MIN-029「中央からの使者」
「これは正直、予想外だったなあ……」
誰にも聞こえなさそうな、小さなつぶやき。
聞かれたからと、怒られることはないと思うけれども。
「ユキ、どう? へぇ……似合ってるわよ」
「いつの間に私のドレスなんて……」
様子を見に来てくれたらしいルーナに振り向けば、彼女も着飾っていた。
普段着でも、人形みたいに綺麗な彼女だけど、着替えた今はまさにお姫様だ。
私の方が背が高いから、似てない姉妹と思われ……ないか。
例え、似せたデザインでいつの間にか作られていたドレスだったとしても、だ。
「兄のために治してくれたでしょう? あの時から、そのうちこうなるだろうなと」
「なるほど……でも、意外かな。それこそ、連れていかれるかと思ってたのに」
思い出すのは、ユリウス様も言っていた中央からの使者のことだ。
紹介された時には、驚いて声を出してしまうところだった。
相手が見るからに、偉い人なんだろうなあとわかるオーラだったから覚悟が出来ていたのが大きい。
苗字は覚えてないけど、プラナ……様。私の感覚でいうと、女子大生ぐらいだ。
深窓のというよりは、おてんばという感じ。
敢えて言うなら、ルーナとは違うけど似てるタイプだ。
なんでも、親が国の重鎮らしい。
娘であるプラナ様も、才能を発揮してると言われたけど……。
「それは私もね。堂々と、この土地に恵みをって言ってくるとは……」
「火種を抱えたくないけど、放っておくのもってとこ?」
たぶん、と頷かれる頃には、時間だ。
挨拶は終わったので、春が来ることと、プラナ様歓迎を兼ねた宴の時間というわけ。
そこに、私も直に誘われてしまったのだ。
着慣れないドレスに、少し苦労しつつルーナと一緒に移動。
護衛の騎士とかが気にならないぐらい、こけないように必死だった。
「兄が先に話は進めていると思うけど……」
「大丈夫。余計なことは言わないから」
空気を読んで、なあなあで過ごすのは日本人の得意分野だ。違うかも?
ともあれ、案内された先からは人の気配が多くする。
プラナ様は結構な人数でやってきてたし、迎える側も同じように大人数。
教えられたとおりに、お腹に力を入れて開いた扉をくぐり……。
「まあまあ! 貴女がユキね! ユキ、これは素晴らしいわね!」
「え? あ、プリンのことでしょうか」
こちらを見つけるなり、いわゆる令嬢としてははしたないのではないか?と思う速さで駆け寄ってきた。
私より顔半分は背の高い、プラナ様。
プリンの入った陶器の器を片手に、キラキラした瞳でこちらを見つめてくる。
よっぽど気に入ってくれたらしい。
(あ、そういえばこれならってユリウス様言ってたな)
どうやら、プリンをお披露目した時からこの事は想定していたようだ。
道理で、1日に何個ぐらい食べてもいいのか、とか聞いてきたわけだ。
「ええ、プリン、プリンね。ああ、この地にって言った自分が憎いわ! こんな素晴らしい物を作れる人材を、連れて帰られないなんて」
「ええっと、レシピならお渡しさせていただきます」
勢いに押され、少し下がったところにさらに踏み込まれた。
いや、自分は百合の花を咲かせる気はないのだ。
「ぜひそうさせてちょうだい。それと、文通相手になってもらえるかしら?」
「文通、ですか? ええ、むしろ光栄なほどです」
ちらりと、プラナ様越しに見えたユリウス様が頷いたのでこちらも肯定しておく。
第一、異世界からの人間で別に配下とか領民ではないけど、相手はお偉いさんなのだ。
無事に過ごすなら、下手に問題は起こさない方が賢明という奴だろう。
「それはよかったわ! ああ、落ち着いてきた……ごめんなさいね、思わず興奮してしまって」
「私も甘いもの、好きですから気持ちはわかります」
事前に、あまりかしこまった言葉はいらないと言われてたけど、発言の度に失礼にならないかドキドキする。
今のところ、いかにもな人以外は気にしてないようだ。
1人か2人は、お堅い感じの人が気にしているようだけど、口には出てこない。
そのままプラナ様に誘われ、宴の中に。
てっきり、このままみんなに見られながら会話かと思いきや、そうではなかった。
「ユリウス様と、プラナ様がお話をする場なのだと思っていました」
「それでもいいのだけど、皆にも楽しんでほしいもの。この土地は、避暑地としても有名なのよ? 湖からは、川の魚と海の魚、両方が獲れるし。内陸だと、海の魚はなかなか得難いものだわ」
確かに、車だとか冷凍技術なんてのがなければそういう風にもなるだろうか?
私からすると、魔法とかがあるのだから代替え技術ぐらいはあるように思っていたのだけども。
「そうですよね。ただ凍らせただけだと、旨みが逃げて行ってしまいます」
「……ユキは、博識ね。今の一言でも、やっぱり連れ帰りたくなっちゃうわ」
パーティー会場は、思い思いに楽しむ場となっていた。
予想外の状況に戸惑う間に、私は相手にとっては目新しいことを口にしていたらしい。
「手紙に何か思いついたら書きますから。新しい甘味のレシピとか」
「ええ、ええ! そうよね。甘味は大事。こうした場だけではないわ。旅に出たときも、怪物を退治するときにも。渇いた生活の中に、潤いのように甘味があるだけで人は生きられる」
鈴を鳴らすような声は、ざわめく会場に溶けていく。
甘味の話題に、とろけるような表情になったプラナ様が、すぐに真面目な姿に変わったのを感じた。
そんな姿に、プラナ様がただ道楽のようにこうして来てるわけではないと、感じるのだった。




