第三話 双姫邂逅
修正しました。
以前の第二話にあたります。
アミティア王国は大陸西部域に版図を持つ中規模(というか3大強国の帝国、連邦、聖王国を抜かせば周辺国と併せてどんぐりの背比べ)国家であり、肥沃な土壌と温暖な気候から農業・牧畜が盛んで、国土面積・人口に比較しても国内消費量の数倍の収穫量を誇り、農産物の輸出量では近隣諸国随一を誇る、西部域の台所としてなくてはならない存在であった。
かつてはこの豊潤な国土を狙って侵略戦争なども行なわれたが、周辺国との外交政略によりここ80年以上、小競り合いを抜かせば本格的な戦争を経験したことはなく、時折発生するモンスターの被害を別にすれば、現在は平和を謳歌していると言っても過言ではなかった。
そんなアミティア王国の王都カルディアにある歌劇場では、今宵も着飾った貴族・富裕層が集っての仮面舞踏会が開催されていた。
ちなみに仮面舞踏会は、本来は宮廷で開催されたものだが、平和な時代が長引くに連れて徐々に敷居が低くなり、現在では一般(と言っても参加できるのはそれなりの財産と地位がある者ばかりだが)にも広がり、こうした劇場などでも開催されるようになっている。
参加者は上は貴族から、下は成り上がりの商人まで様々だが、時たまお忍びで参加する王族や他国の貴人まで居るとあって、参加する男女は鵜の目鷹の目で、仮面に隠された相手の素性を探ろうと、ダンスもそこそこに雑談に興じるのが通例であった。
だが、そんな通例を悠々と打ち破る、本日は凄まじいばかりの存在感を示す一組の主従がいた。
自然体で立っているだけで、超然とした存在感を醸し出す主たる女性。
一見して上半身はウエストまでフィットしたデザインで、折れそうなほど細い腰を強調しつつ、ウエストから下はフレア状に広がったドレープの黒のドレスに、生きた花と見まごうばかりの赤薔薇のコサージュを随所にアレンジした、とてつもない手間隙と時間、金を注ぎ込んだであろう衣装を身にまとった少女――見た感じまだ十代前半であろうか? 顔から上は紅い鬼面のマスクで隠しているため想像するしかないが、腰まで届く艶やかな髪といい、うっとりするほど白くホクロの一つもない肌、そして頬から下のラインから想像できる素顔はいかほどの美貌であろうか・・・とため息をつくしかない、まさに生きた芸術品である。
そしてその背後に付き従う侍女らしき、水色のロングトルソーのドレスをまとった17~18歳ほどと見受けられる女性もまた、まばゆいプラチナブロンドの髪と瑞々しい肌、白の仮面で鼻から上は覗えないが、想像できる素顔はこれまた絶世の、と言うべき美女であった。
そんな二人であるから、入場した瞬間から会場の注目は釘付けであったのだが、あまりにも高嶺の花過ぎて――身に着けている宝飾品の類いも超一級品どころか国宝級であり、どうみてもお忍びで参加した大国の姫とその侍女である――誰もが遠巻きに眺め、ヒソヒソと憶測をささやき合うばかりで、声を掛けようとするような命知らずな者は、いまだ誰一人としていないのであった。
◆◇◆◇
「……なんというか、思ったよりも退屈なものだねぇ、この仮面舞踏会というものは」
魔法の明かりを使えば良いと思うのだけど、古式ゆかしくシャンデリアの明かりの下で踊っているものだから、全体的に薄暗くて(まあ吸血姫の目には関係ないけど)、まるでお化け屋敷の幽霊が踊っているような感じなんだよねぇ。
同意を求められた命都――いまはさすがに熾天使の翼は隠した状態だけど――は、微かに首を傾げた。
「この程度ではないでしょうか? 舞踏会と銘を打っているものの、実質的には公然とした男女の享楽の場ですから」
「そうみたいだねぇ」
シャンデリアの光が届かない薄闇の中で、堂々とわいせつ行為(具体的にどこまでとは言わないけどさ、そういうのは別室でやりなよ)をしている複数の男女を見ながら(何度も言うけどボクの目には丸見えだからねぇ)、ボクは早々に来たことを後悔していた。
というか、いつになったら肝心の第三王子が来るんだろうね。
ひょっとして気が付かないのかな? 自分ではわかりやすい格好できたつもりなんだけど、案外目立たない可能性もあるし、ひょっとしたら地味過ぎたかな。
「・・・ったく、せっかく夜通しダンスの特訓をしたっていうのに」
「踊りたいのですか?姫様」
こてんと小首を傾げる命都。
「そういうわけじゃないけどね、貧乏性なせいか使えるんだから、使わないのは損な気がしてねぇ」
「左様でございますか。それにしても姫様を呼び出しておいて、待たせるとは不敬にもほどがございますね」
「いや、別に詳しい時間の指定もなかったわけだし・・・って、命都、相手の王子様が遅れて来たからっていって、いきなり喧嘩腰にならないでよ」
いきなり無礼討ちとかしたら、まとまる話もまとまらないからね。
そう言うと、命都は心外そうにため息をついた。
「天涯殿ではありませんから、下僕たるこの身が姫様の意を差し置いて、そのような短慮を起こすはずなどございません。――そも姫と何百年ご一緒してきたと思ってらっしゃるのですか?」
いや、何百年って・・・せいぜい3~4年じゃないの?
「まあ姫様のご指示とあれば、その無礼者を五寸刻みで成敗することに、一瞬の躊躇を覚える私ではございませんが・・・」
いや、躊躇しようよ!
だめだ。ウチで一番まともそうに見えても、根本的に武闘派なのは変わらないんだよね。
「――ところで」
命都がちらりとボクの顔――というか、仮面を見て言った。
「お好きなのですか、その仮面は? 城下町で良く似た仮面の者がラーメン屋にいた、などとも聞き及んでおりますが」
「な、なんのこと、かなあ・・・?」
「さあ? まあ根も葉もない噂でございましょう」
「そ、そーだね」
バレてるなこりゃ。
と、トコトコいう感じで金髪で薄いピンクのドレスを着た、緋雪と同じような背格好の女の子が、ボクの前までやってくると、ボクのなんちゃってとは違う、馴れた仕草でティアードのスカートを両手でつまみ、カーテシー(片足を後ろに引きもう片足の膝を曲げて行なう挨拶)を行なった。
「こんばんは、素敵なお召し物ですね」
「こんばんは、貴女こそ可愛らしいお支度ですね。よくお似合いですわ」
取りあえず同じように挨拶を返して、よそ行きの口調で付け加える。
すると彼女はじっとボクの顔を見て(仮面に隠されて顔かたちはわからないけど、瞳はブルーだね)、興味津々たる様子で訊いてきた。
「ところで、先ほどから気になってたのですけれど、貴女のような可憐な方にそのような恐ろしげな仮面は似合わないと思うのですけれど、それはなにか意味がございますの?」
後ろで命都も、「その通りですね」と頷いている。・・・うう、評判悪いなぁ、これガチャのレア品だったのに。
「意味があるというか・・・実は、本日ここで人と会う約束をしているのですけれど、相手方に私だとわかりやすいようにと」
魔物の国のお姫様だし、こーいうのがわかりやすいだろうな、と思っての腹積もりもあって選んだんだよね。
ところが、そう言うと相手の女の子は心底びっくりした顔で、可愛らしく口元を押さえた。
「まあ! あに・・・いえ、そのお相手の方は、貴女にそのような無体なことをおっしゃったのですか?!」
「ああ、いえいえ。これは私の判断です。相手方は場所と日時をおっしゃられただけで、特に服装や目印を指定されませんでしたので、私の独断で相手方にわかりやすいよう、こうしただけです。――なにぶん山出しの田舎者ですので、ご不快に感じられましたらお詫び申し上げますわ」
「そのようなことはございませんわ。少々不審に思っただけのことで、とはいえ相手の方も不親切ですわね。一方的に呼び出しておいて、肝心の目印などを指定しないなんて」
自分のことのように憤慨する少女の様子に、思わず口元が緩みそうになる。
「そうですね。なのでそろそろ退席しようかと思案しておりました」
「そうですか・・・」と頷きつつ、「あの、それでしたらわたくしと別室で少々お話してはいただけないでしょうか?」
はい? と思わず相手の目を見つめ返したところ、
「実は兄に連れられて来たものの、同じような年頃の方はいらっしゃらないようで、少々退屈していましたの。
それで、思わず貴女に声をかけたのですけれど、いまお話してみただけで俄然、貴女に興味がわいてしまいましたわ。ぜひ、じっくりとお話してはくださいませんか?」
その女の子ははにかんだ仕草で、だけど滅茶苦茶キラキラした目で訴えかけてくるんだよ。
・・・ううっ、苦手だ。こういう相手の空気を読まずに自分のペースに巻き込む天然型は。
気のせいかなんか前にもこんなことがあったような・・・。
「ま、まあ多少でしたら・・・」
気が付いたら、思わず頷いていた。あーあ、なにしてんだろうボク。
「嬉しいっ! あの、失礼ですけど、貴女のお年はいくつでらっしゃいます? わたくしは12歳になりますが」
「ええと、いちおう13歳ですわね」
設定上はね!
「あら、では1つお姉さまですわね。――あの、お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
わくわくした様子で訊いてくる女の子。
なにこの生き物、妙に可愛いんですけど?
「え、ええ。貴女さえよろしければ」
逆らえるわけないよね。
「では、お姉さま、あちらの別室を借りておりますので、おいでくださいませ。お供の方もどうぞご一緒に」
「――よろしいのですか?」
小声で確認してくる命都に、半分自棄で答えた。
「いいんだよ。来ない馬鹿王子が悪いんだから。後から来てその辺ウロウロしてればいいのさ」
わかりました、と頷く命都とともに、女の子に文字通り手を引っ張られて、歌劇場の二階、個室が立ち並ぶ奥まった部屋の前まで連れて来られた。
彼女はその部屋の扉を軽くノックして、
「お兄様、アンジェリカです。お客様をお連れしましたわ」
そう一声かけた。
『ああっ。入ってくれ!』
入室を促す若い男性の声と気配とに、
「「――ッ!?」」
ボクと命都は本能的な警戒から、2~3歩下がっていた。
そんなボクたちの方を向いて、彼女はかぶっていた仮面を脱いで可愛らしい――砂糖菓子のようにふんわりとした雰囲気の美少女だね――素顔をさらすと、改めて深々と挨拶をした。
「欺くような形になってしまって、誠に心苦しいですわお姉さま。改めてご挨拶いたします。アミティア王国第四王女、アンジェリカ・イリス・アミティア。馬鹿王子こと第三王子アシル・クロード・アミティアの同腹の妹にあたります」
そう言ってにっこり笑う彼女を前に、ボクと命都はどういったものかと思わず顔を見合わせていた。
ちなみに吸血行為は性衝動に似ているため、アンジェリカはいまいち緋雪の食指が動きません。
あと3~4年経てばストライクなんですが。




