エピソード:1
歴史の教科書を紐解けば、かつてこの惑星にはただ一つの光しかなかったことが記されている。
統一王朝アイン。 それは現在の帝国と連合、そして数多の中立国が分かたれる以前の、人類が到達した最初で最後の「調和」の時代である。境なき大地、争いなき空。人々は同じ旗の下で笑い、一つの言語で愛を語った。だが、永遠に見えた黄金の時代は、人の心に芽生えた、あまりにも純粋で鋭すぎる二つの「理想」によって崩壊の産声を上げた。
一方は、強固な秩序と絶対的な指導者による統治を求めた。 一方は、個人の自由と多数の合意による平等を求めた。
帝国主義と民主主義。 正解のない問いは、王朝の屋台骨に目に見えぬ亀裂を走らせ、それは数世代の時を経て、決して埋めることのできない深淵へと広がっていった。
王朝は二つに裂けた。 古き伝統を継承し、皇帝の威光を絶対とするレガリア帝国。 自由を掲げ、複数の国家が手を取り合ったフロンティア連合。
双方は自らの正当性を主張し、かつて同胞であった隣人へと牙を剥いた。当初は言葉による政治的な抗争に過ぎなかったが、それはやがて経済制裁という首絞めに変わり、小規模な国境紛争という名の流血へと変質していった。
だが、この二大勢力の均衡を決定的に揺るがしたのは、皮肉にもどちらにも属さない中立国たちが生み出した「叡智」であった。
戦火から距離を置き、純粋に人類の繁栄を願った科学者たちは、枯渇しつつあった化石燃料に代わる夢の動力源、半永久機関『リアクター機関』を完成させた。それは、空間から無尽蔵のエネルギーを汲み出し、文明を永劫に駆動させる「希望の火」であった。
帝国はこの圧倒的な技術力を自らの覇権のために欲した。中立勢力を懐柔し、あるいは恫喝してその果実を奪い取ろうと画策する。一方の連合は、帝国によるエネルギー独占を断じて許さず、全面的な反発を表明した。
平和の火は、火薬の臭いを纏う戦火へと変わった。 武力を用いた衝突。その惨劇の最中、帝国は中立国から強奪したリアクター技術を、最も効率的な「殺戮」のために転用した。
全高約十五メートル。人間の四肢を拡大し、鋼鉄の装甲で包み込んだ人型機動兵器。 ――『騎甲殻』の誕生である。
陸を蹂躙し、海を割り、空を切り裂くその鋼鉄の巨神は、従来の戦車や戦闘機を時代遅れの遺物へと追いやった。その圧倒的な破壊力を目の当たりにした連合軍は、多大な犠牲を払いながらも帝国の機体を鹵獲し、そのブラックボックスを解析。自らもまた騎甲殻という力を手に入れた。
こうして、世界は「鋼鉄の巨人による円舞曲」へと叩き落とされた。 小さな紛争は拡大の一途を辿り、やがて世界全体を巻き込む「世界大戦」が幾度も繰り返される狂気の日々が幕を開けたのである。
時は流れ、帝国歴4994年。 苛烈を極めた第六次世界大戦が、双方の疲弊によって辛うじて終息を見せたとき、世界は束の間の、しかし冷え切った平穏を迎えた。
だが、そのわずか五代後の平和を、再び「神の怒り」が焼き尽くした。
きっかけは、太平洋上に浮かぶ中立の島国アマガハラであった。 アマガハラは、既存のリアクター機関を遥かに凌駕する次世代の技術、そして「管理人格」を中枢とした高度な社会システムを独自に開発し始めていた。その技術的進歩は、軍事的な均衡を根底から覆しかねないほどに突出していた。
帝国内部で大きな勢力を持つ主戦派は、アマガハラを自陣営に取り込むべく強力な圧力をかけた。しかし、アマガハラはその申し出を毅然と拒絶。彼らの意志に同調するように、他の中立諸国もまた帝国への不信感を募らせていった。
連合もまた、この動きに乗じてアマガハラへの接近を試みる。 包囲されることを恐れた帝国の狂気は、臨界点を超えた。
帝国歴4999年。 帝国が選んだのは、交渉でも小規模な侵攻でもなかった。 起源暦の闇に葬られたはずの禁忌。人類の歴史上、一度として使われるべきではなかった最悪の兵器。
戦略核兵器の投下。
その光が、アマガハラという一つの希望を地図上から消滅させた。 世界は戦慄し、憎しみはもはや修復不可能な段階へと達した。 秩序なき怒りが、再び世界を塗り替えようとしていた。
アマガハラ消滅という未曾有の悲劇から、一年と半年。
放射能の霧が薄れ、地上の瓦礫が静かに冷えていく中、歴史の歯車は再び、新たな犠牲を求めて動き出す。 一人の少年の覚醒と、一機の白い死神の飛翔。 その「始まりの一歩」が、一万年の絶望にどのような引導を渡すのか。
物語は、灰の中から静かにその産声を上げる。




