015 冴えた殺り方
銀髪の女、スローネ。職業は傭兵だそうだ。
女だてらに、という言葉を使うのは多分不適切だと思う──鍵のかかったドアを片手で引き剥がしたとんでもない腕力を見る限りは。
聖域の内でも外でも人が暮らしているところでは常に〈業魔〉との争いがあり、戦える力のある者はいつでも必要とされるのがこの世界の風景らしい。ときには化物以外にだって力による解決が求められることもある。
「ン……でもあたしは基本化物退治専門だよ」スローネは気だるげに伸びをしつつ言った。「ジャルスんところには前にちょっと世話になってさ。そんでデナンの話を持ちかけられたってワケ。デナンの態度は前々から気に食わなかったけど、正体がネクロボーンだってんならもうそれは話が別だよ」
「ジャルスにちょっと話はきいたけど、そんなにひどいの、そのデナンってやつは」
スローネはぽってりした唇を突き出して、いかにも気に食わないという表情になった。
「サンダーヘッドで起こる悪いコトは全部第3通りの浮浪児たちが引き起こしてるって吹いて回ってたんだ。あの子たちだってなりたくて親からはぐれたわけじゃないのに。でも、少なからずそういう意見に同調する連中もいてさ、だからチンピラまがいの自警団がデカい顔していい気コイてるんだ」
「そういう連中のせいで、第3通りの結界発生装置のメンテナンスがどんどん後回しにされてるって聞いたけど……」
「そう! デナンの狙いはそれだ」
「どういうこと?」
「第3通りの結界がダメになれば、そこにいる子供たちは〈業魔〉の波動にやられちゃうだろ? そうなれば合法的に、リスク回避の名目で子供たちを始末できる。でも、それは人間目線の考えだ」
「人間目線? それって……」
「第3通りの子供たちは信用されていない。あの子たち自身、元からネクロボーン化を疑われてきたからね。デナンは煽り放題でおとがめもなく、ネクロボーンの仲間を聖域の中でまんまと増やせる。その状況を利用しない手はない。内側から汚染が始まれば、あとに待っているのは疑心暗鬼の地獄絵図ってワケ」
俺は背筋に冷たいものを感じた。ネクロボーンは単純に人間が化物になって暴れまわるだけの現象ではないということか。人間になりすまし、うわさで人心を煽り、より大きな成果を得ようとする──そんなことまでやってのけるのか。
「だったら今のうちに止めないと。どうすればいい?」
「あたしもデナンを殺る機会をずっと探ってきた。でもデナンは慎重なヤツで、スキを見せない。下手に突っ込んで暗殺しようとしても、こっちが襲撃犯にされちゃう。だから」
「アイレム機関か」
スローネはにひっと笑って、そういうこととうなずいた。
「第3通りの子供たちは何を言ってもまともに話を聞いてもらえないし、あたしだってしょせんフリーの傭兵。だれかちゃんとした人間の後ろ盾がなければデナンの身柄を押さえられない。でもアイレム機関なら」
アイレム機関は〈業魔〉退治専門の組織だ。そこからのお墨付きがあれば、デナンを正式に調べることができるだろう。それは俺にも理解できる。
「わかった……けど、俺はなんというか、機関に所属するようになってまだ日が浅いんだ。俺ひとりじゃ何の権限もない。一度戻って相談したいんだけど」
「それならあたしもついていく。そのほうが手っ取り早いっしょ?」
言うやいなや、スローネは席を立ってジャケットを着込み、自分の身長くらいの金属棒を担いだ。
俺もあとに続き、店を出た。
*
「グレナズムがいない?」
飛空船ゾンネンブルーメまで帰ってきた俺は、いきなり困難に直面した。
デナンの件を相談するつもりだった船長のグレナズムが不在だというのだ。
「どこに行ったかわかります? いつごろ帰ってくるとか」
「地元の協力者と会合です。あと2、3時間はかかると思いますが……」と実行部隊の小隊長。「ところで、そちらの女性は?」
「ええと、ちょっといろいろあって」
「関係者以外をこの船に連れてこられるのは保安上大変危険です。乗船は許可できませんよ」
「そ、そうなんだけどさ……実は」
俺は小隊長にできるだけ簡潔に状況を説明した。
「……それが本当なら由々しき事態ですが」
「うん、だからなんとかアイレム機関の力を」
「船長と勇者どのが戻り次第、我々はサンダーヘッドを発たなければなりません。ここは、地元の方々に尽力してもらうのが筋かと」
「ちょっとまってよ」スローネが手刀で割って入るジェスチャーをしながら割って入った。「地元の人間が動かないからアイレム機関に頼ってるんだってば。デナンは自警団をまるまる抱き込んで好き放題やってるんだよ? せめてもうちょっと」
「そ、そう! もうちょっとなんとかならない? そこんところ」
「……勇者どの」小隊長は声のトーンを落とし、「なぜここから急いで発たなければいけないか、わかりますか。理由は貴方ご自身です。貴方の目覚めは四海を揺るがすニュースになる。慎重に情報を制御しないといけません。〈業魔〉にも、同じ人類に対してもです。事実が露見する前に機関の総本部に戻らなくてはならない」
「そんなこと言っても、見捨ててはおけないよ……それとも、さっきの話聞いて本当に放っておける?」
俺の言葉に小隊長は数秒沈黙し、それが最優先の指示ですとだけ答えた。
「……わかった」
「ご理解感謝します。それでは」
「俺は自分の勝手で動くよ」
「え?」
「悪いけど、アイレム機関は尻拭いを頼むよ」
「尻拭いを、って……?」
「グレナズムには隊長の方から説明しておいてね。あと……」
俺はきょろきょろと発着場を見渡して、隅っこの方のハンガーに立てかけてあるヨレヨレのOMSに目をつけた。荷物の積み下ろし用に使い古された代物だ。
「あれ、借りるよ」
「借りるって、まさか!?」
「うん、これからデナンのところに殴り込みに行ってこようと思う。行こう、スローネ」
スローネは俺の強引な話の進めように少々面食らった様子で、目をパチクリさせた。
「う、うん……いいけどさ、あんたいったいどーいう人なの?」
「俺はハル。3年前まで勇者やってたらしい、覚えてないけど」
「ハル……勇者……勇者ハル……!?」スローネはふんーっと鼻息を吹いて、白い歯を見せた。「おっもしろい、ここはあんたに賭けてみるか」
俺は一度ゾンネンブルーメのずんぐりした船体を振り返って、中にいるはずのジナイーダのことを思い浮かべた。彼女なしにひとりで突っ込んで大丈夫か? 自問が脳裏をよぎる。
大丈夫だということを証明する、いままさにそういうチャンスだ。
俺は作業用OMSに手をかざし、心臓の鼓動と流体腱筋の脈動をシンクロさせた。
*
しっくりくる。
OMSを身につけるのは数日ぶりだが、全身を包む流体腱筋と俺の身体感覚との相互理解がスムースで、なじみ方が小気味よい。
スーツの内側には幾度の労働を経た汗の匂いが染み付いていて少し不快だったが、すぐにそういうことが気にならなくなるくらい身体が軽い。
飛空船の発着場で作業用として使われていた装着型重機も、”勇者”の俺が身につけると俊敏なパワーアップスーツになる。
相変わらず理屈はよくわからないが──OMSに使われている流体腱筋は霊学異性体、つまり俺のような地球人が使うことで、想定されている出力を超えた反応を引き出すことができるからだ。単純作業のバックアップという仕様上の限界を無視し、俺は一種の超人に変化する。
試しに軽くダッシュしてみる。発着場の路面を跳ねるように走り、脚力の強靭さは主観で普段の数倍に達する。垂直跳びをすればまるでトランポリンでも使っているかのように身長を超えるほどの高さに飛び上がり、宙返りすら楽にできてしまう。
運動神経そのものまで強化されるわけではないので着地は多少よたついてしまうものの、これだけ動ければちょっとやそっとの化物にはひるまずに済むだろう。
「すっご! なにそれ? どうやってんの!?」
スローネが目を輝かせて聞いてきた。驚きは当然だろう。例えるなら、原付きで曲芸走行をしているようなものだろうから。
「俺にもよくわからない。それより、デナンはどこにいるんだ?」
「普段なら商業区画の歓楽街で飲んでるか、パトロールと称してガード料を巻き上げてるかだろうけど、たぶん今日は違うと思う」
「だったらどこに?」
「さっき言ってたでしょ、地元の協力者と会合、って。ハル、あんたのところの船長さんと大手を振って会ってると思うよデナンは。なにせ肩書は自警団のリーダーだからね」
「わかった」
俺は強化グローブを付けた左の手のひらに拳を叩きつけた。粉雪のちらつく空に打撃音が抜けていく。
「案内して、スローネ。今日で決着をつけてしまおう」
「わかった!」
スローネは豊かな胸を弾ませながら駆け出した。
心で念じ、筋電位で命じ、俺はスーツとシンクロしてあとに続いた。




