MIN-111「精霊は機械じゃない」
その日、私は預かった魔法の道具らしきものを前に、唸っていた。
「あの、治すのが難しいならあきらめるけど……」
「え? ああ、すいません。ちょっと違うなと……」
依頼品、火の玉が出るという杖を前に首をかしげる。
カウンターの上に置かれたその杖は、折れている。
力尽きて、もう火の玉が出ない状態だ。
治せば、また使える……はずなんだけど。
(これ、火の玉が出るのかなあ?)
「もしかして、終わりの方調子が悪かったから、完全に壊れちゃいましたか?」
「調子が? 詳しく聞かせてください」
依頼人である若い冒険者に話を聞くことにする。
駆け出しから少し抜け出たという感じの少年、いや、青年か。
彼は、仲間と共に最近ダンジョンに潜っていたという。
それ自体は良くある話で……。
「小さいネズミみたいな相手が多くて、いちいち大げさに撃ってるとすぐ駄目になりそうで、出来るだけ絞って撃ってたんですよ」
なるほど、確かに魔法の道具は私が生み出したようなのを除くと、あまり融通が利かない。
中にはそういうのもあるけど、大体は一定の効果をしっかりと発揮する。
逆に、使い手の能力に左右されないというメリットでもあるのだけどね。
ともあれ、元々の火の玉では威力が強すぎたってことだ。
そうこうしてるうちに、折れてしまったのだとか。
調節できたということは、道具が頑張ったのかこの人が上手いのか……前者かな。
「ただ、後半になるとなんていうか、火の玉が変わって……そうそう、ああいう大きい布を広げたみたいなみたいな形に」
「広げたみたいな……ああ、なるほど」
青年が指さす先には、在庫としての布。
そこでようやく違和感の正体がつかめた。
このまま杖を治すと、元に戻ってしまう、そんな感覚があったのだ。
(キミは、この人のために変わりたかったんだね)
折れた杖が、ほんのり光を放った気がした。
そのまま、そっと材料となる素材を手にする。
あまりお金にならず、まとめて引き取れたトレントの木片。
「この子、あなたのために役に立ちたいって、頑張ったんですよ。だから……」
「お……おお?」
木片が溶けるように杖と混ざり合い、形を変える。
浮かび上がってきた精霊は、複数。
3匹の、赤い狐だ。
「火の玉じゃなくて、火の網……を撃ちだせると思います」
「魔法の道具が変わるってこと、あるんだな!」
私も聞いたことがないし、出来たことはない。
でも、出来たってことは、そういうことだ。
「仲良くしてあげてくださいね」
「ああ、もちろんだ!」
代金を払い、元気に去っていく冒険者の青年。
足元に、狐が3匹寄り添っている。
「なるほどなあ……」
ベリーナさんはお爺さんたちのところで、届け物にいっているアンナはまだ帰ってこない。
その間、店内の在庫を見回り、考える。
今までのように治すだけじゃない、別の形。
人も自然も変わるのだ。なら……。
「魔法の道具の、新しい可能性……進化」
必ずしも、良い方向とは限らないだろうけど。
魔法の道具も、ただの道具じゃないことが証明された。
「戻ったぞ。おっと、2人ともいないのか?」
「お帰りなさい、アルトさん。今日は早いですね」
まだお昼前なのに、いつもよりだいぶ早いご帰還だ。
荷物を預かりつつ、冷やしてある布を渡す。
カウンター裏には、氷と水桶があるのだ。
「ふう、生き返るな。何、人も増えたが、冒険者も増えた。一緒に、元冒険者もな」
「稼げそうだから、とは少し違いそうですね」
「ああ。稼げそうだからというのはあってるが、なんていうのか……サポーターだな」
曰く、無理は出来ないが、道をあきらめるのはつらい判断だった、という人は多いそうだ。
大体は、いろんな場所で警備や用心棒めいたことをするらしい。
でもそういう職業は、あまり活気があるとは言い難い。
「基本、何もないのが一番の業種だからな。事故も少なく、空きも少ない、と」
「それで、冒険をあきらめきれずに……」
炭がまた燃えて来た……いや、まだ炭にもなっていなかったのかもしれない。
良質なポーションが見つかれば、現役復帰も不可能じゃない。
そんな夢も、彼らの後押しをしてるらしい。
「アルトさんは、復帰したいんですか?」
「まあ、今もしてるようなもんだろうな。たまに、ベリーナに怒られるよ。せめて地上でとな」
ベリーナさんはベリーナさんで覚悟はしてる、のかな?
そのまま、2人が戻ってくるまで接客と雑談をしつつ、珍しく2人だけの時間だった。




