MIN-034「新しい日常です」
「10人ぐらいの奥様を相手に、お料理教室ですか?」
近所の奥様たちとの料理教室。
朝食の際、アルトさんたちから告げられたのは、そんな話だった。
しかも、講師は私だというのだ。
「ええ、私に教えてくれたプリン?ってあるじゃない。どうせなら、本人に教わりたいって」
「場所は集会場を使っていいと言われている。あそこなら、調理場も広いからな」
2人にそろって言われ、少し考えてしまう。
嫌という訳では、ない。ないのだけど……。
10人か……多いのか少ないのか。
「私でいいんですかね? 別にプロの料理人ってわけじゃないんですけど」
まだ、記憶はそんなに遠くない。
見たテレビの事や、映画、雑誌、インターネットのサイトたち。
SNSでの会話も、覚えている。
けれど、日付はどうも遠くなったように思う。
まだ、1年たってもいないのにな。
「ユキだからこそお願いしたいそうよ」
「そこまで言われたら、わかりました」
つい先日の決意まで、なんだかんだと私はまだお客様気分だったのだと思う。
正確には、いつか帰るかもしれないから深く付き合ってもというべきか。
でも、思い直したのだ。
戻る時には、何も持っていけないのだし、思い出ぐらいは持っておきたいと。
そして、いつ戻れるかわからないのなら、今を真剣に生きようと。
「よかった。いつ頃にする? 俺が出るついでに知らせてくるが」
「たくさん作るわけじゃないですから、明日でも大丈夫ですよ」
一応材料費というか、そういうのは持ち込んでくれるらしいから大丈夫だ。
材料も、今手に入る物を使う予定。
指折り数えて、計算した結果は、問題ない。
そんな答えに、アルトさんも笑顔で頷き、お出かけしていった。
いつものように、近くの遺跡、ダンジョンへと見回りと買い付けだろう。
「私もお邪魔していいかしら?」
「あー、ベリーナさん自身は良くても、ウィルくんの口に入るといけないので、やめておきましょう」
使う予定の材料を1つ告げると、ダメなの?と言われてしまった。
確かに、私もたまたま知っているだけで、誰でもという訳じゃないかもしれない。
(お医者さんの真似事は、出来ないもんなあ)
今度はそれを使わないレシピも考えますからとなだめ、今日のお仕事を始める。
ベリーナさんは、泣き始めたウィルくんをあやすべく、お家側へと移動だ。
基本的には、私1人でお店を回せるようになってきた。
「いらっしゃいませー」
店内を簡単に掃除し、在庫を整えて、お客を迎える。
町の雑貨屋プレケースは、冒険に出る人向けの雑貨も扱っている。
各お店から持ち込まれる堅パンや、干し肉、冒険道具なんかもある。
一番の目玉は、魔法の道具だろうか?
何を隠そう、地球から転移して来た元OLである私には、秘密があるのだ!
魔法の道具に宿る精霊、その子達を治すことで道具も直る、そんな秘密!
「この火の矢が出る杖を……利用契約書?」
「はい! この地域で活動されるなら、買取の最低保証があります。でも、怪物相手以外に使った場合、衛兵さんに捕まります! そういう契約のお話です」
突然、真面目な話になったけれど、これはこの前の騒動から決まったことだ。
悪用する人はめったにいないけど、決まりもなかったらしいのだ。
そこで、私が治したり買い取った物で悪さされたくないと考え、色々決めた。
いつの間にか、領主様も巻き込んでのお話になったのは、驚きだ。
「なるほど……わかった。契約するよ」
「ありがとうございます。じゃあ記名を……」
杖以外にも、色々と買ってくれた。
まだ若いお兄さんといった様子だし、きっと稼いでくれることでしょう。
観光地とは違う意味で、人がいつく程、地域は儲かるのだ。
「あら、また道具が売れたの?」
「ええ、あまり戦いに向いてないほうは売れませんけど」
数だけなら、そこそこ並んでいる魔法の道具たち。
でも、売れ筋はやっぱり、怪物を相手に出来るものたちだ。
温度調節可能な風がそよそよ出てくる手袋とか、面白いのになあ。
ちなみに、青い羽根の鳥さんがパタパタ羽ばたいてくれるんだよ。
「ふふ……精霊たちはそれでもいいみたいね。今日もユキの回りに、元気そうなのが感じられるわ」
「時々、くすぐったいんですけどね」
そうなのだ。お店にある魔法の道具には、もれなく精霊が宿っている。
ワンコだったり、にゃんこだったり、蛇みたいなやつだったり。
みんな、喧嘩せずに店内をうろうろしたり、私の肩にのったり。
(目当ては、私の魔力なんだろうけど)
ふとした仕草から漏れる、私の魔力をつまみ食いしているっぽいのだ。
制御できていないということじゃなく、日常の中に魔力があるということみたい。
「ほーら、そこどいてくれないと物が置けない……あら?」
ドアベルが鳴り、振り返るとそこにいたのは顔なじみ。
領主の妹さんであるルーナ、そしてお付きの女性騎士に……男性騎士2人。
男性騎士は、プレケース近くで私たちの護衛兼街の目安箱といったところ。
女性騎士はルーナに付きっ切りだけど、男性騎士は町の見回りもしてくれてるのだ。
「元気そうね」
「うん。元気だよ。ああ、そっか。この前の事件以来、顔出せてなかったっけ」
この世界に私が降り立った時、最初に出会った人の1人がこの少女だ。
お人形みたいな容姿で、お澄ましした表情はまさに月光。
可愛らしさと、りりしさも同居した……んんっ、なんか変な気分になりそうだったな。
「そ。だから出歩きついでに、ね」
「私たちは、さらについでなのだから顔だけ見たら帰りなさいと言われている。ひどいもんだろう?」
言いながらも、笑ってるあたり、関係は良好みたい。
まあ、このぐらい田舎だと、上も下も家族みたいなもんなのかな?
とはいえ、仕事中は仕事中。
普段みない雑貨なんかを見て回り、色々と聞かれるぐらいに留めてもらった。
男性騎士2人は、宣言通りすぐに見回りに戻ると言って出ていった。
残った女性騎士は、ルーナと一緒にウィンドウショッピングという訳だ。
「気のせいかしら? 精霊が随分元気ね」
「それは、見える人がもう1人増えたからじゃないかなあ」
ルーナも、何かがきっかけになったのか前よりはっきり精霊が見えるようになったらしい。
触ることもできるみたいだけど、私みたいに何か力をというのは無理なんだって。
「料理教室? 私も変装して潜り込んでいいかしら。ほら、若奥様ってことで」
「自分で言うの? まあ、いいとは思うけど」
そんな雑談をしているうち、お客さんは何人もやってきた。
一通りの接客をしていると、あっという間にお昼である。
「ユキ、お昼どうするの?」
「あー……どうしましょ」
「明日を楽しみにして、戻るわ」
そういうことらしい。
なんとなく、ルーナ自身は庶民?の料理でも気にしないだろうけどね。
外まで見送り、ウィルくんにお乳をあげているベリーナさんの代わりに食事を作る。
今日も、なんだかんだとプレケースは平和だった。




