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血の気のない顔で、病院のベッドの上で眠るフィジャを、わたしはベッド脇の椅子に座って呆然と眺めていた。
何もかも、現実感がない。いっそ、これは夢で、わたしはあのままソファで寝落ちしている、という方が、よっぽど信じられた。
呼吸に合わせて上下する胸が、わたしに頼りない安心をくれた。
倒れているのに気が付いた直後、生きた心地がしなくて、慌てて外に飛び出して。現場にかけつけたらかけつけたで、血だまりを作って倒れているフィジャを見て。
最悪の自体だけは免れた、ようだが――。
ふと、ばたばたと廊下が騒がしくなる。うるさいな、とゆっくり振返れば、少しして、扉が開かれた。やってきたのは、イエリオさんとイナリさんだった。二人とも、汗だくで、肩で息をしている。
連絡してすぐ、準備をしてやってきたらしい。ヴィルフさんは仕事で城壁の外へ出ているらしく、連絡を取るのが難しく、また、連絡を取れたとしてもすぐに戻ってくるのは不可能――と、冒険者ギルドの職員に言われてしまったので、ここにはいない。
「具合、フィジャの、具合は……」
ふらふらとした足取りで、イナリさんがフィジャの眠るベッドに近寄る。イエリオさんも、似たようなものだ。
「一命は、取り留めたそうです。ただ……後遺症は、残る可能性が高い、とお医者さんが」
フィジャは、腕を深く切りつけられて、あの場に倒れていたらしかった。それは、切れては行けない部分にまで到達するほど、深い傷だったようで。
腕を切断、という話にはならなかったが、ほぼ確実に後遺症が残るでしょう、と言われていた。
フィジャの、大事な腕が、もう動かないかもしれない。
朝はあんなにも元気だったのに。
発見がそれほど遅れなかったのが、不幸中の幸いか――いや、そうとも言い切れない。発見が遅れていれば死んでいたかもしれない、運がよかった、と言われて、はいそうですね、とは、簡単に言えなかった。
確かに、死なないで生きてくれたのは、これ以上ないくらい、幸運なこと。でも、フィジャの職業や夢のことを考えると、よかった、と言ってしまうのは、彼にとって酷なように、思えるのだ。
「どうして、こんな……」
イエリオさんが、呆然としながら、言った。
その言葉に、わたしは、悔しさに下唇を噛んだ。――間接的な原因は、わたしにあるのだから。
「……犯人は、先月、図書館でフィジャを突き落とした人たちと、同じそうです」
結局は、わたしのことで揉めて、刃傷沙汰になったのである。
わたしがいなければ、こんなことにはならなかったのだ。
わたしがいなくても、フィジャはきっと、彼のお店のあの犬獣人のお姉さんと結ばれて、彼はしっかり夢を叶えただろう。
――わたしさえ、いなければ。
そんな思いが消えなくて、頭の中をずっとぐるぐるしていて。帰宅をうながす看護師がやってくるまで、わたしは、もう何も言葉を発することが出来なかった。




