱きしめてくれた。
「いいのよ? ただの女の子で、普通に暮らしてても」
「……ありがとうございます」
本当に、この人たちは優しい。
どうして?なんて聞くのも怖いぐらいの、温かさだ。
だからこそ、何かしてあげたい、平和を守りたい、そう思ってしまうのだ。
「ウィルくんのためにも、お料理も頑張りたいですねー」
「あらあら、お姉さんなのか、もう1人のお母さんなのか」
くすくすと笑いつつ、午前の営業だ。
この前、アルトさんが言っていたようにお客さんも増えて来た。
消耗品は、結構早くなくなるし……パンも、前より多めに作ってもらう必要があるかもしれない。
ちなみに、最近の人気は腸詰をパンで挟んだ物……まあ、あれだね。
個人的には、魚醤みたいなのがあるから、それで何か作ってもいいとは思ってる。
「好き嫌いが無いように、お魚もお野菜も、美味しく食べてもらえたらいいかなーと思います」
「まだ早いわ。せっかちね」
確かに、まだウィルくんはあーうーとかいうぐらいだ。
喋ったり、ハイハイするまではまだかかる。
赤ちゃん用のサークルとか、何か提案した方がいいかもしれない。
「向こうにある赤ちゃん用の道具とか、またお話しましょう。みんなの役に立つならそれはそれで」
「ちゃんとお金はとらないとだめよ?」
なんだかんだと、商売をしているだけのことはある。
ベリーナさんもアルトさんも、優しいけれど、しっかりしている。
もし、タダでやるとしても目的を意識してないとだめ、というわけだ。
頷きつつ、魔法の道具を治す作業に移る。
買い取って、順番に治していくのが私の仕事の1つだ。
「今日は……あれ、ぬいぐるみなんてあったかな」
「ああ、それはまとめて買い取ったのよ。一応、力を感じるけどどうかしら」
実際、手に持ってみると力を感じる。
魔法の道具なのは間違いないけれど、どうも普段のそれとは違うような。
たまに、魔法の道具でもどうにもならないのがあったりする。
何ができるか、言ってくれないまま直したら、開いていた窓から空に飛んでいった短剣もあった。
あの時は、わからないときは治さないとルールを決めたぐらいだ。
「んん? 遊びたい……そんな感じが。危険はなさそうですね」
腕が取れかけて、汚れてる。
まずは全体を拭き掃除、そして腕を縫って形は治った。
ふと、何か入る隙間というか袋があったので魔晶石を入れてみる。
「わっ、熊……さん?」
いつもと違い、精霊は直接出てこなかった。
ぬいぐるみから同じ大きさの精霊が出てきたと思ったけど、違う。
直接ぬいぐるみが、立ち上がったのだ。
「あらあら……魔法ではないのよね?」
「魔法は使ってないですよ。魔晶石の力も使って、この子が動けるみたいです」
テーブルの上を、とことこと熊のぬいぐるみが歩く。
とても可愛らしいけど、まずは性能把握だ。
「よろしくね。君は何ができるのかな? もう一回聞かせて?」
集中して聞きだしたところ、戦いに使えそうな力はなさそうだと分かった。
人間と遊びたい、そういう気持ちの精霊らしい。
と、視線を感じる。
「あー……」
「ウィルくん……」
目を覚ましたウィルくんが、きらきらした瞳でぬいぐるみを見ている。
念のために、いつでもぬいぐるみをどかせるように横で待機しつつ、そっと降ろす。
「赤ちゃんってわかる? 大事な命。よかったら撫でてあげて」
言葉と一緒に、小さく魔力を流して気持ちを伝えることを試みる。
ぬいぐるみが、頷いた気がした。
そのまま、柔らかそうな手でウィルくんを撫でてくれる。
「様子を見て、よさそうならこのままお願いしようかしら……」
「そうですね……何か同じようなのが出来たらいいですよね」
案外、通報機能とか、蚊を退治する力が追加できたり……どうかな?
魔法の道具と精霊の関係が、また1つわかっただけでも収穫だ。
例のくじらも、もしかしたら精霊そのものじゃなく、くじらの姿をしてる何かだったのかも。
(んー? 何か引っかかるけど……まあいっか)
もやっとした、言いようのない感覚を胸に、ひとまずはお仕事だ。
来客のベルに気持ちを切り替え、今日もプレケース、営業中です。




