小話 3 100回記念SS ②敬愛と賞賛
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※甘めです。苦手な方はご注意ください。
※※※※※ 『100回記念SS』の掲載について※※※※※
ご覧いただいてる皆さまへ
ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
皆さまのおかげで、100回を越え、連載を続けさせていただいています。
こちらは『100回記念SS』の2作品目で、本編の番外編です。
『エリーのご両親の馴れ初めから婚約迄のあたりのどこか』についてですが、内容については、作者にお任せとなっています。
これからもよろしくお願いいたします。
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引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
アンジェラに出会えたのは、天啓、天の導きだった。
あの時まで、私は神の存在に半信半疑なうつけ者だった。
出会った瞬間の衝撃たるや、雷に打たれ、しかもふらふらと、彼女に吸い寄せられそうになってしまう。
こんな自分は初めてだった。
アンジェラの周りには、私のような経験をしたのか、まるで蜜に群がる虫のように、男女を問わず、集まっていた。
“壁の花”になろうとしたのか、背後が壁なので、逃げようがない。専属侍女らしき女性が捌こうとしているが、却って弾き出されそうな雰囲気だ。
そこで、はっきりと、私は目撃した。
アンジェラの貴族的微笑みの合間に、周囲の者への嫌悪感と侮蔑、戸惑いと絶望を見逃さなかった。
あの烏合の衆に混ざり、あのような想いをさせたくない。
あの眼差しを受ける存在に、絶対になりたくない。
ラッセル公爵家の誇りにかけても。
“氷”と呼ばれる私の理性を、ぐらぐらと根底から大きく揺さぶる欲望のような何かを、必死で抑え込む。
“天啓”を受けていなさそうなスタッフ達と、外交団歓迎パーティーを進行させていく。
その間、大使閣下と国王陛下にいくつかの許可を得ていた。
進行表の中に、アンジェラのスピーチがあった。
もうすぐ順番だ。
相変わらず、“虫”達にたかられている彼女を、救い出すような動きは帝国側にはなかった。
噂通り、厄介者扱いされているのだろう。
私は国王陛下と帝国大使から得た許可に基づき、周囲の人垣の近くに立ち、両手を大きく数回叩いた上で、鋭い一声を放つ。
『パン!パン!パン!』
「国王陛下に代わり、申し上げる!
王国の礼儀はどこに消え果てた!
他国の外交団の一員である妙齢の女性を、こうまで取り囲むとは恥を知れ!」
私の発した音と声に振り返った人間達は、目の色が変わっていた。
そこで同じ言葉を繰り返すと、『国王陛下の勧告』という重みで、渋々と囲みを解く。
私はそのままの位置で、騎士礼を取る。
「タンド公爵令嬢。大変失礼いたしました。
私はレオポルト・ラッセル、国王陛下の補佐官を務めております。
国王陛下からお詫びの言葉をお預かりしています。
『家臣達の行い、誠に不躾極まりない。
これ以降、タンド公爵家令嬢には、貴族にふさわしい距離をもって接するように、家臣達に命ずる』とのことです。
まもなく、スピーチの順番がまいります。
ご案内しますので、後ろからおいでください」
私は国王陛下の言葉通り、距離を取り、所定の位置まで案内する。
凄まじい嫉妬の眼差しを向けられたが、知ったことか。
マナーも考えず、妙齢の女性に近づく愚行を犯す猿どもに用はない。
アンジェラのスピーチは、美しい王国語で話された。
両国の交流について、豊富な知識と実例を挙げ、ここからさらなる発展を提案し、その未来を祝福して結ぶ。
深い知性に裏打ちされており、簡潔にまとめられ、素晴らしいものだった。
盛大な拍手が起こる。
私は控えていた、アンジェラの専属侍女に声をかける。
今夜の公的役割のスピーチも終えた。
もしもこれ以上、会場にいたくなければ、大使館か、宿泊先のホテルに送る、という申し出だった。
「かしこまりました。お嬢様にお聞きしてみます」
壇上から降りてきたアンジェラは迷いを見せていた。
またジリジリと人が集まりはじめる。
「タンド公爵令嬢。迷っている時間はありません。
式次第も遅れがちになっています。
大使閣下も国王陛下も了承済みです。
申し訳ありませんが、外交団が宿泊されているホテルに送迎いたします。
ただし、あなたに“熱”を上げていない近衛騎士と侍女を付け、護衛とし、扉の前で立哨させます。
陛下の許可も取りましたので、これならご安心でしょう」
私の冷たいまでの事務的な口調に、専属侍女はやや気色ばんでいたが、アンジェラ自身はすぐに納得した。
「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。
それではよろしくお願いします」
近衛騎士に国王陛下付きの侍女を付け、万全の備えで、アンジェラを会場から送り出した。
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—あれから、いろいろあったな。
今、婚約式兼婚姻式に着る、アンジェラのドレス選びの隙間時間を使い、持ち帰った書類を見ながら、つい感慨に耽っていた。
「……レーオ、レーオ?」
玲瓏な声で呼びかけられ、はっとする。
二着目のドレスを着たアンジェラが、衝立の前に立っていた。
最愛の花嫁のドレス選びの真っ最中という重要時に、衝立の向こうから出てくる瞬間の、二度目のアンジェラを見逃してしまったではないか。
書類を確認しつつも気配を察知し、衝立から顔を覗かせてから現れた、一度目のどきどきしている様子も、実に愛らしかったというのに。
私はとんだ失敗を犯してしまった。
挽回しなければ、と紳士的な微笑みを浮かべる。
「アンジェラ、二着目もとてもよく似合ってる。
ふむ。甲乙、つけ難いな。
アンジェラはどちらが気に入ってる?」
「私も迷っているの。どちらも素晴らしくて……。
でも……、あなたのために着るドレスだから、あなたに選んで欲しいなって……」
言い出すのを少し恥ずかしがって、もじもじしている様子は、なんて無垢で純粋なんだ。
神よ、アンジェラをこの世に生み出してくださり、本当にありがとうございます。
「そうだな……。本当に悩ましいが、アンジェラの美しさをより際立たせるなら、今のドレスかな。
レース遣いが、より上品でお洒落だ。
真珠とも相性が良さそうだ」
「あ、ありがとう。嬉しいわ。レーオ」
アンジェラは、“まともな”同年齢の男性からは、褒められ慣れていない。
そういったはにかむ表情も、この上なく無邪気で清らかで、私の心を鷲掴んでいることを、アンジェラには気づかせない。
“天使効果”に惑わされた者達と、一緒にされてはたまらないからだ。
ドレスの選択は二着とも優雅で、アンジェラの美しさを引き立たせ、申し分なかった。
二着目を選んだ理由は、アンジェラの白く艶やかな肌を、より隠していたためだ。
他の男には、一切目に触れさせたくないほどの独占欲とは、我ながら困ったものだ。
ドレスも無事に決まり、あとは真珠を縫い付け、ティアラなどのパリュールと調整すればいい。
ドレス選びが終わり、ラッセル公爵邸に招いたデザイナーと弟子達も帰って行った。
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アンジェラも普段のドレスに着替え、サロンでお茶の時間だ。
ソファーの私の横に座ってくれる。
これもどれくらい時間がかかっただろう。
今も少し離れてはいるが、これは淑女の嗜みというものだろう。
アンジェラのレシピによるハーブティーは、香り高く美味しい。
これを初めて飲んだ時には、実に驚いたものだ。
だが、味わいは重ねる度に深くなっていく。
アンジェラへの愛情と一緒だ。
「レーオ。ドレス選びに付き合ってくれて、ありがとう。
婚約者には嫌がる人もかなりいるみたいなのに……」
「美しいアンジェラを見逃すなんて、私自身が嫌なんだ。
アンジェラも私の花婿の礼装を選んでくれた時、色々意見を言ってくれただろう?
とても嬉しかったんだよ。
私の表情は変わりにくいから、分かりにくいだろうが……」
「そんなことないわ。レーオが嬉しい時は、ほんの少しだけだけど、右頬に笑窪ができるの。
でもそれだけじゃないわ。声だって、眼差しだって、柔らかくなるもの。
その、無理はしないで。
私だけのレーオで、いて、欲しい、から……」
おお。自分の表情把握に努めていた時、同僚から指摘され、修正していた癖が、アンジェラの前だけは出ていたのか。
他人ではないか、気を引き締めなければ。
いや、しかし、それよりも後半だ。
『私だけのレーオで、いて、欲しい、から』とは、なんて可憐な独占欲なんだ。
こんな事を言ってくれたのは、初めてだ。
今夜はシェフに言って、特別メニューにしよう。
アンジェラの好きなシャンパンも、最高級品を冷やしておこう。
「ありがとう、アンジェラ。とても嬉しいよ。
無理はしない。私はずっとアンジェラだけだ」
「レーオ……。私も嬉しいわ。
ただ、その、ドレスなんだけど、真珠を縫い付けるって、贅沢じゃないかしら」
アンジェラは本当に控え目だ。
“天使効果”のために、なるべく目立たないように生きてきたためだろう。
それもあり、婚約式兼婚姻式のドレスは、上品ながらも最高級品を身につけて欲しかった。
本来なら、婚約式と結婚式は、半年ほどおいて、別々に行う。
だがこの慣例に従うと、婚約を知った“虫”どもが妨害しかねない。
そこで、国王陛下の許可を取り、聖堂側には『主席補佐官の業務繁多とアンジェラ嬢が病弱なため』と理由をつけ、無理を通した。
列席者は“天使効果”が及んでいない、口の固い者だけを厳選した。故に国王陛下は、“あの婚約者”を連れず独りで臨席される。
「ちっとも贅沢ではないよ。
ラッセル公爵家が豊かな証だ。
それにこれは新しい試みで、王国の特産である、真珠の可能性を広げるものなんだ。
もちろん、アンジェラの美しさが最優先だが、我が国のためにも協力してほしい。
国王陛下も楽しみにしているようなんだ。
ただ、何よりも、誰よりも、私が一番楽しみにしてるんだ」
こう言われると、律儀なアンジェラは断れない。
最愛の優しさを知ってて言うのだから、私も罪深いものだ。
「前にも伺ったのに、ごめんなさい。
王国のため、そして、レーオのためにも着こなせるよう、がんばるわ。
ウォーキングの練習をしないと……」
アンジェラは本当に真面目だ。
一生に一度の晴れ舞台だ。
もっと楽しんでほしいのだが、アンジェラにとって悔いのないものにもしてほしい。
ただ、同時に無理をしてほしくはなかった。
「アンジェラ……」
私が左手を差し出すと、アンジェラもおずおずと左手を重ねてくれる。
距離も、愛情表現も一つずつ、積み重ねてきた。
「何度も言ってるが、決して無理はしてほしくはない。
あなたは生きて、私の側にこうしていてくれるだけで、素晴らしい存在なんだ。
いつも心からの尊敬を捧げているよ」
“天使効果”で深く傷ついているアンジェラは、私の側で生き続けることを選んでくれただけでも、勇気ある決断であり、心から尊敬していた。
「レーオ……」
「私のアンジェラ。夕食まで少し休むといい。
ハーブをたっぷり使って、癒されておいで」
私は少し向き直り、月の光を集めたような銀髪を、右手で優しく撫でると、嬉しそうに青い瞳を細めてくれる。
「はい、レーオ。ありがとう」
神秘的な輝きが、愛らしさに満ちる瞬間が何とも言えず、私の心をくすぐってくれる。
つい悪戯心で、重ねていた左手を持ち上げ、指先に唇を落とすと、「きゃっ」と実に可憐な声をあげた。
私の心は撃ち抜かれる。
と、そこに、冷然とした咳払いが聞こえてきた。
「こほっ、こほんっ」
忠義者のマーサは、常にアンジェラの側に控えている。
今も壁際に立ち、パーラーメイドの役割をしてくれているくらいだ。
いくら同居しているとはいえ、婚姻前だ。
この態度は正しい。
正しいが、その温かな微笑みに隠れた冷静すぎる眼差しは、厳しすぎないか、と、“氷の主席補佐官”と呼ばれる、この私に思わせるほどだ。
「もう、レーオったら。びっくりしたわ。
お言葉に甘えて、休んできます。
レーオもお仕事、根を詰めすぎないでね。
お夕食、楽しみにしています。ごきげんよう」
アンジェラがソファーを軽やかに立ち上がり、可愛らしいお辞儀をすると、サロンを出ていく。
付き従うマーサは出ていく時に、ちらりと私を振り返り、にこっと微笑む。
ああ、わかっているよ。
アンジェラを二人で護ろうと誓った日のことは、忘れてはいない。
だが、だが、手への接吻くらいは許してくれないものか、とつい思ってしまう。
私も恋に迷う一人の男だった。
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レオポルトに勧められて、取れたてのローズマリーのハーバルバスに、アンジェラはゆったりと浸かる。
思ったよりも、神経を使っていたようだ。
だって、二着ともあんなに素敵なドレスなんですもの。
真っ白だから、絶対に汚せない。
あの白練という絹の色は、古代より神聖さを象徴しているそうだ。
「アンジェラ様をお護りするように、ラッセル公爵様がお選びになったのですよ」と、デザイナーに聞かされて、本当に嬉しかった。
つい、レオポルトの唇が触れた、左手の指先を見つめてしまう。
「アンジェラ様。
手への接吻は『敬愛』を、特に指先への接吻は、『賞賛や感謝』を表すそうでございます」
いきなり、髪を洗ってくれていたマーサの声がした。
心の中を見透かされたようで、焦ってしまう。
「そ、そうなの?
マーサはどうして知っているの?」
「社交読本にございました。
あちらは、ラッセル公爵閣下のお気持ちそのままではないでしょうか」
「敬愛、賞賛、感謝……。そうね、マーサの言う通りだわ。
レーオはとても紳士的なの……」
アンジェラの声が少し寂しそうだ。
女性としても求めてほしい、と思ったように、マーサには感じられた。
儚げな様子だが、良い傾向に思える。
これこそ、レオポルトが求めていた心の変化だからだ。
アンジェラには、女性としても幸せになってほしい。
愛し愛される喜びを知り、幸せに暮らすアンジェラの側で、マーサはずっと仕えていたかった。
「敬愛や感謝がございませんと、良い結婚生活は送れない、ともございました。
ラッセル公爵閣下は、そこまでお考えなのではないでしょうか」
「け、結婚、生活……」
アンジェラは一転して、首筋から薔薇色に白い肌を染めていく。
マーサはそっと、美しい銀髪の手入れを続ける。
専属侍女の誇りにかけて、結婚式までに、最高の状態に持っていかなければならないのだ。
しかし、何のかんの言っても、お二人は相思相愛ではないか、と思う傍目八目のマーサだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作の番外編です。
『100回記念SS』の2作品目としてとして、書かせていただきました。
お楽しみいただけたなら、幸いです。
ご応募いただいた方も、読んでくださった方も、本当にありがとうございました。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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