MIN-099「ここにいる理由」
「名前……名前……」
ブツブツ呟きながら、中庭や建物をうろつく私。
きっと他の人が見たら、変な人って思うことだろう。
もう慣れて来た人からは、何かあったんだなって思われるかもしれないけど。
「赤ちゃんの名前も、軽いものじゃあないけどさ……」
ウィルくんのことを考えると、余計に重みを思い出してしまった。
今度は、街の名前だという。
よく考えてみると、私自身、街の名前を意識していなかった。
「どんな街かも、もっと知らないとな……」
私はまだ、新参者だ。
となれば、街のことを知っている人に話を聞くのがいいだろう。
ユリウス様たちは、なんとなく任せるって言ったからには任せるとか言われそうだし。
今のところ、私のお仕事はこれだけということらしい。
自由にしていいということだから、街に出よう。
一応声をかけて、街に向かう兵士さんがいるというので、後ろに乗せてもらう。
「馬にも慣れましたか?」
「おかげ様で。あ、ここでいいですよ。ありがとうございます!」
兵士さんはこのまま、街道の見回りに行くんだって。
大変だなあと思いつつ、プレケースへと向かう。
お客さんがちょうど出てきたところで、中へ。
「いらっしゃ、ユキ。どうしたの? 今日はまだあちらでしょう?」
「お姉さんだー!」
不思議そうなベリーナさんと、喜んでるアンナに迎えられ、それだけでも嬉しい気分。
ただいまとは今回は言わずに、ひとまずアンナを撫でる。
「少し、知りたいことがあって。街のことを……歴史っていうんですかね?」
「なるほどね。ユキは運がいいわね。今日、父さんたちがたまたま来る予定なのよ」
近くで農家をやっているベリーナさんたちのご両親。
たまにお手伝いに行ってるけど、元気な人たちだ。
庶民にも、薬草やいわゆるポーションの類は利用できる価格帯だからかな。
(腰が曲がってる人、あんまりいないんだよね……)
「じゃあ、少し待たせてもらいますね」
ご両親が来る間、ベリーナさんからの話を聞くことにする。
まだ村と町の間ぐらいだったころ、ダンジョンの発生と討伐、アルトさんとの出会い。
お店の頑張りとか、街のみんなの事……。
半分以上、のろけだった気がする。
幸せそうだからいいけどね、うん。
お客さんも空気を読んだかのように、全然来ないし。
「はわー、素敵です!」
「うふふ、少し恥ずかしいわね」
乙女な顔になったアンナを微笑ましく見つつ、もう少し話を聞くことにする。
そんな時間が過ぎたころ、お客さんだ。
「孫を見に来たぞい」
「あらあら、お父さん。そんな言い方……」
お客はお客でも、ベリーナさんのお父さんたちだった。
アンナが挨拶するのを見守りつつ、私も話しかけにいく。
「昔の事を知りたい? ふうむ」
「いいじゃないですか、話してあげても」
ちょっとお爺さんが言いよどんだ理由は、すぐにわかった。
夏は獣や魔物を倒し、冬は寒く、耐える日々だったと……苦労が多かったかららしい。
「後悔がなかったと言えば嘘じゃなあ。しかし、出会いもたくさんあった……うん」
「そうですねえ……こうして、みな一緒です」
どこかしんみしりたところで、本当のお客さんだ。
接客後、お爺さんたちはウィルくんをあやしに奥へと向かう。
アンナもついていった。
ベリーナさんと一緒にお店に残った私は何度も頷く。
いろんな話を聞けて、結構気持ちが固まってきたのだ。
こうなってくると、1つだけ確かめたい場所がある。
「ベリーナさん、ちょっと森に出たいんですけど」
「森に? わざわざどこへ?」
─私がこの街に来た森へ
私はこの世界にやってきた人間だ。
そんな人を落とし子、と呼ぶらしい。
それは、この世界の人間でない人がいないわけじゃないということ。
「そう……アルトが戻ってきたらお願いしてみなさい」
「はいっ!」
それからしばらくは、お店のお手伝いもしつつ、アルトさんの帰宅を待つ。
運よく早めに帰ってきたアルトさんにお願いし、出会いがあった森へ。
「何もないと思うがなあ」
「けじめみたいなものですから」
あの時は、狼が出て来た。そこを助けられたんだよね。
今日も出てくるかもしれないから、赤熱のナイフ以外にも準備をしている。
(心配はいらないって、アルトさんはいうけど……)
どきどきしながら、街道を進み、そして森へ。
「確かこのあたり……」
「あまり奥にいかないようにな」
背中に声を聞きながら、うろつく私。
何もないように見えて……うん、見つけた。
「ん、祠か。こんな場所に……木陰でわからなかったな」
「何を祭ってるのかは、私もわからないんですけどね」
なんとなく、この世界に来た私と無関係ではないと思う。
しゃがみこみ、手を合わせる。
(出会いをありがとうございました。私、楽しく暮らしてます)
静かな森。
たまの風が立てる音が聞こえる。
そして、ドアベルの音が聞こえた気がした。
「……ユキ?」
「もう、大丈夫です。戻りましょう、アルトさん」
ベルの音と一緒に、私の中に何か答えが入ってきた。
街の名前、自分の中では決まったと思う。
どこか、すっきりした気持ちを抱えて、街に戻る。
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