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146.満開開花(下)

(すいません。今回の話はどこかのタイミングでセリフなどを手直ししたいな、と思ってます。※流れは変わりません)

 かつて、リゼットさんはアーフェアを連れて世界を旅して回って、たくさんの素敵な人たちを見せた。そして、アーフェアは人間を好きになった。

 そして、現代いま――


 すーっと一度、深呼吸をしてウィルベルは周囲のゴブリンたちに向けて言った。


「うちはゴブリンさんたちが好きや」


『ぼくもやでー』『ウィルベル()好きー』『いくらでもちから貸したるでー』


 彼らは非常に好意的だった。口だけではなくて、心から信頼してくれているのがわかる。でも、それじゃダメなんだ。アーフェアが夢見た光景には足りない。だから、ウィルベルは続けて言う。


「うちは、リヴィエラの人らも好きや」


 ピタリとゴブリンたちの騒ぎが止まった。何が言いたいんだろ? と言わんばかりに。

 静かになって枝葉がこすれる音だけが響くなか、ウィルベルは言葉を続ける。


「もちろん、好きなのはリヴィエラの人たちだけやないよ。うちの故郷はモデラートっていうんやけど、うちはその人らのことも好きや。特にね、ルセルちゃんって子が、うちのライバルで、負けず嫌いで素敵なんよ。そうそう、素敵っていうたら――」


 ”好きな人に、自分の好きなものを、好きになってほしい”


 それは、人間の原始的な本能のひとつと言ってもいいかもしれない。恋愛ものの漫画でもよく見かける展開だ。


 だけど同時に、諸刃の剣でもある。

 ラブラブな恋愛漫画みたく、相手が興味を持ってくれればいいけど、現実社会ではウザがられることのほうが多いからね。

 実際問題、こんなに”好き”を連呼しちゃう人がいたら、普通ならうんざりするよね。強引すぎるにもほどがあるもん。


(ええねんよ。誘うは一瞬の恥。誘わぬは一生の後悔なんよ)


 そだね。ウィルベルってば脳筋だからね。そういった細かな配慮なんてできないよね。


 クロマグロは呼吸方法の関係で、生涯一度も後退することがないって言われているけれど、ウィルベルも似たようなものらしい。

 猪突猛進ちょとつもうしんならぬ、マグロで空飛んで突撃する女だからね。仕方ないね。


 だから、ウィルベルはさらに踏み込む。戸惑っているゴブリンたちに向けて、微笑みながら言う。


「世界にはうちの好きなもんがいっぱいある。これから好きになるもんもいっぱいある。うちはそれをゴブリンさんたちと一緒に見たい! 知りたい! ――だから、一緒に行こう!」


『……』『……』『……』


 困惑である。

 ゴブリンというのは同族のコミュニティ内に閉じこもっているけれど、それで困っていたりはしない。水と光さえあれば増えていけるような生物だからね。

 困ってないから、人間に対して自分からアプローチしたいとも思ってもいないし、新しいことに挑戦する必要性も感じていない。


 話しかけてくるウィルベルに対しては好意的ではあっても、やっぱり彼らは基本的に受動的な生物なのだ。

 いつもの騒がしさはどこへやら。ウィルベルの誘いに対してゴブリンたちは沈黙で応え――


『ぼく、いきたいかも』


 静まり返った雰囲気のなか、ふよふよと前に進み出てきたのは一体のゴブリンだった。ゴブリンキングやフカビトとの戦いで幾度となく助けてくれたあの群体である。


 彼は続けて言う。


『さっき、夢を見たんだ。一瞬だけだけど』


「夢?」


『うん。ウィルベルとだけじゃなくって、ぜんぶの人間さんたちとぼくらが「わっはっはー」って笑い合って楽しくしてる夢を。

 なんでそんなものを見たのかは知らないけどさ。ぼくはね、それを素敵なことだなって思ったんだ。ウィルベルはどう思う?』


「うん。とっても素敵な夢や」


『でしょ? だからね、ぼくはその夢を現実にしたいなって。だからついていきたいなって思うんだ』


『そういえばそんなん見えたなー』『たしかに、たのしそーだなー』『でもむりぽ?』『にんげんさん、ぼくらのこえ聞こえないし?』『やっぱ、むりだなー』


 世界樹に集まっている他のゴブリンたちの反応は、賛否両論……いや、明確に否定のほうが多かった。数にして8割以上が否定の意思を示す。


『うー……』


 たくさんの否定の声に、夢を口にしたゴブリンが萎縮していってしまうのを感じる。


 確かにね。否定してるゴブリンたちの言う通りだ。その夢を叶えるのはきっと難しい。奇跡が起きなきゃ無理だと思う。言語能力やら生態やら、実現するまでにはたくさんの障害があるもんね。でもね、


「難しいからっていうのは、諦める理由にはならんと思うんよ、うちは」


 勇者っていうのはそういう奇跡を起こせるやつのことをいうんだ。


「その夢を現実にしたいって思うんは、うちも同じや。ううん、うちだけちゃうよ。ゴブリンさんのことを知ったら、そう思う人はどんどん増えていく。

 いまは難しいことでも、たくさんの人の『そうしたい』って想いがあれば、ぜんぜん無理じゃなくなっていくんよ」


『…………』


 もしも、これが【理想の勇者による美しい物語】だったら、

 ――だから、世界のために最初の一歩を踏み出そうや!(キリッ

 ――おうとも! ぼくが世界を変えるんだ。歴史に残る偉大な一歩になるんだ!(キリリッ

 で、希望の未来へレディ・ゴー! って感じになるんだろうね。


 でも、ようやく自我が成長し始めたゴブリンには、まだそんな度胸はなかった。残念ながら。

 小学生低学年の子どもと一緒だ。自分のやりたいことを素直に言ってはみたけど、周囲の反対が猛烈すぎたから、しゅんとして殻に閉じこもってしまう。


「――ぼくはさ」


 だから、ぼくは言った。


「ぼくは、いつも妄想してるんだ。何かを成し遂げて、カーテンコールのなかで「さすがクロマグロ! 素敵! 抱いて!」って言われてる自分をね」


 いつも言ってる”夢は大きくモッテモテハーレム”ってやつだ。おっぱいに揉みくちゃにされてウヒヒは青少年の夢だからね。仕方ないね。


『……?』


 何言ってんだこいつ、とでも言いたげな表情で、ゴブリンがぼくを見る。


「それとか、ぼくに反対してた人に「ねえねえ、いまどんな気持ち? ぷっぷくぷー!」ってマウントとって、ぐぬぬって歯ぎしりさせる光景とかも妄想する」


 もちろん、こんなのは中学生レベルの妄想だ。

 でもね。ぶっちゃけ、そんなもんでいいんじゃないのかな? 内面の奥底に秘めた気持ちなんてのはさ。


 みんなのために頑張ります! みたいな自己犠牲の精神は、あくまで自我が確立したあとの話。自我が未熟な彼らに必要なのは、まずエゴイズムなのである。


 ”真のエゴイストとは、利他を行う者である”


 とは、チベットのダライ・ラマ14世の言葉だ。

 エゴって言葉はネガティブな意味にとられることが多いけどさ。でも、エゴっていうのも、人間の心がもってる原動力エネルギーの一つなんだ。

 その情念を、良い方向に燃やすことができればすごいパワーになって、自分もハッピー。相手もハッピー。世間もハッピー。近江商人の言うところの三方良さんぽうよしになるのである。


「想像してみたらいい。夢見た世界のど真ん中で、自分がスポットライトを浴びている光景をさ。それで心がワクワクと踊るってんなら――」


 ――周囲の声に流される必要なんてない。


『…………』


 ぼくの言葉に対する反応は、沈黙だった。

 でも、ぼくたちはその言葉が彼に届いているのを確信していた。なんでって? それは、


『それって……さいこうにカッコいいのでは?』


 ぼくたちには感情が魔力となって見える。

 ゴブリンのなかに、フツフツとしたエネルギーが燃えているのが見えていた。その熱は少しずつ温度を増して、そして、


『ぼくはいく。だって、やれたらカッコいいし!』


 彼は、確固たる意思をもってウィルベルの手をとった。


 かつて……リゼットさんはアーフェアを連れて回った。それはアーフェアにとって受動的なことだった。

 それが悪いこととはいわない。だって、当時のアーフェアの自我はあまりにも未発達で、そうするしかなかったんだもの。


 でも、それから2000年。現代(いま)。今度はゴブリンは自分で行くことを決めた。自らの目的をもって。


『そうか』『そやな』『やってみるのもいいかもね』『そうそう』『ウィルベルだったら』『やってくれるかも?』


 まるでそれを呼び水としたかのように、そのやり取りを見ていたたくさんのゴブリンたちが賛同し始める。さっきまで否定的だった群体も含めて。そして、


 ぽぅ。


 輝いた。

 かつて、白覧試合――セレクションの追試験で見たものと同じものが。ウィルベルを信じ、期待し、想いを託した心のきらめきが。


 この世界の魔力とは心の力だ。だから、勇者候補生たちは演習クエストを通じて、たくさんの国の人たちから信頼を――想いを託されることで強くなっていく。そうやって、勇者はレベルを超えた強さを得ていくのである。

 でも、その"想い"ってものをもっているのは人間だけの話じゃないんだ。この世に生きとし生けるものすべてに心があって、彼らの想いもまたパワーになるのだ。


『ほんとにできるの?』『むずかしー』『でもウィルベルだから』『だったらいけるな』『勝ったなガハハ』『やってみる価値はありますぜ』


 信頼。期待。そして嘱望しょくぼう

 光はだんだん広がっていって、いつしか世界樹を覆いつくすほどになっていく。その光景を見て、


(ありがとう、アーフェアさん)


 ウィルベルは心のなかで礼を言った。


 ――ぼくは知っている。

 実のところ、アーフェアはゴブリンたちに対して行動を強制するすべをもっていた。パソコンで言うところのスーパーユーザーのように、問答無用で強制する(すべ)を。

 でも、そうはしなかった。アーフェアは、夢という形で、本来のゴブリンたちがもっていた”人間を好き”という感情に訴えかけただけだった。


 だからこそ、この光景は生まれた。 


「すごくキレイなんよ」


 ウィルベルが思わず感嘆の声を漏らした。


 まさに満開開花。

 ゴブリンという名の無数の花が咲き誇る幻想的な光景の中で、ぼくらはたくさんの想いを背負い、またひとつ、勇者に近づいたのだった。

次回投稿日は2022/07/22の予定です。次回、凱旋となります。&あと2話で第2部終了となります。

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