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038 死を招くもの

 ネイキッドOMS込みの俺の身長は2メートル近くある。体型もずんぐりしているから横幅もある。


 崩れかけの廃墟を探検するには不向きな体格だ。


 腐るべきものは腐り、朽ち果て、垂れ下がり、ひび割れたその建物は、元はしっかりした2階建てだったようだが、いまはもう見る影もない。


 反対に、生命力の強いツタが這い回り、壁から床を侵食していた。


 俺はスーツを瓦礫に引っ掛けないように注意しながら少しずつ進んでいった。


 一体何が起こったらここまで破壊されるのだろうか。俺の地球での記憶で当てはめるなら、地球の裏側で爆撃を受けて完膚無きまで痛めつけられた街並みのようだ。


『魔法だよ』俺の疑問にグレナズムからの通信が答えた。『当時のデルフィニウム防衛戦にはアイレム機関の魔法使い部隊が投入された。精鋭魔法使いの破壊魔法による徹底抗戦で、雲霞うんかのように迫るネクロボーン共を食い止めたのだ。代償として、聖域の施設の大半と多くの住民の命が失われた。ひどいものだった』


「……グレナズムも参加したの」


『ああ。当時はアイレム機関総本部も完成前で、いまと比べれば武器も人員も十分には揃えることができなかった。魔法使い部隊がいなければ、建設途中の本部にまで攻め込まれていただろうな』


 俺はその状況を想像してみて、ゾッとした。〈業魔〉に対抗する組織がそこで滅んでいれば、この世界はとっくに終わっていたんじゃないか?


 身をかがめて瓦礫のアーチをくぐり抜けて、再び大通りへ。


 気の抜けない探索行が続く。




     *




「ここは……」


 ネイキッドOMSのバイザー越しに、俺は白と青の建材がミックスされた、ツタの絡まった瓦礫の山を見上げた。


『デルフィニウム聖域の中心部に建っていた聖堂……その成れの果てだ』


 グレナズムから念波通信のフォローが入った。


 後ろから気配がして振り返ると、軍用の装甲OMSに身を包んだ戦闘員たちが合流してきたところだった。彼らはそれぞれ携帯用結界発生装置を身に着けた上で、小隊につきひとりは背負式の結界増幅器を持ってきている。


 厳重な装備なのは理由がある。


 霊学異性体──つまり〈業魔〉の波動を無視できる存在の俺とは違って、この世界の普通の人間が結界のない土地を出歩くことはそれだけで自殺行為になりうる。飛び交う波動に汚染されれば、精神を支配され肉体がネクロボーンに変質してしまうからだ。


 かつてはそれなりの人口を抱えていたはずのデルフィニウム聖域も、いまはただ静まり返り、物言わぬ人骨と瓦礫が山を成しているのみだが、静かだとしても平穏ではない。〈業魔〉の波動という見えない悪意に満ちているかぎり、人類が生存可能な領域ではないのだ。


『聖堂の地下には都市型結界発生装置のコアが存在していた。破壊されれば聖域全体を護る結界が連鎖的に落ちる……ゆえに人類と〈業魔〉双方が入り乱れての激戦となった。周囲を見てみたまえ』


 グレナズムに言われて視線を巡らせると、粉砕された白骨が砂利のように散らばっているのが見えた。


 戦場の跡。戦争の痕。どのくらい死んだのか、見当もつかなかった。


 ひどい光景を見ているうちに、俺は次第にあることに気づいた。


「人間の骨しかない」


 ネクロボーンの死体が見当たらない。


 そう、ネクロボーンに変異して死んだ人間の骨がないのだ。奴らは殺せば元の人間の肉体に戻るような都合のいい存在ではない。


『……ネクロボーンは聖域に攻め込むと、結界発生装置を破壊しようとする。結界は波動を遮ることはできても肉の体を持つネクロボーンには効き目が弱いからな。物量で責められると聖域といえども守り抜くことが難しくなる』


「うん」


『その後ネクロボーンは、樹になる』


「樹?」


『変異の第2段階だ。異形の個体が融合し、樹状の群体となって根を張り巡らせる。そして〈業魔〉の波動を延々と放ち続けるのだ』


 心臓が跳ね上がった。樹。どこかに生えていたか、そんなものが?


 ある。


 目の前の崩れた聖堂の瓦礫に、うねうねと絡まるツタ。これがただの植物ではなく変異したネクロボーンの一部であったとしたら?


『ご明察だ』


 グレナズムから念波通信、その背後に警告音が混じっていた。


 カラカラ、と音を立てて聖堂の瓦礫が上の方からわずかに崩れた。


 震えている。


 瓦礫の塔に絡まったツタが小刻みに蠢き、ミミズのように膨張と収縮を繰り返し始める。


 背後でうめき声が聞こえた。装甲OMS小隊の隊員たちが苦しんでいる。


「どうしたの!? 何があった!」


「波動の出力が急に増して……き、危険域です……!」


 隊員のひとりが答えた。目に見えない悪意。〈業魔〉の波動。その出所は──。


「聖堂そのものか!」


 俺は装甲OMSたちを下がらせ、ひとりで青と白、そしてツタの絡まった瓦礫の塔に相対した。


 そして。


 聖堂が立ち上がった。




     *




 あの北端聖域の凍える暗闇で見を覚まして以来、俺はこの世界で変わったもの、ひどいもの、目を背けたいものを色々見てきたつもりだった。


 だがそこに屹立している怪物は、それまでのネクロボーンと比べても特別に巨大で、おぞましかった。


 ツタの絡まった瓦礫の山は瓦礫の巨人になった。


 人間のシルエットとはかけ離れていたが、無理に人間のフリをしているように見えた。


 身長は、5階建てのビルくらいにもなるだろうか。


 昔まだ地球にいたころに、アニメの巨大ロボットを実寸大で作った像というのを見たことがあるが、それと同じくらいの迫力があった。あれは確か18メートルくらいだったか……。


 おまけに不気味に脈打つツタは赤黒く変色し、ところどころ眼球のような器官が”生えて”きている。


 どういう仕組なのかわからないが、瓦礫をひとまとめにして巨人として動く機能があるらしい。人間を化物に変異させるネクロボーンは、集まってさらに邪悪な変化を起こすというのか。


 だが。


「おっらあッ!!」


 俺はネイキッドOMSの流体腱筋を急速に過剰活性させ。ロケットのように飛び出して体当たりを食らわせた。


 黙って動き出すのを待ってやる義理はない。







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