第233話 終曲。深みの底へ。葬送歌。
立ち上がった奏者達が、命を投げ出して歌い続ける。
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
(聖者たちとともに永遠に)
“Cum Sanctis tuis in aeternum,”
(聖者たちとともに永遠に)
万策尽き果てたギルリートは、自ら毎敵を焼き払った男に尊敬にも似た感情を覚え、その畏敬の念に駆られるがまま、自らに歩み寄り始めた悪に羨望の眼差しを向ける。
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
(聖者たちとともに永遠に)
“Cum Sanctis tuis in aeternum,”
(聖者たちとともに永遠に)
「おまえは……なんて」
尽きていた筈の魔力は、鴉紋がもう一つの人格と混じり合った時に僅かに供給されたのであろう。しかし彼は壮絶な鍔迫り合いの最中においても、その力を行使しなかった。
「尊い…………」
それが自らの持ち掛けたプライドを賭けた争いであったが為に……その男は不利な状況のまま、ただ混じりっけも無い純粋なる力のみで対峙していたのだ。
――――過去の自分と。
全てを悟り、ギルリートはポカンと口元を開ける。
“Cum Sanctis tuis in aeternum,”
(聖者たちとともに永遠に)
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
(聖者たちとともに永遠に)
鴉紋に贈っていた筈の楽想は何時しか……
――彼を祝福し、自ら自身に向けたRequiemへと意味合いを変えてしまっていた。
“Cum Sanctis tuis in aeternum,”
(聖者たちとともに永遠に)
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
(聖者たちとともに永遠に)
全身から白煙を上げて、世界を丸毎打ち壊せてしまえそうな怒りを滾らせる男を、ギルリートは優しげな視線で待ち受ける。
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
ギルリートには個性が無かった。
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
しかしその胸には、遥かなる高みを目指す志があった。
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
彼は究極を目指した。
«“Cum Sanctis tuis in aeternum,”»
しかしそれは叶わなかった。
«“Cum Sanctis tuis in aeternum,”»
他者の個性を導く事でしか、
(聖者たちとともに永遠に)
彼には叶えられなかった。
(聖者たちとともに永遠に)
非凡なる彼であるが故に。
(聖者たちとともに永遠に)
強烈な個性を渇望した。
(聖者たちとともに永遠に)
強烈な個性に魅せられた。
(聖者たちとともに永遠に)
強烈な個性に憧れた。
――この男の様な……
「信じられるか鴉紋。お前が何か、素晴らしいものに見えると言ったら――――」
そう漏らした刹那、
――黒き豪腕がギルリートの腹を捻り上げていた。
「――――――――ッ」
踏み込まれた足。力まれた大胸筋。膨れ上がる二の腕。突き上げてくる力。
燃え盛る瞳――――!!
「――――――っ」
術者からの魔力供給を失った事で、天にひしめいていた全ての天使達は黒の魔石と戻る。
惨たらしい空に照らされて、都にオニキスの輝きが降り落ちた。
比類無きインパクトによって、破れた腹から臓物を四散させたギルリートは静かに膝を着いていた。
“Cum Sanctis tuis in aeternum,”
(聖者たちとともに永遠に)
炎に呑まれたフォルナの、悲しげなソプラノが都中へと響いていく。
「……これぞ究極の楽想だ」
天に諸手を挙げたギルリートは血走った目でこう囁くと、残された僅かな時間を、自らで育て上げた究極の楽想に浸る。
涙で溢れる奏者達は、身を焼き焦がしながら王の姿を見守っていた。
「…………ふぅむ……………………」
そしてギルリート・ヴァルフレアは、最期まで王としての品格に満ち溢れたまま、天を見上げて絶命した。
主君の破れた事実に一瞬奏者達は絶句したが、彼等は直ぐにその使命を思い起こして――
王の為にREQUIEMを送る――
“Cum Sanctis tuis in aeternum,”
(聖者たちとともに永遠に)
セイルに肩を貸された鴉紋は、揺すられるままに灼熱のホールを後にしていく。
何時までも取り憑かれた様に演奏を辞めない彼等を、鴉紋がジッ見つめている事にセイルは気付いた。
「始末する?」
「……いや」
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
(聖者たちとともに永遠に)
(聖者たちとともに永遠に)
「もう勝手に死ぬだろう。地獄の業火に焼かれながら」
「フフ……残酷ね、鴉紋」
ホールの大扉が閉まると、奏者達の足下に巨大な桃色の魔法陣が発生する。
「――――ッ!!」
「――つ――!!」
そこから立ち上ったセイルの黒き焔が、楽想を完成させようとする彼等を無慈悲に焼き始めた。
「ぃ――――ッ」
「――――が――っ!」
«Cum Sanctis tuis in aeternum,»
«“Cum Sanctis tuis in aeternum,”»
«“Cum Sanctis tuis in aeternum,”»
(聖者たちとともに永遠に)
(聖者たちとともに永遠に)
(聖者たちとともに永遠に)
豪炎に皮膚を捲り上げ、肉を崩して血を蒸発させていきながら、
それでも人間は、地獄の責め苦の中で歌い続けた。
盛り、激しくなっていく曲調を徹底として、何時までも力強く。
全て焼き尽くした筈の旋律が、鴉紋達の歩く都に共鳴する。
――綴られ続けたこの大曲のラストフレーズは……
“«quia pius es.»”
(貴方は慈悲深くあられるのですから。)
……その一言であった。
極限たる最後の絶叫と共に、REQUIEMは遂にフィナーレを迎えた。
項垂れた鴉紋は舌打ちをして、魔石降り注ぐ天輪の消え去った闇夜を仰ぐ。
「……歌い上げやがった」
そしてフォルナは死に行きながら星空に放って――
“王と共に死ねる。これ程の幸福が他にありましょうか”
――もう二度とは音を立てなくなった。
彼女は結局、彼に抱いた気持ちの一端を僅かにも口にしないまま、品位に溢れてその灯火を消した。
「良い声だね、鴉紋」
静まり返った都の中心部で、彼女に倣って耳をそばだてると、人々の悲鳴が聞こえ始めた。




