MIN-035「はちみつ講義」
「さっきも言いましたけど、赤ちゃんが食べないようにしてくださいね」
「大人は平気でも、小さい子は病気になりやすいからねえ……」
料理教室当日、お手製のエプロンを身に着けて、先生役だ。
作るのは、砂糖の代わりにはちみつを使ったプリン。
そう多くない量だけど、私もどのぐらいの量のはちみつなら大丈夫かは知らない。
ただ、ボツリヌス菌が、1歳以下の赤ちゃんに危ないということだけだ。
菌が湯せんした程度じゃ、死なないっていうのもね。
「柔らかい甘みだね。ほっとするよ」
「温かいっていうのもいいね。冷やしてもよさそうだけど」
好評ながら、視線が向かうのははちみつの瓶。
もちろん、はちみつだって比較的高価なもの。
砂糖と比べたら、安いということなのだ。
「こりゃ、お祝いの時に作るのがいいかねえ?」
「毎日のおやつには、ちょっと高いですよね」
他の材料は、結構簡単に手に入るからネックになるのは甘味部分。
というか、甘さを抜いたら……。
そうか、別にそれでもいいのか。
「今回はおやつにしましたけど、普段の食事にも似たようなのが出せますよ。茶碗蒸しっていうんです」
「名前の通りなら、蒸すのかい?」
おば様の1人に頷き、材料を取ってくるから一度洗い物をとお願いしておく。
すぐに飛び出し、まだ日陰に雪の残る町を駆け抜けた。
雪国での、電気のない生活は自然と私の体を鍛えてくれた。
このぐらいの距離、息切れすることなく走ることだってできる。
「あら、ユキ。もう終わったの?」
「いえ、ちょっと別の物も試そうかと。干し肉とか少し持っていきます」
手早く選んだ材料を持ち、再び集会場へ。
突然のことにも関わらず、おば様たちは文句1つ無く、片付けと次の準備をしてくれていた。
「お待たせしました! じゃあ作り方なんですけど」
残念ながら、出汁取りをするものが、一般的ではない。
ということで今回は、干物みたいな魚と、キノコにお任せだ。
さすがに普段料理をしているおば様たち。
私の伝えたことを、きっちりこなしてくれるのがなんだか嬉しい。
そして、小一時間もしないうちに同じようにぷるんとしたものが出来上がった。
見た目は近いけど、匂いは別物だ。
「不思議なもんだね。同じようなやり方で、全然違う味だ」
「うんうん。調子の悪い時にもいいね、こりゃ」
茶碗蒸しも好評のようで、心の中でポーズをとった。
細かい調味料なんかは、当然ないものもある。
だけど、再現できるものも結構あるのだとわかったのは収穫だ。
「ローズもありがとう。助かったわ」
料理の間、薪の調整をやってくれた赤いワンコ、精霊のローズを撫でる。
赤熱のナイフに宿る精霊で、半透明なのにもこもこもふもふなんだよね。
「ユキちゃんは元気だねえ。精霊様とも仲がいいし」
「まだ精霊のことは、よくわからないんですよねー」
これは本当のことだ。
力を感じるし、言うことも大体聞いてくれるけど……。
使い方を間違えたら、とんでもないことになる力だ。
(それに、あのくじらみたいなのもいるし……)
冬の湖に住み着き、町を襲ったドラゴンとどこかに消えた精霊のくじら。
アルトさん曰く、あのぐらいになると神様扱いらしい。
そんな雑談も終わり、料理教室は終了。
また近いうちに別のレシピで、と話は貰いつつ、解散だ。
「ウィルくん、早く大きくなるといいなー」
プレケースへの帰り道、つぶやきながらの視界に男の子。
子供が外にいるのは、別に変じゃないけどなんだか元気がない。
病気かな?と思い、近寄る。
「ねえ、大丈夫? 調子悪いの?」
「え? ううん、大丈夫」
声をかけてから、しまったなと思う。
どこかで、大丈夫と聞くと大抵は大丈夫っていうって聞いたことがある。
見るからに、元気がないし……悩み事かな?
「お姉さん、何か用?」
「んー、良かったら悩みを聞くぐらいするけど」
男の子にとっては、突然のことだろう。
当然、目をぱちくりさせている。
何言ってるんだろうって感じかな?
「別に何でも……って、お姉さんもしかしてユキさん?」
「そうだよー、アルトさんたちにお世話になってるユキですよ」
顔は見たことがあっても、名前は知らない男の子。
でもあっちは、私の事を知ってるみたい。
「その……お願いがっ」
「じゃ、お店に行こうか。ここじゃ誰かに聞かれるし」
こんな町中じゃ、誰かに出会ったりとか、十分あり得る。
男の子を引っ張るようにプレケースへと連れていく。
「お帰りなさい、ユキ。あら、お客さん?」
「ただいまです。なんだか相談があるらしいので、少し奥使いますね」
「お邪魔します」
丁寧にあいさつするのを見る限り、いい子だ。
適当にお茶を出し、座ってもらう。
ほっと一息……うん、男の子も緊張がほぐれたかな?
「それで? お願いって?」
「えっと、その。俺に魔法を教えてください!」
「……はい?」
予想外のお願いに、硬直してしまう私だった。




