MIN-115「自覚した日」
真っ白な、それでいて輝きを感じる。
目の前にいた月のような毛並みの狼は、不思議な存在だった。
「こんばんは」
そう口にしてから、おかしいことに気が付く。
さっきまで、まだ明るかったはずだ。
だというのに、まるで真夜中のように周囲は暗く……。
「夢の中……?」
意識だけがこっちに連れてこられた、というのが正しそうだ。
ゲームや漫画でたまにある展開が、自分に襲い掛かるとは思ってもいなかった。
「その割に落ち着いてる? うーん、実感がないからかな」
狼からの、言葉ではなく思念。
何が言いたいかが伝わってきたので、こちらも答えた。
表情のわからない狼も、なんだか笑った気がする。
と、赤い毛並みの狼、ローズが駆け上がってくる。
もう結構な大きさだから、本当ならかなり重いはず。
(前の白い子もそうだけど、重さが感じないなあ)
そこにいるのに、いないかのよう。
だというのに、圧倒的な存在感。
「お願いがあって、伝わるかな?」
ここで採掘をしていきたいということを伝えると、頷かれた。
獣が巣作りをするのと基本的には変わらない、そんなイメージが返ってくる。
「おっと……ちゃんと祈るように? それは大丈夫だと……人は短命だからすぐ忘れる? あー……」
これを言われると、なんというかごめんなさい、だ。
約束したユリウス様の代ではいいだろうけど、じゃあその子供、孫となったら?
言い伝えは残っても、守るとは限らない。
人は、何も起きないとサボるものだから。
「細かいので警告したらどうかな? 量が減るとか、姿をちらっと見せるとか」
思いつくままに言ってみたら、意外と受けがよかったらしい。
白狼は、黙ったまま私の方に首を寄せ、すりすりしだした。
そっと、手を伸ばして体を触る。
前に触ったことがある、人を駄目にするなんとかみたいな手触りだった。
ずぶりと、手が沈み込む。
止め時がわからないまま、そのままどこまでも手が、腕が、肩まで沈み……。
「はっ!?」
「ユキ、気分はどうだい?」
気が付けば、私は祠の前に膝をついて祈る姿勢のままだった。
びっしょりと汗をかき、だというのに疲れた様子はない。
ユリウス様と、お付きの兵士、メイドさんしかいない。
「私、どうなってました?」
「説明が難しいね。じっと固まったままで、何かがここにいるのを感じたよ。家ほどもある存在をね」
となると、白狼がいたというのは間違いないみたいだ。
恐らく、接触しやすいということで向こうに引っ張られた……みたいな?
「山に落ちたという精霊に出会いました。獣も巣を作る、ならば人が作っても自然だろう、と」
「つまりは、それを超えるようなことはするなということだね。ある意味わかりやすい」
メイドさんからタオルを受け取り、汗を拭く。
ローズがそんな私の肩まで駆け上がってくる。
不思議と、ローズも消耗しているようだった。
「あっちで手伝ってくれたのかな? ありがとう」
片手の指先で撫でてやると、気持ちよさそうだ。
その後は汗がひどいということで、水浴びへ。
一通りさっぱりした後に、改めて鉱山を眺める。
さっきまでとは、少し違うように感じる。
「これで問題なく採掘が進むなら、旅も終わり、かなあ……戻りたい?」
「出来れば早く戻れるとありがたいです。おかげで部屋は快適ですけれど……」
まあ、気持ちはわかる。不便と便利が極端だよね。
言うなれば、工事現場で事務所だけ冷房が効いてるようなものだ。
「食事の後は、好きにしてていいよ。私もゆっくりするから」
そう告げて、少し早い夕食を取る。
見回りに兵士さんが歩き出すのを見送りつつ、自分も外へ。
ちょうどログハウスの外に出たところで、空と山を見る。
(蚊はあまりいないのかな? もしくは、弾いちゃってるのか)
いくつか身に着けている魔法の道具。
その中に、簡単な障壁を張るものもある。
それが上手く効いてるのか、虫は寄ってこない。
空が夕焼けから藍色、黒へと染まっていく。
朝と夕方だけの、切り替わりの時間。
「ユリウス様も、気分転換ですか」
「ああ、そうだね。自分の小ささを、感じるのさ」
隣のログハウスで、同じように外を見るユリウス様がいた。
わずかな外の明るさが、彼の表情を彩る。
「父は、優秀な人だった。そうでなければ、僻地を領土として発展はさせられなかっただろうね」
「ユリウス様とルーナ、2人が立派に育ってるんですから、すごい人だと思いますよ」
本心からの言葉に、ユリウス様は沈黙してしまう。
何か、地雷を踏んだかなと心配してしまうのだ。
「あの……」
「ああ、いや。そうだなと、思ってね。人からそう言われたことはなかった……」
静かにつぶやく姿は、一人の人間だった。
相変わらず、俳優が似合うイケメン具合だけど、それでも生身の人間だ。
急に、自分の中に感情が産まれる。
でも、それは表に出していいのか悩むもの。
少なくとも、軽々しく扱えるものでは……無かった。
言葉少なに、夜は過ぎていった。




