MIN-100「セレスティア」
「セレスティア……良い名前だね。響きもいい」
「この土地は、恵みもたくさんありますし、これからも増えるといいなあという感じで」
「中央側に、同名の街とかはなさそうね……」
ユリウス様とルーナのいる執務室。
プレケースから戻った私は、その足で2人に報告した形だ。
今さらながら、どうやって私はこの世界の言葉を話しているのか気になってきた。
読むことはできるし、書くこともできる。
何かしらの力で、翻訳能力でもついてるんだろうか?
(私には、日本語でしゃべってるけど、わからない言葉で書かれてるって感じだよね)
ルーナの見ているのは、多分報告書みたいなもの。
管理でややこしくならないように、各地の街の名前が書かれてるらしい。
「地方同士だとそう厳しくないんですか?」
「ああ、そうだね。例えばそうだな……中央からどこそこの何々、という言い方をするからね」
日本でいうと、東京の銀座、大阪の銀座、みたいなものだろうか?
ひとまず、名前がかぶってややこしいってことは回避できたみたい。
「ユキには、もう1つお願いしたいことがある。この名前をつけるための儀式があるんだ」
「私とか魔法使いがやるんだけど、ユキなら文句なしだと思うわ」
つまり、精霊関係。
魔法の道具とは関係が……無いわけじゃないのかな?
大地も、建物も、何もかもが精霊が宿る可能性がある。
「ちょうど、明日の夜が満月だ。一番適している時期と言われている」
「どういうことをしたらいいんです?」
何か踊りとか必要、だと困るけど……大丈夫だよね?
心配になってルーナを見ると、微笑みと頷き……ええ、どっち!?
「ユキなら大丈夫よ」
「それで安心できる人、あんまりいないと思う……」
夜も近づいてきたことで解散になる。
部屋を出ながらルーナに聞いてみても、結局教えてくれなかった。
どきどきしながら、夜を過ごすことになったのだ。
翌日も、どういうことをするのか心配でちょっと上の空。
「今日は特に計算する物もないんですよー」
「あ、そうなんですね……わかりました!」
ルーナからは、今日はゆっくりしててと言われたけど、何もしてないのはつらい。
手伝いを、と文官さんを当たってみたけど、当てが外れる。
仕方なく、中庭を散策だ。
広い中庭は、いつも手入れされていて綺麗だと思う。
草木もちゃんと植えられていて、立派な物だ。
「もうちょっと教えてくれてもいいよねー?」
ベンチに座りながら、ローズを撫でる。
ふわふわもこもこ、相変わらずの癒しだ。
いつもそばにいてくれて、いつも元気で……って。
「やっぱりお前、大きくなってるよね」
子犬を抱えるように持ち上げると、すごくわかる。
ほとんど倍ぐらいになってる……と思う。
重さをほとんど感じないから、ぬいぐるみみたいな感じだけど。
「精霊を育てたら、魔法の道具も変化するのかなあ?」
なんとなく、赤熱のナイフも高性能になってると思う。
やれることは増えて、出力も上がってるようなそうでないような?
不思議と、ローズと遊んでいると時間があっという間だった。
「ユキ、お昼にしましょ。そしたら、儀式の準備とか一緒にやりましょう」
「待ってました! もう、どうして教えてくれないの?」
「ユキの場合、儀式をやる前に終わっちゃいそうだから、かな?」
一体どういうことだろうか?
よくわからないまま、食事に向かい……着替えるように言われる。
準備されたのは、なんだか伝統を感じる衣装。
「うぐぐ、私の時はだぼだぼだったのに、ユキ……」
「私のせいじゃないよね!?」
絹のような、違うような光沢のある布。
高そうなそれで出来た、ドレスとワンピースの間みたいな服だった。
ルーナは、そんな服を着た私の……胸元を凝視している。
(いうほど、大きくはないと思うんだけど……)
反論しても、なんだか暴走がひどくなりそうだったので内心に留めておく。
そうこうしてるうちに、ユリウス様もやってきた。
「じゃあ行こうか。すぐそこさ」
案内された先は、領主の館の中でも奥まった場所。
歩きながら聞かされた話によると、この土地を開拓し始めた時からある場所だそうだ。
なんでも、この土地を開拓すると精霊に宣言する場所なのだとか。
「お邪魔する形だから、お伺いを立てるのよ」
「そうなんだ……ああ、私が先に行くと、勝手に話が進んじゃったんじゃないかって?」
「そういうことだね。ユキは、力ある存在だから」
妙に納得するしかないことを言われ、苦笑する私。
よくわからないうちに、やっちゃいそうだもんね。
見えて来た小屋というか、建物というか……。
「ユキはここに立ってて、始まったら、中の石碑に祈りながら、名前を捧げればいいから」
「よくわからないけど、わかったよ」
待機している私の前で、ユリウス様とルーナが何やら唱え始める。
魔力の気配を感じるから、専用の何かかな?
周囲の空気が変わっていくのを感じた。
(あ……来た、何か……上がって来てる)
地面の下の方から、何かがせりあがってくる。
嫌な感じは一切ない、ほっとする気配だ。
「ユキ?」
「うん、わかるよ。大丈夫」
何か、多分この土地の代表みたいな精霊が私を認識した様子。
つながって、私の気持ちも伝わっていくのを感じた。
何者でもない、光の球が浮かんできた。
「世界の理を感じる者……この土地に住まう同胞として、呼び名を捧げます」
─その名は、セレスティア
静かな私のつぶやきが、溶けていく。
光の球が何故か、頷いたように感じた。
すうっと、地面に吸い込まれていく。
「……終わったかな?」
「ええ、そうみたいね。やっぱり、内緒にしておいてよかったわ。誓いの言葉、教えてないのに言えるんだもの」
「ははは、これでユキもこの土地の同胞、一員だね」
ちょっと怒っているルーナに、満足そうなユリウス様。
2人に微笑みつつ、私も確かな満足を感じていた。




