懺悔
「ねえ、ウィルフさん、お兄ちゃんは元気?」
ベッドの上で、犬種獣人にしては珍しい、深い青い髪が特徴の少女が、笑いながら俺に話しかけてくる。表情は明るいのに、濁っり、焦点の合わない眼が、どことなく少女に影があるように見せている。
でも、その濁った眼が、しっかりと俺を捕らえることができたのなら、こうして穏やかに会話も出来ないだろう。
何も見えない全盲だから。だからこそ、少女――アンジュは、俺なんかを相手にしても笑っていられるのだ。
「ああ、元気だ。……でも今日も、忙しくて、俺だけで悪いな」
俺は努めて明るく話す。フィジャやイエリオ、イナリと、決まったギルド職員。俺が話しかける獣人は大体固定されている。アンジュとは三年前から話す仲ではあるが、話しかける頻度が多くないからか、今でも少し、会話をするのに緊張する。
――まあ、最近は会話をする固定メンバーに一人、加わったが。
それでも、俺はあの女を認めない。絶対に。
フィジャも、イエリオも、皆馬鹿らしい。嫁なんて、冗談じゃない。
フィジャたちの手前、言うことは出来ないが、とっとと俺たちの前から消えるか、それこそ、いっそ死んでしまえばいいのにと、たまに思う。最近のフィジャとイエリオを見て、流石に死ねばいい、とまで思うことはなくなったが。
あいつがきてから、フィジャもイエリオも、大怪我を負って、死にかけた。あいつのせいで助かった、という見方も出来なくはないが――そもそもあいつがいなければ生死を彷徨うこともなかったのだ。
フィジャもイエリオも、あいつを庇って死にかけたのだから。
それでも、友人たちに懇願されれば一応は夫婦の形を取らないと。死ぬかもしれないと、泣きそうな顔を見せられれば、どれだけ不本意でも頷くしかない。
あいつらは、俺の大事な友人なのだから。
――『魔法』なんてあるものか。キリグラなんて。『なんでも叶う、奇跡の魔法』なんて。
信じたくない。
「それにしても、ウィルフさん、なにかあったの? 前回来てくれたのも、ついこの間じゃない」
「それは――まあ、ちょっとやっかいな魔物がうちの街に出てな。この街のギルドと相談に来たついでだ」
俺は特級冒険者という立場上、拠点の家がある街を出て、あちこちに脚を運ぶことが多い。
それでも、なるべくこの隣街であるシャルベンの街に来ることは少ない。
――罪の意識が、俺の脚を遠のかせるのだ。
「えっ、お兄ちゃんは大丈夫!?」
「大丈夫だって、あいつだって冒険者だぜ? そう簡単にやられはしねえよ」
それでも、こうしてシャルベンに来ることになると、必ずアンジュに会いに来て――嘘をつく。お前の兄は元気で、活躍している、と。
それはアンジュの兄である、ジェルバイドとの約束だった。病弱で、盲目で、世間知らずで、何よりも愛おしい妹を最期まで『兄が元気にやっている』と騙しとおせ、と。
その約束は、俺の中で最重要事項だ。あの女、マレーゼを待たせるくらい、何でもない。というか、あの女、俺を軽々持ち上げられるくらいの力があるのなら、ほっといたって死にはしないだろう。
「……じゃあ、俺はまた依頼があるから。シャルベンを出る前に、また来る」
嘘がバレるのが怖くて、俺は今日も早めに会話を切り上げる。アンジュは残念そうにしていたが。
嘘をつき続けるという約束を守るのが、俺に出来る唯一の贖罪と恩返しだと思っているし、嘘をつくのは得意な方だ。
でも、アンジュのあの感情の分からない濁った目を見ると、本当は全てお見通しなんじゃないかと、思えてしまうのだ。
「楽しみにしてるね、ウィルフさん」
そう言って笑うアンジュの病室を後にする。
大丈夫、今回もバレていない。




