142.狂人は期待する
「改めて間近で見るとすっごい大きいなぁ」
リヴィエラの空を全力飛行して約10分。
塩水の民の船から何かしらの妨害があるかと思っていたけれど、彼らは去って行って、ぼくらは何事もなく世界樹の入り口へとたどり着いていた。
巨大な扉は開けっ放しになっていて、中をうかがうと、近未来的な光景が広がっていた。
鏡のように磨き抜かれた壁面。継ぎ目の見えないフロア。LEDのような柔らかい照明。そして巨人でも住んでいたのではないかと思えるほどに高い天井。
床はスッキリしていて、レールが敷かれている以外はほとんど何もない。代わりに天井には大小さまざまなパイプが敷き詰められていて、ちょっと雑多な感じ。
なかに侵入すると、通路のあまりの大きさに自分が小人になったような錯覚を覚えてしまう。
昔は資材とか躯体の搬入口だったのかな? だとすれば扉の巨大さも納得できるというものである。
汚染されたゴブリンの姿はない。どうやら先程の怪獣は、塔のなかにいたゴブリンゾンビをすべて動員していたらしい。
余計な敵がいないのは嬉しいけれど、じゃあ人探しをしやすいかと言えば……
「このなかからあいつを追っかけんの……?」
移動用、メンテナンス用、配管用。頭を抱えたくなるほど、細かな脇道がそこかしこにあり、しかも構造は3次元的に入り組んでいる。
およそ普通に考えれば、先行している相手を追うのは現実ではないだろう。
ぼくがげんなりしてうめいていると、
『こっちだよ』『そっちじゃないよ、こっちだよ』
言ったのは、塔の内部に生息していた汚染から免れていたゴブリンたちだった。
言葉だけでなく、クロラドの人が曲がっていった角をマーキングするように体を光らせて教えてくれる。
んまっ! なんて便利な生き物なんでしょ。
「ありがとう!」
そうして塔のなかを飛行すること4,5分。何度か曲がり角を曲がったところで、塔の中央部にたどり着く。
円形の空洞が天まで続き、中央に一本のぶっといシャフトが天高く起立する空間である。
「ウィルベル! あそこ!」
シャフトの手前、ぼくらのいるフロアから伸びたタラップの先。白い繭のような建造物の手前。
ついに、ぼくらはコンソールを操作する例の神父服の男を視界に捉えた。
コンソールのキーボードをカタカタやってるけど、あれ絶対にろくなことやってないよね。
「ってわけで、それいけウィルベル!」
「おうともなんよ! だらっしゃあああああ!!」
久々の犬殺しキック!
進路は完璧。男に直撃コース!
と思いきや、ジャイアント・バグが動いて間に割って入る。
さすがに殺すわけにはいかないので手加減していた犬殺しキックは、だけどしかし、ジャイアント・バグ程度で止まるようなものではない。
どごすっ!
ジャイアント・バグごと男が地面に投げ出される。
あぶなーい、奈落の底に落ちてっちゃう! と思いきや、男は空中でジャイアント・バグを足場に体勢を立て直すと、器用にフロアに着地した。
男は自分を蹴ってきたのがウィルベルだと気づくと、「おお!」と歓喜の声をあげた。
「君はさきほどの戦いで見事な活躍を見せた娘ではないですか! 素晴らしかったですよ、グレートでした! ところで、なぜ私に攻撃を?」
「なぜって……」
この状況で攻撃されないとでも思ってたんか、こいつ。
というか、ジャイアント・バグをあっさり撃破された割に余裕の態度である。
「なんでも何も、災害を2回も引き起こしといてなに言ってんだ、コノヤロー!」
「?」
ぼくの怒りの言葉に、だがしかし、男は首をかしげた。心底理解できないと言わんばかりに。
「ゴブリンたちがひとまとめになってくれてあなたも助かったでしょう? 一網打尽にできたじゃないですか。ほら、塔のなかにはもう残ってないでしょう?」
「は?」
「こんな短時間で駆除できたんです。みんなハッピーでしたよね?」
こいつは……本気で言っている。
自分が悪いことをしたなんて欠片も思っちゃいない。
「……あなたのやったことのせいで犠牲になった人がいっぱいおるんやよ?」
「おお、なるほど! それを気にしているのですね」
男は告げると服についた埃を払いながら、親しい者に話しかけるかのように、にこやかに言葉を続ける。
「私はね。人類が大好きなんです。かつて先史文明を築き上げた叡智。フカビトの王との絶望的な戦いのなかでも希望を諦めなかった強靭さ。滅亡の淵からここまで復興してきた不屈の魂。本当に、素晴らしい生物です。人類というのは」
いったいなんの話をし始めてるんだろう?
ぼくらは疑問に思ったけど、男は構わず、話を続ける。
「ですが、最近、困ったことが起き始めました。増えてきたのです。勇者という絶対守護者に甘えてしまって、人類としての美しさを損なってしまった者たちが。
人間というのはね。強くなければ嘘なんです。強くあろうとしない人間は大嘘なのです」
――だから、弱い人間などどうなろうとも構わない。
男は言外にそう言っていた。
「……誰もが強いわけちゃうやろ」
「そうなのです、残念なことに。
だから、強い人間だけが生き残る――強くあろうとしなければならない世界にしたいのですよ、私は」
言って、男は奈落の底を指で示した。
「この底には、フカビトの王の欠片があります。これを開放すれば、醜い者は淘汰され、残った人類は美しさを取り戻す。私はそう信じているのです」
そう告げた男の顔は、服装の通り聖職者の顔をしていて――だからこそ、ぼくたちはわかり会えないことを理解した。この男は狂っている。
ぼくはふうと息を吐いた。
「ぼくは、あなたが言いたいことわからないでもないかな」
「ミカ……?」
「勇者に依存しすぎだってのは、確かにこの世界の問題点かもしれないね」
英雄の時代。
ごく少数の武力に頼った不安定な世界。これが浮遊世界の現状だ。
仕方ないところはある。
精霊の経験値というのは有限だ。なぜなら魔獣の数が有限だからだ。
全員がそこそこ高いレベルを目指せば、災害レベルの魔獣と戦う術はなくなり、人類は滅亡してしまう。だから、仕方ない。
「でも、だからこそ。レヴェンチカとかでも技術や道具の進歩なんかで少しずつボトムアップしてるじゃん。努力を怠っていないじゃん。この世界の人たちはさ。それじゃ満足できないの?」
わかってるフリして正論でひっくり返す。
これが狂人との付き合い方である。だけど、この男に対してはあまり意味がなかったようだった。
「確かにレヴェンチカは素晴らしい場所です。マシロ様にしても、あの方ほど人類に尽くしてこられた存在は他にないでしょう。ですが…………優しすぎるっ!」
男は言って、バッと手を広げた。
「私は人類に”期待”しているのです! 人類は強い! 稲穂が踏まれても踏まれてもまっすぐ伸びるように、決して折れたりはしません! あの、フカビトの王との戦いでさえ人類は生き延びたのですから!」
こいつの言ってることは、言うなれば"よくできた世紀末物語"だ。
フィクションのストーリーなら、【世紀末ならではの生命の尊さが強調された美しい物語】があるのかもしれない。そしてそれは魅力的に見えるのかもしれない。
けれど、それは大多数の不幸の上に成り立つからこそ美しく見えるのだ。
この世界には不幸が溢れてる。ウィルベルやアリッサちゃんのように、幼い頃に故郷が全滅する人間は少なくないのだ。そんな世界にさらに負荷をかけようだなんて正気の沙汰じゃない。
「……あなたの名前を聞いてもええかな?」
「ええ。ウィルベルさん。私はプラパゼータといいます」
「じゃあ、プラパゼータさん。うちは、あなたを逮捕するんよ」
勇者候補生には独断で拘束、逮捕する権限が認められている。女神マシロの名において。
もっとも、誤認逮捕のときは相応の処罰が発生するのだが……いま、この場において、その可能性はないだろう。
「拒否します」
「なら、力づくで拘束させてもらうんよ」
話し合いは決裂した。
すれ違いはないだろう。プラパゼータの主義主張はぼくたち――いや、この世界の大勢の人たちと相容れないのは確実だった。
だけど、プラパゼータのこの余裕はなんだろう。
いまのウィルベルはそうとう強い。あの怪獣を一蹴するほどなのだから、勇者以外の人間には太刀打ちできないはずだ。
「ならば、力には力で対抗させていただきます」
言って、プラパゼータが懐から取り出したのは――ぼくの頭に張り付いていた魔法宝石。
いったい、それをどうするのか。
ぼくらの見守る前で、プラパゼータは魔法石を口へと運び、ごくりと飲み下した。いやん、間接キス。
「いったい、何を……」
あっけにとられるぼくらをまえに、プラパゼータはその言葉を口にした。
「精霊の衣、起動」
プラパゼータの手の甲に、ニョキッと魔法宝石が浮き出て、魔力が渦巻き、ブワッと風が巻き上がった。
まさか――。
ぼくらは愕然とその姿を――ありえないものを見た。
風がおさまったとき、プラパゼータがまとっていたのは、白い精霊の衣だった。
「あなたは……勇者やったん?」
「私はその名で呼ばれるのが苦手です」
彼は否定はしなかった。代わりに、その腰に佩いた剣を抜く。知りたければ倒せと言わんばかりに。
次回更新日は2022/7/1 8:00となります。






