第234話 さらばcarus amicus*挿絵あり
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パチパチと、熱で木が割れる音がホールに響いていた。
火の海とも形容出来る灼熱地獄。
その炎の渦中、ほとんどが炭化してしまった豪奢なホールに、一人の男が踏み込んで物音を立て始めていた。
「ああ、ギルリートさん。もう死んでしまったのですか」
息を荒くしたフロンスは、天を見上げた姿のままに燃えていくギルリートの元へと歩み寄る。
「……」
そこにあったのは憤怒や後悔などの表情で無く、意外にも清々しそうな顔付きをして、隠していた筈の面相を惜しげも無く天に向けた男の姿であった。
共に燃え上がっていくフロンスは、彼を見下ろして瞳を閉じる。
「残念です」
ギルリートは答えない。
「ギルリートさん。私はロチアートに卑劣な行いをする貴方を心から軽蔑しましたが、貴方という一個人の人格は、嫌いではありませんでしたよ」
もし生きてさえいれば彼は、そこに佇んでいる、妙な友情を芽生えさせた男を見上げて、また破顔していたのかも知れない。
……分からないが、フロンスにはそんな気がしていた。
フロンスが彼の手を握ると、炭になった掌はボロボロと崩れ、背中の羽は千切れて落ちた。
「貴方が私の何を気に入っているのかはついぞ分かりませんでしたが、妙な感覚でしたよ。人間に、ましてや天使の子ともあろう御方に、家畜では無く一人の個人として扱われるのは……」
ごうごうと燃える炎にフロンスもまた焼かれている。だが彼の体は、先程取り込んだサハトの能力によって問題無く再生し続けている様だ。
「違いますよ……ハハ。残念ながら私が能力を取り込めるのは、一つ迄ですから」
フロンスは何も語りはしない屍と談笑しているかの様に続ける。
「それに私は死人になってしまったのです。サハトの再生無しでは、もうこの体は朽ちていくだけですから」
「…………」
愉しそうに笑う彼には、ギルリートの声でも聞こえているのだろうか。
「あっはっはっはっは」
「…………」
死と生の境界を越えた彼ならば……と思ってもみたかったが……フロンスの耳には、炎の音しか聞こえていないのだった。
「俺を食べに来たのかって? まぁ確かに言いましたね。ですが友達の肉を喰らうのには、さしもの私も気が引けますよ」
「…………」
「何だか貴方が残念がりそうな気がしますね」
崩れ果てていくギルリートの朗らかな表情。彼等の姿はまるで、愉快に話し合うロチアートと人間の些細なワンシーンの様である。
フロンスの焼けていく足下が、再生が追い付かずに崩れ始めた。
「聞きたかったんです。貴方ロチアートを卑下していたくせに、どうして私に肩入れしたんですか?」
「…………」
「牢に捕らえられた私が危機に瀕している時、私の命を救ってくれましたよね」
「…………」
「気付いてたんですからね。高貴な王である筈の貴方が、なりふり構わず駆け付けてくれた事……」
「…………」
「あっはっは、バレますよ。でなきゃ貴方があんなに息を切らさないでしょう。ちなみに平然を装ってそれを隠そうとしていた事も分かってますからね?」
足下が崩れてよろめいたフロンスは、ギルリートに優しげな視線を向ける。
「勝利の為には手段を選ばない筈の貴方が……一体何故なんです?」
「…………」
フロンスの貯蔵する魔力が激しく消費され、再生に淀みが生じている。その魔力が切れれば、彼の体は死に体らしく朽ち果てるしか無い。
「……」
「…………」
何も答えない友の亡骸に、フロンスは名残り惜しそうにこう語り掛けた。逆巻いた炎に巻かれ、完全に炭となった彼に。
「本当に変な人ですよね、ギルリートさんって」
「…………」
「少なくとも私は救われたんです」
「…………」
「そんな貴方の、ささやかな個性に」
音を立て……
――その瞬間にギルリートの身体は崩れ落ちていった。
――――――
「……ん?」
灰燼となった彼の体に、一つの赤い宝石が輝いている事にフロンスは気付く。そしてそれを拾い上げてまじまじと見つめた。
「アミュレット? いや、やはり魔石か。何故これは使わなかったのでしょうか?」
赤い魔石を空に透かすと、そこに刻まれた刻印が浮かび上がる。
「carus amicus」
ラテン語で綴られたメッセージを、フロンスはしかと理解して胸に留める。
「これは貴方にしか扱えない。私にとってはただ魔力の籠もった石ですが……」
肉を焼く熱の中を、フロンスはよれよれと歩んでいく。友の亡骸を背に。
「貴方に貰った御守として」
水平に広げた右腕に赤い魔石を握り込み、フロンスは姿を消していく。
「さらば人間の友よ」
――そう業火に遺して。
これにてかなりの長期になった、ゲブラー攻略編は終結となります。
終始クラシック音楽に徹しながら執拗な迄に描写して来た今章となりますが、偉大過ぎるこの大曲を活字に落とし込むのは大変難儀な物でした。
先ずモーツァルトのレクイエムを何度も何度も何度も聴き、全てラテン語(違う言語の部分もあるのです汗)とその翻訳をしてノートに書き落とし、意味を解釈してから、歌い方や音程、男女の比率、曲全体として何分何秒あるのか、そのワンフレーズが何秒あるのか、どのような技術を用いているのか、その曲は何を伝えようとしているのかを解釈して、
次に物語の時間進行に極力一致させて差し込みながら、歌詞に籠もったメッセージにリンクしたシーンを落とし込む。
そして何よりも“音”の壮大さを活字で少しでも表現出来るように、しかしテンポの早いシーンでは極力表現をコンパクトに、歯切れの良いものにして……
等々、本当に大変だったので、執筆に普段の3倍程の時間を要しました。
独り善がりになってしまった可能性もありますが、クラシック音楽、何よりもモーツァルトのレクイエムに魅せられた私は、是が非でもこの魅力を、その僅か一端でも読者に伝えられればと思い至った次第なので御座います。
冷静に考えてみて下さい。何百年も前の時代に作られた曲が、今現代で聴いて色褪せるどころか煌々と照り輝いているんですよ?そんなジャンル他に何があるというのでしょう。主には絵画位しか思い付きません。
是非モーツァルトのレクイエムを“聴きながら”この作品を読み返してみて欲しいです。歌詞まで落とし込んで聴くのは余り無い機会だと思いますよ♪
この機会に是非クラシックの魅力が伝わればと思っています。
そして小説とクラシックの調和。それを果たす事が出来たのかを御自分で確認して頂けたら嬉しいです。
そして私個人として、この作品が異世界ファンタジー日間最高70位と週間ランキングにも載ることが出来た事を、応援してくださって全ての読者に感謝致します!
比類無き徹底としたダークファンタジーとして、今後も邁進して参りますので是非応援してください!




