MIN-026「精霊と魔物の違い・前」
「前にも、湖が凍ってましたよね」
「ああ、あの時は遺跡のゴミ捨て場が原因だったが、今回はどうだろうな」
まだ日は高い……そのはずなのに、妙に薄暗い。
吹雪は収まったようだけど、チラチラと雪が舞っている。
足早に一度プレケースに戻り、背負い袋に手当たり次第に魔法の道具を詰め込んだ。
心配そうなベリーナさんに笑顔で頷き、無理せずに帰ってくると告げる。
「私は戦う人間じゃないですから、危なくなったら逃げてきますよ」
「そうしてちょうだい。シチューを作って待ってるわ」
別に原因がまだわかってるわけじゃないのに、ベリーナさんは何かを確信してるみたいだった。
出来ればその期待には、応えていきたいところ。
最後に残っていた気付け用のお酒も預かり、既に準備万端のアルトさんと一緒に外へ。
まだなんとか、天気は安定してるみたいだ。
「それで、どこに行くんですか?」
「湖だ。どうも吹雪がそっちから吹いてる」
道すがら、周囲を確かめると……確かに。
まるで波がそのまま凍ったかのように、雪の積もり方に癖があった。
町の通りを進み、外れに出たところで……空気が変わった。
「ユキ、感じるか?」
「ええっと、何か張りつめてるような……」
きょろきょろと見渡すと、予想外の人物がいた。
着ぶくれしてるのに、人形みたいに綺麗な少女。
誰であろう、ルーナだ。
「ルーナ!」
「ユキじゃない。どうしたの、こんなところで」
それはこっちの台詞である。
さすがに護衛の兵士はいるようだけど、剣や槍も雪相手には役立たずだ。
むしろ、金属防具が冷えて危ないだろう。
そんなことを考えていたら、小屋の脇に防具を脱ぎ捨て、まるで山に登るかのような毛皮装備に。
なるほど、さっきまでの装備は町中で変に目立たないためだったのだろうか?
「私も、アルトさんと一緒に調査よ」
「そちらでは、何か掴んでいるのか?」
相手は領主の妹さんだというのに、友達に話すかのようなアルトさん。
実際、ユリウス様にアルトさんは悪友みたいな仲の良さだったもんね。
私が知らないだけで、小さい時からの付き合いってやつなんだと思う。
「山には原因はなさそうっていうことと……なんだか周期がある感じってとこかしら」
「周期……何かいるのかな?」
何か見えるかな?と湖、そしてその先にあるだろう海を見る。
左右から山が伸び、唯一の出口には水平線。
あの場所を埋めたら、海水が入り込んでこない湖に出来……んんん?
「水平線が……無い?」
「ユキ、水平線とはなんだ?」
後ろからの声に、言葉を選びながら説明する。
本来、海への道が見えるはずの場所に、何かあると。
「なるほど。確かに何かいるっぽいわね。魔物かしら」
「姫様、何かいるのですか?」
「え……?」
戸惑う様子の兵士の姿に、小さくつぶやきが漏れる。
距離があっても、あれだけ目立つのに?
ここからでもよく見るとわかるということは、それこそ怪獣レベルだ。
幸いなのは、今のところ静かだってことだ。
(わかってないというより、見えて……いない?)
「んー、アルトさん。低空でちょっと先行してきていいですか?」
「危ないと思ったらすぐに戻るんだぞ?」
私としても、無理をするつもりは全くない。
後は、水面を行くのは何かあった時に危ないので……湖畔だ。
ちょうど胸元ぐらいまでの高さに浮き、箒を一気に加速させる。
「さむっ! ローズ、お願い!」
魔力がまだあるのをいいことに、私は飛びつつ、ローズの力で暖房バリアをはった。
そのまま、結構な速度で突き進むと……影が見えて来た。
何か流木が重なったとかではない、確実な塊だ。
この姿は……身近に感じる物と、同じ。
その存在感、巨大さはまるで別物だけど。
間違いない、精霊の一種だ。
「でも……くじら?」
つぶやきと、相手の潮吹きみたいな声は同時だった。
くじらを中心に、真っ白な風が吹き荒れる。
間違いない、吹雪だ!
「っとと、うわわわ!」
暖房バリアは無事だけど、その分吹雪の勢いがそのまま押し寄せて来た。
風船が飛んでいくように、押し戻されていく私。
地面や湖に落ちないようにとなんとか制御しているうちに、アルトさんたちのいた場所の近くまで戻ってきた。
「ユキ! 大丈夫か!」
「なんとか! でも、正体を見ましたよ! 見えない人には見えません!」
ゆっくりと降りながら、見たままを伝える。
その大きさに、みんなの顔色が変わり……おや?
「いいじゃない。原因がわかったのなら、やりようがあるのが世の常だわ」
「それはそうだろうが……。まあ、気持ちを切り替えるか。そのくじら?ってやつがあの場所に引っかかってるのか、目的があってとどまってるのか。それはわからないが、どいてもらうのが方法になるだろうな」
話し合いの結果、まずは見てみないことにはということになった。
吹雪を避けるように、湖畔近くの林を抜けていく。
時折、くじらの吹雪が吹き抜けるが、なんとか耐える。
「大木と、ユキのそれがなかったら埋もれてるわね」
「気を抜くと寒くなるから、すごい大変だよ?」
修行の結果もあって、今のところ魔力に問題はない。
いくつも同時に使わない限りは、大丈夫だと思う。
そうしてるうちに、全員でくじらの近くまで来ることができた。
木陰から、くじらを観察する。
兵士たちは、相変わらず見当違いの方向を向いている。
「何か異様な気配は感じるのですが……」
「そういうことね……貴方たち、そっちで下がってなさい。帰りは運んでもらうことになるだろうから」
本当は悔しいのだと思うけれど、兵士達はルーナの指示に従い、物陰に隠れ始めた。
その間、相手の観察は続ける。
「大きいな……ドラゴン並だ。だが、精霊と単純に呼ぶのは難しいな。魔物の気配もする」
「何か、こすりつけてないかしら?」
ルーナに言われ、私たちの視線がくじらに向く。
確かに、崖に何かこすりつけて……ううん、かじってるのかな?
「わぷっ!?」
背負い袋から、急に何かが飛び出してきた。
それは、何個かあった魚な精霊たち。
喋ることはできないけど、何かを訴えてくる。
「……それ、どうにか出来るのかな。ルーナ、アルトさん。なんとかなるかも、しれません」
視線を感じながら、精霊から教えてもらったことを口にするのだった。




