MIN-120「昔ながらの言い伝え」
ある意味物騒な物音が、プレケースの裏側で響く。
もし、近所の人がいたら喧嘩でもしてるのかと思ったことだろう。
「よいしょ、よいしょ」
「うんうん、もうちょっと頑張ってね」
大きな魚、ミネウスを釣り上げてからしばらく。
ユリウス様たちとも調整の上、お祭りが始まる。
どこにこんな人がいたのかと思うぐらい、盛況だ。
アルトさんは、そんなお祭りの警備員みたいな仕事に向かった。
「このぐらいかな。アンナ、頑張ったね!」
「こんなに物を踏んだの、初めてです」
そう、踏んでもらったのだ。
うどんもどきの生地を、ちゃんと包んでどすんどすんと。
結果、ちょうどいい感じのコシになったと思う。
(世界が違うと食材の質も少し違うのかな?)
先日試した時には、同じようでどこか違う風味のうどんもどきになった。
その経験を踏まえ、既につゆの準備は始めている。
街中は、同じような屋台や朝市のような販売をする人とでにぎわっている。
町の中央では、歌って踊ってと騒ぎのはず。
「ウィルもはしゃいでるわ。雰囲気がわかるのかしらね」
夏場ではあるので、日陰に寝かされているウィルくん。
赤ちゃん籠の中で、元気そうだ。
「でもよかったの、ユキ。向こうで領主様たちと何かやらなくて」
「あっちはあっちで、また別の時期にやるそうです。パーティーみたいな?」
詳しくは聞いてないけど、なんだか関係者だけを招くそうだ。
きっと、私の知らない人も来るだろうし、ちゃんとしないとだね。
今はお祭りを楽しもう、というわけで屋台ののぼりを立てる。
私が大きく、うどんと書いたけどきっと読める人はいない。
古文書に書かれていた古代の食べ物、とごまかす予定だ。
「食い物か? 一杯貰おうか」
「はい、ありがとうございますっ」
目ざとく、冒険者の1人が最初のお客さんとなった。
夏場なので、熱めのうどん以外にも、氷を産み出す道具を使って冷やしも用意した。
どちらが売れるのか、いまいちわからないところだけど……。
1時間もしないうちに、その答えは出た。
「ローズ、お願い!」
魔法の道具である赤熱のナイフを、ある意味いつも通りに熱源として使用。
しっかりと温まったつゆをよそい、うどんもどきを入れていく。
そう、みんな暑さに汗をかきながら、なぜか熱い方の注文し、食べていくのだ。
「ユキ、麺のほうが後10個よ」
「はい! 後10で終わりでーす!」
結構な数を用意したはずなのに、あっという間にはけていった。
最後の数玉というところで、前にやってきたのは……。
「ユキ、しばらくぶりね」
「プ、プラナ様!?」
護衛付きとはいえ、いきなりの登場であった。
さすがに雰囲気と見た目で一般人じゃないのは丸わかりなのか、人が近づいてこない。
「新作よね? 貰おうかしら」
「は、はい。熱いのと冷たいの、どちらがいいですか」
「熱い方にするわ! ミネウスよね? なら熱くないと!」
なぜか、プラナ様まで熱い方だった。
不思議に思いつつ、護衛の兵士さんもと提供する。
熱いはずなのに、しっかり食べきるプラナ様たち。
「あの、お水ぐらいは冷たいのを……」
「ありがと。ふうーーー、これはいいわね」
ちょうど売り切れになったので、店先に設置したベンチに座ることに。
地方をめぐってるはずのプラナ様が、またセレスティアに来たのはなんでだろう?
「聞いたわよ。正確には手紙だけど……ブリタンデの一員になったそうね」
「え? あ、はい。そうみたいです」
我ながら、気のない返事だ。
呆れられそうなところだけど、今回の相手はある意味、手ごわい。
「喜ばしいことだわ。むしろ遅いぐらい。あ、地方の領主や貴族だと、優秀な人材を遠縁の親戚とするっていうのはよくあることなのよ」
「そ、そうなんですね」
そばにいる護衛の兵士さんの顔が、少しこわばるのが気になった。
どちらかというと、何ぶっちゃけてるのこの人、みたいな?
「だから、お祝いもかねて、ね。そうしたら、お祭りだっていうじゃない。いてもたってもいられなくなってね」
「なるほど……じゃあ館の方にこれから?」
にっこりと笑顔。
その後も、しばらく店先で雑談だ。
お祭り自体はまだまだ続いており、たまに騒がしさがここまで届く。
たぶん、ルーナかユリウス様が広場で挨拶ぐらいはするんだと思う。
「普段は刺激の少ない旅だけど、ユキのおかげで退屈しなかったわ。保存食も、彩りだらけ……助かったわ」
「楽しんでもらえたなら何よりです。そういえば、なんでさっきの料理、熱いうちに食べないとって思ったんです?」
「ユキは知らないの? ミネウスは、寿命を延ばすと言われる高級な食材よ。なんでも、熱くして食べると力が溶けだして体にしみこむのだとか」
寿命が……伸びる?
かなり眉唾な話だとは思う。
けど、栄養があるというのは間違いないだろうから、食べ方の問題かな。
(昔の人は、温かくして食べるのが一番いいって学んだんだ)
伝承とかは、何か理由があるということだ。
また1つ勉強になったなあと思いつつ、プラナ様と会話を続ける。
ずっとそのままだと護衛の兵士さんは大変だろうから、そばで休んでもらうことを提案。
アルトさんが戻ってくるまで、軒先のお話は続いたのだった。




