表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界大戦記 Mechanical Waltz -The black boy dances the rondo-  作者: 蒼天
プロローグ 揺籃の崩壊と「道具」の産声
2/6

エピソード:2

崩壊を続ける地下施設の奥深く、アキハのホログラムが導く先を、アカツキは迷いのない足取りで進んでいた。 頭上の岩盤が軋む音が、地上の災厄がまだ終わっていないことを告げている。施設の照明は死に絶え、非常用の赤いルクスだけが、壁にこびりついた煤と、逃げ遅れた研究員たちの物言わぬ亡骸を不気味に照らし出していた。


 アカツキの視線は、それらの凄惨な光景を、ただの「障害物」としてのみ処理している。恐怖も、嫌悪も、同情もない。彼の意識を占めているのは、脳内に直接流れ込んでくるアキハの誘導信号と、自らの四肢が正常に機能しているかという自己診断のみであった。


 やがて、二人は施設の最深部に位置する巨大な円形ドックへと辿り着いた。


 そこには、静寂のなかに「神」が眠っていた。


 数条の巨大な拘束鎖に縛られ、十字架にかけられたかのような姿で安置されている一機の騎甲殻。その装甲は、煤けた地下施設にはあまりにも不釣り合いな、混じりけのない純白。既存の帝国や連合の武骨な機体とは一線を画す、流麗なラインで構成されたそのシルエットは、一見すれば高潔な騎士の甲冑にも見えた。


 背部には、折り畳まれた巨大な翼のようなウイングバインダーを備え、その鋭利な先端が、獲物を待つ猛禽の爪のように静かに下方へと向けられている。胸部の中央、心臓にあたる部位のハッチは無機質に開かれたままであり、その暗い空洞は、主を待つ空虚な揺籃ようらんであった。


 その圧倒的な質量と威圧感の前に立ち、アキハは静かに口を開いた。


「スノーホワイト……アカツキ、あなたのためだけに開発された、あなたの『器』」


 アキハの声が、巨大なドック内に反響する。 「器」と呼ばれたその鋼鉄の巨躯を、アカツキは仰ぎ見た。 既存の騎甲殻技術の粋を集め、なおかつ「プロジェクト・ゼロ」が独自に開発した試作型超出力永久動力炉「タキオン・リアクター」を秘めた怪物。アカツキが生まれるよりも以前から、彼を受け入れるために調整され続けてきた、もう一つの自分。


 アキハは、隣に立つ少年の横顔を見つめた。 その瞳に、初めて出会う「半身」への感慨があるのかを確かめるように。 アカツキはしばらくの間、無言で機体を見つめ返していたが、やがて、その機動兵器としての性能を瞬時に計算し終えたかのように、短く、肯定の意志を込めて頷いた。


「俺の、存在理由か」


 通常、騎甲殻を動かすためには、パイロットの神経系を保護し、機体との同期を安定させる専用のパイロットスーツが必要不可欠である。剥き出しの神経を機械に直結させるという行為は、生身の人間にとっては発狂と死を意味するからだ。


 しかし、アカツキは自身の異質さを誇示するかのように、薄汚れた白い実験着のまま、迷いなくスノーホワイトの操縦席へと足を踏み入れた。


 彼にとって、身体と機械の境界など、最初から存在しないに等しい。 実験着の袖から覗く少年の肌は、シートに座った瞬間に展開された神経端子群と、抵抗なく、滑らかに「接続」されていく。


 ハッチが重厚な音を立てて閉じる。 外部の喧騒が遮断された狭いコックピットの中で、アカツキは一つ、小さく息を吐いた。 肺に満ちるのは、新品の機械が発する油の匂いと、循環システムの冷たい酸素。


「システム・チェック開始。……全領域の神経同期を確認」


 アカツキの指が、キーボードを叩く。その動きはもはや人間のそれではなく、事前にプログラムされた最速の演算処理のようであった。コンソールには膨大な文字列が奔流となって流れ、中央のメインモニターに「ACTIVATE」の文字が踊る。


 操縦席の傍らには、アキハのホログラムが浮遊していた。彼女は、自らの神経系を機体に委ねた少年の様子を、慈しむような眼差しで見守っている。


 スノーホワイトの瞳――緑色のツインアイが、暗闇の中で鋭く発光した。


 直後、タキオン・リアクターが鼓動を始めた。

地下深くで発生した振動が、ドック全体を震わせる。


「……拘束解除」


 アカツキが静かに呟くと同時に、スノーホワイトはその強靭な四肢に力を込めた。 ギチ、ギチ、と金属が悲鳴を上げる。帝国軍の重装甲騎甲殻すら繋ぎ止めるはずの電磁拘束鎖が、少年の思考一つで動く純白の腕によって、まるで劣化した糸のように強引に引き千切られていく。


 床に落ちる巨大な鎖の音が、数千年の呪縛を断ち切る鐘の音のように響き渡った。


 それを確認したアキハは、満足げに頷くと、正面にそびえ立つ外部接続用の巨大な隔壁扉へと右手を翳した。 彼女の意志が、施設の深層回路に直接介入する。 警告灯が赤から緑へと変わり、数万トンはあろうかという重厚な隔壁が、油圧の蒸気を噴き上げながら左右へと開放されていった。


 その先にあるのは、垂直に伸びる緊急発進用シャフト。 暗く深い穴の先には、赤黒く染まったアマガハラの空が、わずかな隙間となって見えていた。


「これが始まりの一歩だよ、アカツキ」


 アキハの言葉に、アカツキは言葉で返さなかった。 代わりに、彼は操縦レバーを一気に前へと倒した。


 スノーホワイトの背部、ウイングバインダーが翼のように大きく展開される。


「スラスター出力、最大。……離脱する」


 瞬時、機体後方から高密度のプラズマ・スラスターが放射された。 鼓膜を震わせる咆哮がドックを支配し、純白の騎甲殻は一筋の閃光と化した。


 重力に抗い、暗い地下を置き去りにして、スノーホワイトは垂直のシャフトを駆け上がる。 隔壁扉を通過し、鋼鉄の揺籃を飛び出したその瞬間、アカツキの視界は、赤と黒の絶望に塗りつぶされた。


 かつてアマガハラであった場所。 焦土と化した大地から立ち上る黒煙。


 その地獄の中心へ、白い死神が舞い降りた。


 アカツキは、眼下に広がる無慈悲な光景を、やはり無表情のまま見つめていた。

 だが、スノーホワイトの機体各所から溢れ出すエネルギーの輝きは、まるで少年の内側に秘められた、名もなき激動を代弁しているかのようであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ