MIN-038「未来は明るい?」
「この時間は、やっぱり世界が違うんだなって感じるなあ……」
とある日の朝、私は町の外にいた。
周囲には、朝もや。
このままいたら、服がしっとりとしてしまいそうだ。
朝日に照らされて、視線の先に見える街道はまるで黄金で出来た道のようだ。
(空気も綺麗で、自然を近くに感じる……)
地球だと、とんでもない田舎でもこうはいかないだろうと思う。
近い光景はあるだろうけど、どうしても細かい場所に文明を感じるのだ。
「その点、この場所はそういうのが全くないもんね」
それがいいことなのかどうかは、わからない。
けど、平和だなと感じるのはいいことだと思う。
気持ちを切り替えて、たっぷりミルクの入った樽を背負う。
町のそばにある牧場から、安く買って来たのだ。
「家畜小屋を、改良できたお礼だって言ってたなあ」
正直、私の知識なんてのは一般人程度だ。
だから、こういうのだとまずいですかね?とつぶやくぐらい。
その中から、プロが良さそうと思う物を試し、うまく行けば互いに喜ぶだけだ。
「藁を多めに敷いたり、風通しを考えたり、ブラッシングだけでああも違うんだなあ」
前2つはともかく、ブラッシングは最終的な行き先を考えるとちょっと考える。
牛さんは、頭がいいからそういうのを感じるっていうし……どうなんだろ?
いずれにしても、地球のようにはお肉も牛乳も手に入らないのは確実だ。
一応、飼料の事を覚えてる限り話したけども。
「いかに地球の物流や酪農がすごいかってのもわかるし、アンティークな樽も手に入って両得!」
誰もいないのをいいことに、小声でびしっとポーズを決めた。
その拍子に、樽の重さにちょっとふらついてしまう。
「危ない危ない……あれ?」
街道に戻ってきたところで、朝もやの向こうから人影。
そのうちの1人には、見覚えがあるというか、アルトさんだ。
疲れた様子はなく、どっちかというと暇、みたいな?
「おお、ユキ。ん、お使いの帰りか」
「牧場に行ってきたんです。お早いお帰りですね?」
せっかくなので一緒に歩く。
完全装備のアルトさんは、とても冒険家業は引退したようには見えない。
でも、本人曰く「無茶をできなくなったし、やる理由もなくなった」とのこと。
どう考えても、ベリーナさんとの出会いがそうなんだろうけど、そこはそれ。
未練、とは違うんだろうな。
自分と同じように生き残って、人生を過ごせるようにって優しさなんだと思う。
アルトさんが頑張った分だけ、駆け出しが帰ってこないということが減るのだ。
「ああ。今日は他のベテランが来ていてな。自分が顔を出さなくてもよさそうだ」
「他の……へー。ああ、街道も通れるようになりましたもんね?」
春が目の前、私の知らない人も増えてきたように思う。
町にある宿屋兼酒場も、最近ようやく住人以外でにぎわっているらしい。
時々、お店にも私のやってることが本当かどうか、疑う人も来てるからね。
「そうだな。ユキも……うん、巻き込まれないようにな?」
「そういうことは私に言われても……」
雑談交じりの帰り道。
街道を進み、町にたどり着いたころには朝もやも和らいでいた。
道を歩く人々を見つつ、2人してプレケースへ。
「戻りましたー」
「あら、ユキ……あなた、どうしたの?」
「実はな……」
さすがにベリーナさんも、アルトさんの帰宅は予想外だったみたいだ。
私はその間に、樽を住居側に降ろしに行く。
暖炉のそばには、暑すぎない距離にと置かれた赤ちゃん籠。
ウィルくんが、すやすやと眠っている。
(起こさないようにっと……)
そおっと樽を置いて、お店の方に戻る。
そのつもりだったんだけど、何かが引っかかった。
「……あ」
視線の先で、精霊が数匹、遊んでいる。
ウィルくんの上を、まるでそこが遊び場だというように。
起こすことはないと思うけど、やめさせようと手を伸ばし……ウィルくんと目が合った。
「おはようございます。ウィルくん」
一応、ご挨拶だ。
変則的ではあったけど、名付け親だしね、私。
視線はそらさないまま、精霊たちを手招きする。
暖房を兼ねておいておいた赤熱のナイフ、その精霊であるローズを筆頭に3匹。
ランタンの猫に、自分が産み出してしまった編み籠のリスだ。
「ふぇ……あー」
「お腹すきましたか? もうすぐですから……ね?」
泣く前にウィルくんをあやそうとした時に気が付いた。
明らかに、彼は精霊の方を向いている!
「だー……」
偶然と思うには、無理がある。
近寄る精霊を、笑顔でつかもうとして逃げられているのだ。
「おおっと……これは私が頑張らないとかなあ?」
突然の、トラブルの予感に一般人だったはずの私も、覚悟のようなものを決め始めるのだった。




