95.悪役令嬢の主君
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで33歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
鐘が鳴る。
皇太子の死から半年—
遺言に定められた喪が明けた事を、大聖堂の鐘が定められた回数で知らせる。
帝都に響き渡る鐘を聞きながら、貴族も帝都民も祈りを捧げ、天での安らかな眠りを願う。
その音が鳴り止んだ時—
普通の生活が戻ってきた!
開放感に帝都民には笑顔が生まれる。
大っぴらに喜びは爆発できないが、その夜の飲食店に飲み屋街、花街は、大いに賑わった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
一夜明け、今夜は皇城で、褒賞祝賀会が開催される。
告知は、新年明けて翌日だった。
前回の紛争祝賀会以降、1年半以上、間が空いている。
その間のさまざまな分野での功績が讃えられ、陞爵や叙勲が公にされ、新聞でも告知されていた。
そんな中、王国との友好通商条約を中心に、非常に大きな貢献があったとされるタンド公爵の褒賞は、勲章でも領地でも褒賞金でもなく、息子達の陞爵だった。
従属爵位、嫡男のノール伯爵を侯爵へ、次男ピエールのウィンド子爵を伯爵へ、と、一家に二つの陞爵は、褒賞の中でも際立っていた。
私にとっては、やっと、やっと、やっとだわ!
これで後ろめたさを感じずに、タンド公爵家の従兄弟達と相対できる。
二人とも、叔母アンジェラから始まる経緯は、すでに理解してくれていたものの、私にはどうしても座りの悪さはあった。
それがスッキリ解消される!
第二皇子の毒殺未遂のお詫びで、半ば命懸けだが今は喜ぼう。
この先、嫡孫のための子爵位の叙位も、期日は未定だが約束されている。
そういえば、あの人は“塔”でまだ、生き延びているのだろうか—
一瞬、嫌な想像が頭をよぎったが、次の瞬間、地の果てまで投げ飛ばす。
それよりも、お祝い、喜んでいただけたのかしら。
ルイスと検討し贈ったお祝いの反応は、今夜の楽しみでもあった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
褒賞祝賀会当日—
黒と金。
今夜のルイスと私の色だ。
ルイスは、エヴルー公爵家騎士団儀礼服だ。
漆黒の生地を緑と金色で飾り、紋章を刺繍した肩掛けマントを翻す。
ほれぼれとする、かっこよさだ。
私はハーブ染料独特の深みのある上品な金色で染め上げたAラインのドレスを纏う。トップスはビスチェで、緑のハーブの草花を繊細に刺繍している。
宝飾は、二連の真珠の連なりの中央に、ルイスの瞳の色のサファイアを配したネックレスに始まり、婚約式のパリュールをほぼ揃えていた。
サファイアと真珠をプラチナ細工にはめ込んだティアラを、結い上げた金髪に冠り、イヤリング、指輪などで、この身を飾る。
ティアラからは、ドレスと同じ金色の繊細なレースのヴェールを腰まで揺らす。
ヴェールの裾周りには、ドレスと同じ緑のハーブの草花が刺繍されていた。
今夜の私は、染料とレース編みと刺繍をアピールするエヴルー公爵領の広告塔であり、そしてレース遣いはマダム・サラのモードの広告実験体だった。
そして、ルイスと共に、右肩から左腰への真紅のサッシュで、ガーディアン三等勲章を付け、星章を胸に付ける。
公爵家控室の中でも、私の衣装の豪華さは、黒い騎士服のルイスの隣りで際立っていた。
「まあ、エリー。婚約式よりも豪華ね」
「とてもおめでたいことですもの。
それとマダム・サラの、伯母様への愛情が籠ってますのよ」
「あら、そうなの?」
「はい。タンド公爵家の方々は、上質でも控えめになさる方針ですから、エリー様が華やかにお祝いなさってください、と送り出されてまいりましたの。
伯父様、伯母様、従兄弟殿達に、お義姉様がた。
この度は、二つの爵位が陞爵されるという稀な幸い、心よりお喜び申し上げます」
「タンド公爵閣下、夫人、ご嫡男、ピエール。ご夫人がた。
誠におめでとうございます」
私は深くお辞儀すると、パリュールがしゃらりと、軽やかな音を立て、ヴェールが優雅に揺蕩う。
騎士礼を取ったルイスの肩掛けマントも、ふわりと浮いて身に添う。
「改まって言われると、照れるな」
「ピエール」
伯母様に名前を呼ばれただけで、ピエールの背筋がピンと伸びる。
それだけで上質の夜会服がしっくりとし、“若き伯爵”に見えた。
さすが伯母様だ。
さらに伯母様の視線に促され、公爵家を代表し、挨拶を始める。
慣れていないピエールの練習代わりだ。
「エヴルー“両公爵”、ルイス閣下、エリザベス閣下。
この度タンド家として功績を認めていただき、伯爵への陞爵、身に余る誉れ、恐悦至極に存じます。
ふさわしく精進し、帝室と帝国のため、精勤していく所存です」
「ピエール?」
伯母様が礼の姿勢を取り続ける私達に視線を向ける。
「あ、ごめ、大変失礼いたしました。
ルイス閣下、エリザベス閣下。
ごていねいにありがとうございます。どうかお楽になさってください。だ」
頭をかいて、苦笑を洩らすピエールに、私とルイスは姿勢を正すと笑顔で励ます。
「大丈夫だ、ピエール。お前は本番に強い。
ウィンド伯爵夫人、サポートをよろしくお願いします」
「了解。ルーに言われたら、何とかなりそうな気がするよ」
「かしこまりました」
「ピエール。私もいい“足馴らし”になったから、気にしないで。
本番に向けてがんばってね」
「ありがとう、エリー、閣下」
「ピエールに“閣下呼び”されちゃうと、くすぐったいわ」
「慣れてくれないと困るよ、エリー閣下」
和気藹々と話していると、中立七家の方々を中心に、公爵家や侯爵家の方々が、次々とお祝いの挨拶に来てくださる。
来ないのは、序列第二位の皇妃陛下実家の公爵家くらいだ。
通常こういう時は、対立していても、当主が祝いに来るものだ。
時間を見計らった伯父様が、大人な態度で挨拶しに行っても、態度や言葉遣いがていねい過ぎていて、嫌味もたっぷり含まれていた。
「いやあ、タンド公爵家は実に素晴らしい。
素晴らしすぎて、序列などあって無きが如し、我が公爵家はタンド公爵家の方々を見本とし、後ろを拝みながら歩かなければなりませんなあ」
「恐れ多いお言葉をいただき、恐悦至極に存じます。
私どもは帝室と帝国を支えてこられた先達として、貴家を尊敬申し上げております。
我らが皇帝陛下から褒賞を受けたように、序列も皇帝陛下がお定めになったこと。
よろしくお願いいたします」
さらっと流して戻ってこられた。
向こうは、『ふんっ』と音が聞こえそうなほど、ふんぞり返っている。
あんまりやりすぎると、足元が見えなさすぎて、ひっくり返らなきゃいいけど、と思ってしまう。
侍従が入場の用意を告げに来る。
いよいよ本番、社交という戦場での、優雅な真剣勝負だ。
私とルイスは、緑と青の眼差しを交わしながら、微笑みの下、こっそり拳をコツンと合わせた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
序列第四位のタンド公爵家の入場は、やはり注目されていた。
刺さるような視線の中、ルイスが『本番に強い』と評したピエールも、堂々と歩いていく。
“お義姉様がた”も、伯母様の厳しいレッスンを受けた甲斐もあり、優雅に振る舞われていた。
私とルイスの入場も注目の的だ。
ドレスやレースの色合い、パリュールについて、令嬢やご婦人方が囁いている。
広告塔としては、まずまずといったところだろう。
私自身としては、ルイスの肩掛けマントと、腰丈のヴェールが、一緒に歩む度に共に揺れるさま、そして二人の衣擦れの音が、何より心地よかった。
皇族最初は、皇女母殿下だ。
喪明けらしく、薄紅色のドレスで、尊称のまま、薔薇のような可憐さと優美さだ。
いつものように、侯爵家当主の兄のエスコートを受け、大広間の奥の壇に立つ。
そして、いよいよ皇帝皇妃両陛下だ。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下、
帝国の麗しい月である皇妃陛下、ご入場です!」
儀礼官の大声が響き、臣下達の注目の中、堂々と典雅に歩まれていく。
「あれは……」
「以前、エリザベス閣下が、“陞爵の儀”でお召しになっていた……」
「間違いないわ。あの光り輝くような、不思議な光沢とハリ。
衣擦れの音からして、違いますもの」
はい。仰る通り、皇妃陛下のお召し物は、王国産の貴重なシルクの最高級品、エンペラー・ハイシルクでございます。
高地の特別な環境でしか育たない、特殊な蚕の糸を用いた、普通のシルクの二倍、きめ細かい布地は、ご覧の通り、独特の光沢と艶やかさとなめらかさを生み出します。
元々はお母さまにふさわしいドレスのために、二十数年前、伯父様、タンド公爵にも出資を募り、お父さまが始められた研究開発が、ようやく結実しました。
お父さまにお願いし、出資者でもあるタンド公爵家へ、王国の王族の方々よりも早く手に入れ、お祝いとして贈ったところ、賢い伯母様は、なんと皇帝陛下に献上されました。
『愛らしい第一皇女殿下をお産みあそばされた、お美しい皇妃陛下のために、遅ればせではございますが、尊敬の気持ちを込めて、贈らせていただきます』
陞爵の御礼と言わないのが、さすがです。
贈賄や癒着になっちゃうものね。
出資者のタンド家夫人の伯母様、そして王国の王族達と、順番待ちで数年かかると思っていた皇帝陛下の感極まった表情、それにも増した皇妃陛下のお喜びようは、すごかったらしい。
伯母様は淑女らしく、「秘密よ」とウィンク付きの仰せでした。
伯母様、素敵です。一生ついていきます。
このエンペラー・ハイシルクは、皇帝陛下の瞳の色に染め上げ、華やかなドレスに生まれ変わりました。
それを見事に着こなし、大広間中の貴婦人達の羨望を浴びて、なお美しい皇妃陛下でございます。
大広間がざわつく中、威厳を持って、優美に歩み、壇に立たれる。
ここで儀礼官が、褒賞祝賀会の開始を告げた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
続々と呼ばれる褒賞者達の先陣は、その評価の大きさ故にタンド公爵家からだった。
伯父様と息子達三人が呼ばれ、儀礼官により、二つの従属爵位の陞爵を告げられる。
「タンド公爵。
この度、その多大なる功績をもって、従属爵位である、ノール伯爵を侯爵へ、ウィンド子爵を伯爵へ、陞爵とする。
帝国のため、忠心を尽くすように」
「タンド公爵家一同。
帝恩を賜り、恐悦至極にございます。謹んで承ります」
定型文のやり取りも、家族のようなタンド公爵家のこととなれば、感慨深い。
公爵エリアで夫達を待つ、伯母様やお義姉様がたの目元も、少し潤んでいるようだった。
伯父様が代表して前に進み出て、皇帝陛下より任命書を挟んだ革の書類挟みを、恭しくいただいている。
あくまでも、息子達個人ではなく、“タンド公爵家”への褒賞という評価を、大広間中の臣下達に示していた。
儀礼に従い戻ってきた三人の顔も誇らしげだ。
その後も続々と、陞爵、叙位、新領地、叙勲、報奨金の授与が続き、最後の一人が終わったところで、皇帝陛下が口を開く。
「帝国に忠義を捧げる臣下達よ。
本日の褒賞者は、その功績を正当に評価された者達だ。
儂がこの耳目で確かめた。
盛大なる拍手を贈って欲しい」
皇帝陛下が率先して両手を合わせ始め、大広間は万雷の拍手が満ちる。
陛下が右手を掲げると、すうっと消え、余韻だけが建物に共鳴して残る。
そんな中、ほとんどの臣下にとって、思いもよらないことが発表された。
「儂は新年の儀の際、『本年は変革の年だ』と話したことを覚えている者も多かろう。
その第一をこれより、布告する。
その前に、第五皇子、第四皇子、出でよ」
皇帝陛下の呼びかけに儀礼官が、皇子殿下がたの入場を告げる。
「帝国の輝ける星たる第五皇子殿下、第四皇子殿下。ご入場です!」
成人前の皇子達が、こういった催し物に呼ばれる事は異例だ。
二人は開けられた扉から、居並ぶ臣下達のざわめきと好奇の眼差しの中、臆することなく、胸を張って歩き、壇に上がり、皇帝陛下の前に立つ。
私とルイスはちらりと眼差しを交わしあう。
伯父様からは何の変化も感じ取れない。
つまり、これから発表されることが『変革』そのものなのだろう。
私はルイスに貴族的微笑を向ける。
エヴルー“両公爵”として、ここからは絶対に取り乱してはならない。
いかにも『知っていましたよ』という態度を貫かねばならなかった。
ルイスも思い当たったようで、わずかに頷く。
序列第一位でも、容赦ないひよっこ扱いが身に染みますわあ。
皇帝陛下が二人の王子殿下の肩に、各々手を置き、言葉を続ける。
「第五皇子、第四皇子の非凡なる、優秀な資質をもって、本日、社交界デビューといたす」
この発表に、大広間はまたもやどよめく。
第四皇子殿下は新年を迎え15歳、社交界デビューできる年齢となったが、第五皇子殿下はまだ13歳だ。
これもまた異例ではあるが、前例が無かった訳ではない。
以前ルイスとも検討しあった予想の範疇だ。
「第五皇子、第四皇子。
儂はそなた達を、これからの帝国を背負っていく者として、本日より遇する。
覚悟して務めを果たせ」
最初に答えたのは、呼びかけの順番通り、第五皇子殿下だった。
「はっ、帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
誇り高き務めを頂戴し、恐悦至極に存じます。
一心に励みます故、ご指導、ご鞭撻をよろしくお願いいたします」
続けて、第四皇子殿下も言葉を発する。
「はっ、帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
恐れ多くも、身に余る務めをいただき、恐悦至極に存じます。
この身を皇帝陛下と帝室と帝国に捧げ、心よりの忠心を誓います」
第五皇子殿下と第四皇子殿下の返事のニュアンスが、微妙に異なる。
また、序列も第五皇子殿下を上に置いていた。
『これはひょっとするな。だが、カトリーヌ嫡孫皇女殿下の扱いは?』と思っていると、皇帝陛下は、皇女母殿下を呼び寄せ、三人を前に、朗々と声を張る。
「儂と重臣の度重なる審議の結果、第五皇子の立太子の儀を、善き日を選定し、今年中に執り行う。
次代の皇帝は第五皇子だ。
第四皇子は皇兄として、皇帝と帝室と帝国を支える。
また、次々代については、第五皇子の子女と、嫡孫皇女カトリーヌの中から、優れた資質を見極め、選定する。
これは、ここにいる、皇女母、第五皇子、第四皇子も納得し、誓紙も捧げられた、神聖なる決定だ。
異論は許さぬ。良いな!」
『ははっ!』
臣下一同、一斉に、右手を心臓に当て、忠誠を誓う礼を取る。
「うむ、皆の変わらぬ忠義を嬉しくも思う。
ただ、皇太子が亡くなって以降、服喪中にも関わらず、不埒な言動を繰り返す者どももいた。
非常に嘆かわしく残念なことだ。
その者達にはふさわしい処遇を与え、反省、努力を促したい。
儀礼官、これへ!」
皇帝陛下の呼びかけを受け、服喪中に勢力争いを繰り返してきた家々の、爵位の中の序列の降下や、職務の異動が告げられる。
この結果、第五皇子派の旗頭として、動き回っていた序列第二位の公爵家は、公爵家の中で序列第五位となった。
それも他の二家と同列の序列第五位、すなわち最下位だ。
実際の入場などは、その日の指示に従うらしい。
今回、勢力争いを理由に、”処遇”された三家の中で、“反省”“努力”を争わせ、評価する仕組みだ。
皇妃陛下を悩ませていた実家への、皇帝陛下の怒りを感じるのは、私だけだろうか。
第五皇子の立太子の儀を告げられ、信じられないように発表を噛み締めた後、辺りに自慢するような眼差しを巡らせていた大きな喜びから、急転直下である。
にわかには受け入れられず、呆然とした後、縋るような眼差しで、壇上を見つめていた。
その眼差しの先にいらっしゃる皇妃陛下は、全く実兄を見ることなく、凛然としていらっしゃる。
これは『切ったな』と直感する。
エヴルー“両公爵”家を筆頭とした“中立七家”は、マルガレーテ第一皇女殿下の乳母と淑女教育の教師役就任と引き換えに、皇女殿下の一生の後ろ盾を約束した。
となると、よほどのことがなければ、その母上である皇妃陛下も、丁重に遇するだろう。
その保証があればこそ、目に余る言動を繰り返していた実兄の公爵家との縁を、すっぱりと切ったのだ。
「……。以上を持ちまして、皇帝陛下のご叡慮の発表といたします」
処分された家や者達は、多過ぎず少な過ぎず、臣下達の気を引き締めるには、なかなかの匙加減だった。
この後、私とルイス、エヴルー“両公爵”を筆頭とした臣下達の挨拶を受けた、皇女母殿下、第五皇子殿下、第四皇子殿下、皆様がたの表情は晴れやかで、明るく受け答えしていた。
そんな中、弊害だけの勢力争いを一掃し、帝室と帝国の新たな未来へと、一歩踏みだした皇帝陛下は、寄り添う皇妃陛下と共に、最も晴れやかな顔をされていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)





