MIN-108「暑さから避難」
その日は、朝から暑かった。
日差しは強く、元の世界の暑さを思い出す物だった。
「ひとまず試作はこのぐらいかなあ……」
実験用に与えられた一室で、一人つぶやく。
答えてくれるのは、テーブルの上にいるオットセイ?だ。
見た目は文鎮で、精霊としてぬいぐるみサイズのかわいい子がいる。
(拍手をすると、氷が出るとかどこの芸だろうね?)
深皿に、カランコロンと音を立て、氷が産まれる。
1つ1つは、リンゴぐらいだからかなりの物。
木桶とかに指定したら、きっと大きい氷が産まれることだろう。
「風は、君に任せた!」
指差すのは、壁際の棚に止まる鳥さん。
こちらは、青い鳥でどこかでみたような……いや、やめておこう。
単純に、強弱をつけて風を産める精霊で、本体の見た目はただの置物。
「どっちも道具そのものとしては普通で、上手く能力を絞れたなあ……」
長老の言葉をヒントに、氷を産む魚で桶に氷を出して、試したのだ。
結果、5個精霊を宿らせて、3つが氷を作れるものになった。
風の方も、同じように、だ。
「この氷、空気中の水分を凍らせてるのかな? うーん、機材がないからわからないなあ」
なんとなく、部屋の中は乾燥しているような気がする。
今のところ、道具としての消耗もあまり多くないから、大丈夫だとは思う。
むしろ、一度氷を作ったらそれが溶けた分で大丈夫かも?
「ま、試そうかな。ユリウス様たちの部屋なら、造りがいいからあまり隙間風もないだろうし」
一人つぶやき、置物と文鎮を持って外へ。
試作した道具たちは、一応網籠に入れて一緒に連れて行こう。
「魔石や魔晶石で交換式にするか……修理前提にするか、悩むなあ」
もし、他の場所に売るなら、交換式の方がいいだろうとは思う。
魔石とかならどこでも手に入るけど、直接治すのは近くないとね。
もっとも、売るつもりがあるかどうか微妙なところだ。
ユリウス様の執務室前にやってきた。
入る前には一応、ノックだ。
薄着だろうし、もしかしたら人払いして裸に近いかもしれない。
「どうぞ」
「ユキです。入ります」
そっと扉を開くと、思ったよりは温い部屋の空気。
思ったよりはしっかりした服装で、緩めている首元がセクシーっと。
この天候だと、暑そうなんだけど…あっ。
「それ、ルーナが?」
「ああ、一応ね。閉め切るわけにはいかないから、結局微妙なんだけど」
窓の空いた部屋の中央に、溶けかけた氷の彫像。
廊下とかに置いてあるのを、凍らせたもののようだ。
「じゃあさっそく試しましょう。作ってみたんですよ」
「おお、それは最優先だ」
そそくさと窓を閉め始めるユリウス様。
私はその間に、事前に用意してもらった木桶に氷を出し始める。
オットセイが木桶の中で過ごす間に、どんどん氷が出てくる。
そして、近くに鳥にとまってもらい、送風開始だ。
「おお……おおお……なるほど」
「思ったより冷えますね。氷も普通じゃないのかもしれません」
試作中、寒いぐらいだったのは気のせいではなかったようだ。
想像以上に、部屋が冷え始める。
気のせいか、あまり氷が溶けないような?
(君たちも何かしたのかな?)
楽しそうに木桶の中で遊ぶオットセイ、そして踊るように風を産む鳥。
まあ、楽しそうだからなんでもいいか……。
「これはいいね。弱くするにはどうしたらいいんだい?」
「こっちの鳥の置物がそのままずばり、です」
ユリウス様が指先で触れ、少し弱くとつぶやくと、実際に風も弱くなった。
細かいことに、鳥の踊りも少し変わってる。
オットセイのほうも調整し、これで夜も冷えすぎるということはないだろう。
「出来れば屋敷の人間には、これを味わってほしいね」
「他に、見張りの兵士さんにも、冷えたタオルとか用意出来たらいいと思うんですよね」
他の部屋にもというのは想定内なので、頷く。
そのついでに、外でいつも頑張ってる人たち向けの提案をしてみる。
セレスティアに戻る時とかに、よく馬に乗せてもらうから、ね。
「皆も喜ぶだろうね。許可しよう、しっかり頼むよ」
「はいっ! でも、涼しいからって引きこもっちゃいけませんからね」
一応心配してそういうと、きょとんとした後にユリウス様は笑い始めた。
こっそり、自分が経験済みの事だから少し怖いのだ。
ずっと部屋にいると、外に出た時に温度差でやられちゃうんだよね。
「そういうことか……なるほど。忠告には感謝しよう」
きりっと真面目な顔になり、そう告げる姿は領主そのもの。
だから、見惚れたって仕方がないのだ、うん。
「ルーナたちの部屋にも設置するんだろう? そろそろ行ってあげたらどうかな」
「そうしますね。ではっ」
廊下が暑いことを思い出し、少しげんなりするけど仕方ない。
出来るだけ急いでという形で文官さんやルーナたちのいる部屋へ。
そうして、粗方設置し終えた私が、みんなから神様のようにあがめられたのは別の日のお話だ。




