表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界大戦記 Mechanical Waltz -The black boy dances the rondo-  作者: 蒼天
プロローグ 揺籃の崩壊と「道具」の産声
3/6

エピソード:3

 アマガハラを飲み込んだ業火は、遠く水平線の彼方へと遠ざかっていた。

 

 深夜の海域、月明かりさえも厚い雲に遮られた暗澹たる空を、純白の騎甲殻スノーホワイトは孤独な渡り鳥のように滑空していた。四散する熱波も、地獄のような悲鳴も、ここまでは届かない。ただ、タキオン・リアクターが発する微かな振動と、空気を切り裂く風切り音だけがコックピットを満たしていた。


 操縦席に座るアカツキは、その視線を一度として前方から逸らさなかった。 操縦桿を握る指先は、機体との完璧な同期によって血肉の一部と化している。彼は何を見るでもなく、アキハから送られてくる海域座標のデータを、淡々と網膜に映し出し続けていた。


 その隣、コンソールの脇に浮かぶアキハは、窓の外を流れる暗い夜空を見つめていた。 彼女は、自身の隣に座る少年の横顔に、あえて言葉を投げかけようとはしなかった。アカツキという存在の根底にある、空虚なまでの無機質さ。それを知るアキハにとって、今の彼に必要なのは饒舌な慰めではなく、新たな居場所へと繋がる「座標」であることを理解していたからだ。


「……まもなく指定座標。減速を開始する」


 アカツキの低い呟きと共に、スノーホワイトのウイングバインダーが微細に形状を変え、気流を制御した。 眼下には、静まり返った漆黒の海が広がっている。何も存在しないはずの海面。だが、彼らがその真上に到達した瞬間、海面が激しく盛り上がり、白い飛沫を噴き上げた。


 海を割り、深淵から這い出る巨獣のように現れたのは、一隻の巨大な黒い影だった。 超戦艦ドレッドノート。 アマガハラの最先端技術の結晶であり、世界の「理」を破壊するために建造された、鋼鉄の聖域。


「着艦して、アカツキ。あの艦の後部甲板へ」


 アキハの指示に従い、スノーホワイトは緩やかに高度を下げた。 巨大な艦影が近づくにつれ、その威容が露わになる。黒い装甲に覆われたその戦艦は、死神の鎌のような鋭利さと、全てを拒絶するような重厚さを併せ持っていた。


 後部甲板には、既に数人の人影が見えた。 スノーホワイトは精密な機動で甲板へと降り立ち、重量感のある音を立てて着陸した。機体は、まるで長い旅を終えた旅人のように、ゆっくりと膝立ちになり、各部の駆動系を静止させた。


 プシュッ、という排気音と共に胸部のハッチが開放される。 最初に外へ出たのは、アキハのホログラムだった。彼女は実体を持たぬ足取りで、タラップを降りるように空中を滑り、甲板に立つ四人の人物の前へと降り立った。


 甲板に出迎えていたのは、この艦の核心を担う者たちだった。


「あの機体ですか、アキハが連れ出したという」


 眼鏡の奥の瞳で、鋭くスノーホワイトを観察しているのは技術師のタツヤ・キサラギだ。三十代後半の落ち着いた佇まいを見せる彼は、既に脳内で機体の構造解析を始めているかのようだった。


「彼女が見込んだというから、かなりな逸材と見るべきだ」

 

 隣で温和な微笑を浮かべているのは、航海長のシデン・アキヅキ。三十代前半の彼は、崩壊する国から逃げ延びた直後とは思えないほど、穏やかな空気を通わせている。


 その横で、黒いパイロットスーツの腰に手を当て、不満げに鼻を鳴らしているのはサクヤ・カグツチだ。二十代前半の若さながら、勝気な瞳には一流のパイロットとしてのプライドが宿っている。彼女は、先ほどから一言も発さず、白き騎甲殻を睨みつけていた。


 そして、その中心に立つ、兄貴分のような快活さを漂わせる四十代の男性。ドレッドノート艦長、カズマ・クロウが、アキハを労うように片手を上げた。


「お疲れ様だったな、アキハ。目的は果たせたか?」


「うん、応えてくれたよ」


 アキハは穏やかに微笑むと、まだ操縦席の中に留まっている人物へと、優しく呼びかけた。


「出てきて大丈夫だよ」


 促され、影の中から一人の少年が姿を現した。 彼はタラップも使わず、身軽な動作で甲板へと飛び降りた。 そこには、戦場を駆ける戦士の装いも、この時代のパイロットが纏うべきパイロットスーツの機能美もなかった。ただの、汚れを帯びた白い実験服姿の少年。


「彼が……」


 タツヤが呟く。



「子ども?」


 サクヤが、驚きを隠せずに声を漏らした。


 その異質さに一瞬の沈黙が流れたが、カズマは構わずに一歩前へ出た。彼は威圧感を与えることなく、しかし確固たる意志を持った声で、少年に語りかけた。


「この艦の司令をしているカズマだ。君は?」


 アカツキは、カズマの瞳を真正面から見つめ返した。 その瞳には、恐怖もなければ期待もない。まるで、自分という存在が何であるかを、外部のデータから読み取ろうとしているかのような、空虚な輝き。


「……アカツキ。わかるのはこれだけだ」


 アカツキの声は、夜の海風に溶けてしまいそうなほど無機質だった。 カズマは、その短い答えの背後にある底知れぬ闇を察したのか、わずかに目を細めた。彼が「戦争の道具」としてのみ調整され、名以外を奪われてきたことを、その立ち姿だけで理解したのかもしれない。


 遠くからそのやり取りを眺めていたサクヤが、自身の腕を抱きながら、小さく呟いた。


「不思議な子ね……。かなり」


 その言葉は、甲板にいた全員の共通した予感でもあった。 感情を殺し、ただ「理」を破壊するために産み落とされた少年。 彼がこの漆黒の戦艦と共に、どのような円舞曲を奏でるのか。


 アマガハラは死んだ。 世界を統べるアダムの摂理から外れた「ゼロ」の旅が、今、暗い海の上で静かに幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ