小話 2.100回記念SS ①魔法の言葉
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※本日3話目の更新です。読み飛ばしにお気をつけください。
※※※※※ 『100回記念SS』の掲載について※※※※※
ご覧いただいてる皆さまへ
ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
皆さまのおかげで、100回を越え、連載を続けさせていただいています。
こちらは『100回記念SS』の1作品目で、本編の番外編です。
『お母さまの肖像画』についてですが、内容については、作者にお任せとなっています。
これからもよろしくお願いいたします。
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引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「知ってる?タッジー・マッジーは魔法の言葉なの」
小さな花束を渡され、香りを楽しんだ私は、子ども達に優しく微笑みかけた。
「魔法って、どんな?」
「そうね。素敵な気持ちにさせてくれるの。
ほら、この香りはどう思う?」
「私はラベンダーが好き」
「ローズマリーも良い香り。すっきりするの」
「俺はセージ!肉と一緒だとうまいんだ」
「このバラは優しい香り、アンジェラ様に似てる」
「タッジー・マッジーって言葉も、可愛くて楽しいね」
「ホントだ。香りと一緒に楽しくなっちゃう」
「そっか。それで魔法なんだ」
「アンジェラ様、すっご〜い」
子ども達に囲まれるが、恐怖はない。
私を見つめる目はきらきらと輝き、あの“心酔”した、何かに支配されたような、うっとりとした瞳とは全く違っていた。
この可愛らしい子ども達と目線を合わせるために、お辞儀で姿勢を低くする。
「うわあ」という声と共に、小鳥のさえずりのような愛らしい感想を聞かせてくれる。
本当に癒されるひと時だった。
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子ども達とハーブ畑で奉仕活動をした後、院長様に誘われ、ご一緒にハーブティーをいただく。
「アンジェラ様のおかげで、本当に味も香りも素晴らしいものになりました。
子ども達も美味しいと、よく飲んでくれています。
ありがとうございます」
「いえ、私は神が与えてくださる恩恵を、受け取りやすくお手伝いしただけです。
私も神の御技に深く感謝しています」
院長様は当初、飲みやすいように改良したハーブティーを、清貧の教えに反するのではないか、と、導入に消極的だった。
新しい領主が貴族の贅沢を与えるつもりか、と思われたのかもしれない。
そこで私は自分なりに工夫したレシピを見せた。
今までと使われているハーブはほぼ変わらず、各々の処理や配分を工夫し、修道院内にあるオレンジの果実の皮を乾かし足したレシピである。
南部の紛争から避難してきて、保護されて増えた子ども達は、修道院の財政上、狭い空間にいるが、衛生的に病気が発生しやすい状況にある。
予防薬の代わりに飲ませているハーブティーだが、その味故に、飲まない子ども、特に幼い子が多く、そういう年齢ほど病に罹りやすく苦しむ。
そういった説明も足してみる。
「自然を通し与えられている神の恩寵を、受け取りやすくしているだけですの」
院長様は、「病の防止のために、子ども達のために、神の恩寵をありがたく頂戴いたします」と受け入れてくださった。
この『天使の聖女修道院』の戒律は厳しく、入会希望者は何度もその意志を試される。
私もその一人だ。
であると同時に、エヴルーの領主でもある私は、街道に立ち、避難民に呼びかける院長様の姿に感銘を受け、“清貧”からさらに苦しくなった修道院に、土地や資金の寄附をしていた。
それがさらに、私の入会の基準を厳しくしたが、悔いはなかった。
罪もないぼろぼろに傷ついた子ども達に、“清らかな生活”を送ってもらうためなら、こうして奉仕活動を続けていれば、いつか分かってくださるだろう、と尊敬している院長様を信じていた。
「実はアンジェラ様に、見ていただきたいものがあるのです。
ご不快かもしれませんが……」
そう仰った院長様がテーブルの上に置かれたのは、ぼろぼろに近い紙だった。
手に取って見ると、書き損じの紙の残された紙面に、鉛筆で描かれていた私のデッサンだった。
部分的なものがいくつかに分かれているが、私が子ども達からタッジー・マッジーを受け取る姿のようだった。
思わず、顔が引きつり、わずかに身体が震える。
天使の聖女修道院では、大人も子どもにも、“心酔者”は現れなかった。
隠れていたのか—
腹部の傷痕がもう感じないはずの痛みを訴えてくる。
私の様子を見た院長様は、新しいハーブティーを入れてくださり、養蜂で得ている貴重な蜂蜜を、垂らして勧めてくださる。
その温もりと、香気と、淡い甘味が、私に落ち着きをもたらしてくれた。
院長様は、入会の意志を試すための面会で、私の事情はよくご存知だ。
その院長様が私にこれを見せたのは、何か事情があるのだろう。
それに描かれた絵をよく見ると、帝都の美術館でよく見た、芸術として、モチーフを観察する熱意が感じられた。
私に“心酔”してしまい、画業をほったらかしで、話しかけたり、近づこうとした画家達とは違うのではないか、とも思えた。
そう思えるくらいの技術の高さを、デッサンは示していた。
「取り乱して申し訳ありません。よろしければ、このデッサンの事情を教えてくださいますか」
「不躾なものをご覧に入れたのに、お話を聞いてくださり、ありがとうございます。
実は……」
院長様は、「本人に許しを得ている」と前置きした上で、あるシスターについて語られた。
彼女は事故で家族全員を失い、創作どころか、生きる力も失いかけた画家であった。
ただ天に召された家族と神の安寧のために祈りの生活を送りたいと、生業にも誇りにもしていた絵筆を折った。
作品も画業の道具を全て売り、それを寄付して入会したという。
「このデッサンは、懺悔と共に渡されたものです。
修道の誓いを破ってしまったのではないか、と非常に恐れていました。
それと同時に、神に与えられた美しさを描きとめておきたいという気持ちは、“宗教画”に通じるものではないのか、とも申しておりました。
私は芸術には疎いのですが、この絵からは“世俗的な欲”は感じられません。
そうですね。自然の美しさを与えてくださる神の恩寵を描きとめている、という風に感じました」
「自然の美しさ……」
「アンジェラ様の造形は美しゅうございます。
これは単なる事実です。
そこに神が人に与えたもうた、心の優しさや清らかさが加わり、より美しく感じます。
聖堂の、あの薔薇窓のようなものです。
あれは作り手と祈り手の敬虔な想いや、神の恩寵を祈る心があってこそ美しく感じるのです。
内面の美しさのない絵は、技術や力量は感じる一方、空虚にも思えたものです」
院長様は貴族階級の出身だ。
ご自分については何も話されないが、所作を見ていれば分かる。
その教養から出たお言葉に、私は感銘を受けていた。
説明された後、デッサンを改めて落ち着いて見れば、院長様のお言葉に近いものを感じられた。
「院長様。この絵を描かれたシスター様はどうなるのでしょうか」
私は修道の誓いを破ったと判断され、ここから放逐される女性の姿が浮かんでいた。
「それでご相談なのです。
彼女が言う、“宗教画”か否か、一度試させていただけませんか」
「試す……」
「えぇ。“宗教画”でない場合は、シスターは希望すれば見習いへ格下げし、再びその心を試します。
これは本人も希望していることです」
私はこの申し出に戸惑いを覚えた。到底、すぐには決められない。
「……少し考えさせていただけますか?」
「もちろんです。
その間はこういったデッサンも禁止いたします。
知らない間に描かれていたなど、決して心地よいものではありません。
誠に申し訳ありませんでした」
そう言うと、院長様はデッサンの部分を中心に、細かく破いてしまわれた。
私は思わず手が出そうになった。
『もったいない』と思ってしまったのだ。
それは効能のあるハーブティーが、『まずいから』という理由で、飲まれずに悪くなり、肥料にされると知った後の気持ちによく似ていた。
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私はしばらく考えていた。
懐かしい友人達と、顔を隠して観た美術品の数々だ。
宗教画も思い出すと、心から素晴らしいと感じたものと、院長様のいう、欲や虚飾を感じるものもあった。
画家の心に、神の恩寵を求める心よりも、『人に評価されたい』『出世したい』といった欲があったためだろう。
—彼女が描く絵はどちらなのか。
一ヶ月後、私は院長様に許可の答えを伝えた。
モデルといった形は取らないので、修道院や奉仕活動で畑にいる間は、今まで通り過ごしてほしい、とのお話だった。
これも恐らくは、私に配慮されたものなのだろう。
さらに一ヶ月が経ったある日—
院長室に呼ばれた私が見た絵は、満月の夜に、聖堂の薔薇窓の下で祈る私が描かれていた。
なぜか、背筋がぞくぞくすると同時に、胸に温かさが込み上げてきた。
気づけば、頬を涙が伝っていた。
“欲”は一切感じず、神の恩寵を祈る心が、薔薇窓と、おこがましいが私の祈る姿を通して、強く伝わってきた。
「……院長様。私は、この作品は、“宗教画”だと思います。
神の恩寵への願いが伝わってまいります」
院長様は常と変わらぬ態度で答えられる。
「さようでございますか。
ではこのシスターの奉仕活動に、“宗教画”を描くことを認めましょう。
私も同じ思いだったのです」
「あの……。このシスター様に会うことは叶いますでしょうか」
我ながら現金だと思うが、これほどの作品を描く人に会ってみたかった。
「アンジェラ様、申し訳ありません。
彼女がそれを望んでいないのです。
神が自然の美しさに宿り、我々にさまざまなものを教えていただくように、アンジェラ様も自然体で描きたいと申しております」
答えは意外で、また残念なものだったが、“宗教画”を描く事についての、強い誇りとこだわりが感じられた。
決して嫌なものではなく、かえって清々しかった。
「……さようでございますか。承知しました。
いつでも好きな姿をお描きください。とお伝え願いますか。
信じるに足るお方かと存じます」
「わかりました。伝えましょう」
「それと、この画材の寄附をしたいのですが……」
「アンジェラ様。これはあくまでも“宗教画”でございます。
私どももアンジェラ様が寄附してくださった畑や酪農のおかげで、多少ゆとりが生まれました。
“宗教画”を描き、神に捧げたく存じます」
院長様の口調は、凛とした誇りに満ちたものだった。
私は恥じ入るしかない。
こうして、私をモデルにした“宗教画”は、一枚、また一枚と出来上がってきた。
二枚目は、葡萄の木の下で、実った房を手に取る姿だった。
葡萄は神の恩寵の象徴とされている。
その一粒一粒の艶やかさ、色合い、実り具合が分かる張りなど実に見事に表現されていた。
そして、木漏れ日が差す下の自分は、その実りを受け取っており、こんな私でも、神に愛されているのだ、と実感させてくれた。
三枚目は、あの最初に出会ったデッサンにも描かれていた、タッジー・マッジーを子ども達から受け取っている私だった。
まるで天使のように邪気のない、愛らしく描かれた子ども達が与えてくれる、小さな花束のハーブや花々は、実に生き生きとしていた。
その色合いも鮮やかで、匂い立つ香りが伝わってくるようだ。
そして、その花束を受け取る私は、幸せそうに微笑んでいた。
私が覚えている、鏡の中の自分は、子供のころを除けば、ほぼ悩み苦しみ、悲しみ、嘆く表情だった。
その私が、こんなにも、幸せそうに、微笑んでいるなんて—
私は美しい自然の恵みの恩寵と、それを通した神の愛に包まれている自分を感じていた。
そして、父母や家族の思いやりに満ちた愛情、友人達の楽しい思い出や、私を護ろうとしてくれた思いから感じた愛情を、思い出していた。
私は、愛されていたのだ。
重く苦しいものに心が押しつぶされかけようとも、私は確かに愛されていた。
子どものように幼なげに泣く私を、院長様はふわりと抱きしめ、慈愛に満ちた手で、背中を優しく撫でてくださった。
それは全ての愛情を凝縮したようにも感じられ、私を穏やかに温かく導いてくださった。
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天使の聖女修道院とエヴルーの邸宅の皆の優しさに、心身の傷を癒していた私だったが、一歩外に出ると、“心酔者”によるトラブルはここでも起こってしまった。
なんと屋敷の中にまで入り込んだのだ。
修道院にも迷惑をかけるかもしれない—
入会の決意を試されつつ、世俗から領主としてできるだけのことをして、悔いなく修道の道を歩もうとしていた私の計画は破れ去ってしまった。
ある想いを定めつつ、身辺の整理を少しずつ始めたある日—
私は修道院に院長様を訪ね、一つお願いをした。
自分にまつわるトラブルを振り捨てるため、他国に行こうと考えており、そしてその前に、愛してくれた家族に、残したいものがあった。
「シスターに私の肖像画を描いていただきたいのです。
私は“心酔”のため、ここの“宗教画”以外、一枚も描かれておりません。
神の恩寵を胸に、私を慈愛深く愛してくれた家族や友人に、その想いを確かに受け止めていたことを伝えたいのです」
院長様はしばらく考えた後に、頷いてくださった。
私が四枚目にして初めて会った、絵を描くシスターは、どこにでもいるような、ごく普通の方だった。
確かに見覚えはあった。
奉仕活動を共にし、挨拶や少しの言葉を交わしたこともある、知り合い程度の関係だった。
その方が下絵のために鉛筆を取ると、雰囲気ががらりと変わった。
何よりもその真摯な眼差しは、私の奥底まで見通しているようで、恐いほどだ。
モデルになった時間はさほど長くなかったが、生気の一部が絵に移されていくような感覚だった。
あれは何回目だっただろうか。
挨拶とポーズについての希望以外、初めてシスターから話しかけられた。
私の実家を象徴するような宝飾品があれば、描き入れてみてはどうだろう、という提案だった。
院長様から事情を聞かれていたのかは不明だったが、その心遣いはありがたく、タンド公爵家に伝わる、ネックレスやイヤリングのデザインを伝える。
お母さまがお父さまとお出かけの際には、よく身につけていた、仲の良い両親を思い出す幸せの品だった。
本来なら公爵夫人に伝えていく品だが、娘に貸して身につけさせることはよくあり、先祖の令嬢達も肖像画で身につけていた。
ここで初めて、シスターと親しく言葉を交わした。
年齢は多少離れてはいたが、宝飾品についても、彼女は手を抜かず、私に何度も質問し、正確に再現してくれた。
そうして出来上がった私の肖像画は、上品な微笑みを浮かべ、大いなる神と慈愛深い皆の愛情を背に受け、凛と前を向いていた。
いつか観てくれる家族が、少しでも安心してくれたらいい、と思い、出発前の最後の訪問で院長様へ託す。
私の存在が忘れ去られ、“心酔者”の被害がもう出ないだろう、と見極めがついた時に、連絡して欲しい。
私が受けていた神の愛を伝えるために、家族に渡して欲しい。
そのために、保管料として、制作費も含めた金額を寄附として渡した。
院長様は何も言わず、微笑んで受け取ってくれた。
院長室を出て、聖堂で最後の祈りを捧げ、正門から畑へ出る。
すると、子ども達がいつもと変わらぬ笑顔で駆け寄ってくれる。
「アンジェラ様、こんにちは」
「あのね、ハーブにこんなにおっきな青虫がいて、きちんとよそに行ってもらったんだよ」
「ほら、さっき決めただろう。せえの」
『タッジー・マッジー!』
子供たちが一斉に明るい声をあげる。
「はい、どうぞ。アンジェラ様」
「いつもおいしいハーブティーをありがとう」
「大好き、アンジェラ様」
そこには、私が愛してやまない、ハーブと花の香り高い花束が、小さな無垢な手に握られていた。
その可愛らしい手に、私の手を重ねるように、花束を受け取る。
「ありがとう。本当に素敵な香り。とっても嬉しいわ」
「だったらよかった」
「アンジェラ様の笑顔、とっても可愛いもん。
薔薇みたいで、ラベンダーみたいなの」
「そろそろ、作業に戻ろうぜ」
「そうだね。アンジェラ様にまたハーブティーを作ってもらうんだ」
子ども達は手を振り、畑に戻っていく。
私も手を振り返し、晴れやかな青空の下、優しい匂いを思いっきり吸い込む。
「皆さま、本当にありがとうございました」
修道院に向かい、優雅にお辞儀をした私は、凛然と前を見つめ歩み始めた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作の番外編です。
『100回記念SS』の1作品としてとして、書かせていただきました。
お楽しみいただけたなら、幸いです。
ご応募いただいた方も、読んでくださった方も、本当にありがとうございました。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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