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135.石が見せる夢

---セドルヴェロワ視点---


(……そういえば、在学中の勇者候補生の死亡率は30%だったか)


 セドルヴェロワは、力なく地上に落下していく赤毛の女子生徒を無感動に眺め、ため息をついた。

 バグの鎌に刺された少女の腹からは鮮血があふれ、空に一筋の線を描いて落ちていく。


 死んでしまう生徒と、生きて卒業を迎える生徒。その差異はいったいなんなのだろう。

 彼女の実力に非はなかった。むしろ、特別に優秀だったと言ってもよい。あのまま、邪魔が入らなければ怪獣を倒すまではいかずとも足止めはこなしていただろう。


 ただ、運が悪かっただけだ。そう――運が悪かった。ただそれだけなのだ。


 セドルヴェロワはもう一人の女子生徒を見た。

 ウィルベル・フュンフ。空飛ぶクロマグロを駆る勇者候補生。


(ここで終わりなのか?)


 最悪のタイミングだった。

 ゴブリンの集合体たる怪獣に起死回生の攻撃をしかけたが、失敗し、飲み込まれかけた。そして脱出しようとするも直前にプラパゼータの奇襲を受けた。

 クロマグロは気を失ったらしい。推進力を失った少女は怪獣に捕まってしまっていた。

 怪獣の肉体は無数の小さなゴブリンで構築されており、まるで液体のように少女を飲み込んでいく。


(こんなところで、終わりなのか?)


 かつて自分の駆るバグを倒した少女が、怪獣の圧倒的な質量に飲み込まれていく。抵抗はしているようだが、だがしかし、相手が悪すぎる。

 足から順に、次に胴体が飲み込まれ、そして肩が、クロマグロの精霊を抱えた腕が――やがて頭の先が見えなくなるまでそれほどの時間はかからなかった。


 死んだ。

 いますぐに助けに行けば間に合うかもしれないが、だがしかし、セドルヴェロワにそれをする義務はなく、少女の保護者たる教師もここにはいない。

 将来有望な勇者候補生の人生はここで途絶えてしまった。


「……」


「どうしましたか? ずいぶんと物思いにふけっていられるようですが、気になることも?」


 プラパゼータの言葉に、セドルヴェロワは首を横に振った。

 バカな話だ。レヴェンチカの生徒に対して、物思いにふけるなどありえない。


「……いや、なんでもない。そんなことよりも目的の魔法宝石ルーンジェムは回収できたのだな? ならば撤退するぞ。勇者たちが到着すると面倒だ」


「少々お待ち下さい。いま、回収した魔法宝石ルーンジェムの解析が終わりますので――」


 と、ちょうどそのとき、プラパゼータが操縦するバグが手に持った装置からピピピと音が鳴った。

 プラパゼータが言うことを信じるのならば、解析が終わった合図なのだろう。何やら装置に備え付けられたパネルに文字が浮かび上がる。


(これで、この気に食わない男と任務を共にするのは終わりか)


 だが、セドルヴェロワとは裏腹に、その結果を見たプラパゼータのバグが首を横に振った。


「どうやら回収した魔法宝石(ルーンジェム)は目的の物とは異なるものだったようです」


「……なんだと?」


 睨みつけるように問い返すが、プラパゼータのバグは悪びれた様子もなく、肩をすくめた。


「いやはや。精霊の衣(エレメンタルローブ)のようなものを使うので、てっきり起動している魔法宝石(ルーンジェム)がソレだと思ったのですが……。驚いたことに、あのクロマグロの精霊は、体内に魔法宝石ルーンジェムを2つ持っていたようです。」


 プラパゼータは淡々と言うが、それがどれほどに驚くべきことなのか、セドルヴェロワの知ったことではなかった。

 

「それは残念だったな。撤退するぞ。これ以上の作戦行動は無理だ。あの怪獣からクロマグロを奪取するにしても。勇者が怪獣を倒してから回収するにしても、いまの我々の戦力で実行可能な範疇を超えている」


 目的のものとは異なるとはいえ、魔法宝石ルーンジェム自体は手に入れているのだ。人造勇者の研究には支障をきたすまい。

 セドルヴェロワはそう判断したのだが、

 

「いいえ。撤退はできません」


「……魔法宝石ルーンジェムが貴重品だというのは理解している。だが、黒船一隻を引き換えにするほどに貴重だとは言うまい?」


「いいえ。言いますよ」


 セドルヴェロワの問いに、プラパゼータは断言した。


「あの石は特別なのです。あの石は――【母なる海の黒金剛石】は、あなたたちが始原の勇者と呼ぶ女性、リゼットが使用していた魔法宝石ルーンジェムなのですから」



---ウィルベル視点---


 負けた。

 

 怪獣の中枢と思わしき黒い球体への渾身のマホーを放つも、傷ひとつつけられず、塩水の民(クロラド)のバグたちの奇襲にもまったく気付けずに致命的なダメージを受けた。

 そしていま、怪獣の思惑通り、内部に飲み込まれている。

 

 ミシミシ。


 まるでネギトロを作るミンチメーカーのなかにいるようだ。

 怪獣がウィルベルとミカを押しつぶそうと圧力を強めてくる。展開している半透明の精霊の(エレメンタル)(ローブ)がなければとっくにミンチになっていることだろう。


精霊の(エレメンタル)(ローブ)が解けるまで、あと……3分ってところかな?)

 

 だいたいの見切りをつけて、ウィルベルは「ふう」とため息をついた。と、それと同時に、


 どろり。


 禍々しい黒い塊がウィルベルの上を這う。

 塩水の民(クロラド)の少女を腐海のヒトガタ(フカビト)へと変貌させ、アリッサちゃんのお母さんたちを変異させた瘴気の塊である。


 自分をも変異させようと企んでいるのか、瘴気は衣服の上を這いずり回り続けている。

 いまは半透明の精霊の(エレメンタル)の衣(ローブ)が遮ってくれているが、なくなってしまえばいまのウィルベルに抵抗するすべはないだろう。


 いや、完璧に遮断はできていない。

 ローブの隙間から入り込んだ瘴気が、ウィルベルの心を縛り上げ、屈服させようとしてくるのがわかる。

 だが、ウィルベルはもう一度「ふう」と落ち着いて大きく深呼吸をした。


 気のせいだろうか。そんなウィルベルの余裕を見て、まとわりつこうとしている瘴気が困惑している気がする。

 なぜ、この状況に絶望しないのか。諦めないのか、と。


「うちは運がいいんやろか」


 たぶんだけれど――もしも、アリッサちゃんのお母さんに会う前の自分ならあきらめていたんだろうな、と思う。抗う方法を知らなければ絶望に屈服していただろう。

 だけど、ウィルベルは知っている。魔力とは心の力であり、そしてその力は瘴気に抗える、ということを。


 ウィルベルはクロマグロの精霊を見た。

 頭についていた魔力宝石ルーンジェムを切り飛ばされたあと、ずっと気絶したままの精霊は、のんきに白目を向いてピクピクと体を痙攣させている。が、


 ――感じる。


 かつて、ミカは白覧試合で周囲の魔力を集めて見せた。

 そしていま。気を失ったままのミカは、あのときのように周囲の魔力をその体内へと集約しはじめていた。

 助けを求めるゴブリンから。そして――ウィルベルを飲み込もうとする瘴気からすらも。


「ミカは『植物が貪欲だ』って言うとったけど、クロマグロのほうがよっぽど貪欲やな」


 漆黒の魔力がミカの体内に渦巻き、ウィルベルに絡みつく。

 その魔力が導くのは、あの塩水の民(クロラド)の少女のようなフカビトへの変質か、あるいは――



---ミカ視点---


 意識が闇に沈んでいく。どこまでも沈んでいく。

 ご存じでしょうか。クロマグロは死体を見せないっていう話。

 浮袋(うきぶくろ)が未発達なお魚さんは、死んでも浮かび上がらずに海の底に沈んでいって人知れず深海魚たちの餌になるのである。


「って、マグロ豆知識を披露してる場合じゃねえ!」


 ぼくが目を覚ますと、そこはだだっぴろい、白い部屋だった。

 飾り気のない。整然というよりはどことなく可愛らしさのある部屋。女の子っぽいって言えばわかりやすいかもしれない。


「……はい?」


 え? ここどこ? ぼく、こんなところで寝てたっけ? いや、そんなわけない。

 えーっと、確か……あのゴブリンの怪獣と戦って……

 

 ぼくは窓を見た。

 外は夜だろうか? 暗い外と明るい室内。その関係で、反射したぼくの姿が映りこむ。

 そこにあったのは、ふよふよと浮く小さな緑の塊――ゴブリンだった。


「なんじゃこりゃあああああ!!!」


 ――これは夢だ。

 自分の体ではないフワフワとした感覚が、これが現実じゃないことを知らしめる。

 夢だってことを自覚したならば、じゃあ目覚めればいいじゃないか、って思ったけれど、でもその気分にはならなかった。なぜなら、


「あらあら、まあまあ。どうしたの?」


 ぼくに――ゴブリンに話しかけてきたのは一人の女性だった。

 歳のころは20歳くらいだろうか。長いウェーブのかかった金髪。おっとりとした優しい目。一緒にいると心がぽかぽかするような微笑みを浮かべる女性だった。

 どことなくリーセル君に似ている気もする。

 動物に例えるならキリンさん。おっとりしている理由は、ライオンすらも一撃で蹴り殺す武器を持っている余裕からくるものだろうって意味で。


 部屋の中で読書をしていた女性は、ぼくが観察しているのを見て、「ふふふ」と微笑んだ。


「あなた。もしかして、この本に興味があるの?」


 いったい、この女性は誰だろう?

 ぼくの記憶にはない。人間のときの記憶のなかにもない。でも、この部屋にある家具はプラスチックとアルミニウム。あるいは合成樹脂でできている。ウィルベルたちのいる浮遊世界のものではない。ぼくが人間として生きていた現代を彷彿とさせる代物だ。


(いったい、これは何の光景なんだろう)


 わからない。でも、この記憶は見なければいけないという気もする。


 ぼくが混乱していると、ぷしゅーっと機械的な音がして、部屋のドアが開いた。

 そこから現れたのは、青白い髪の幼女だった。こちらはどことなくマシロに似ている気がする。でも、その表情は何かあればぎゃあぎゃあと騒ぐマシロとは正反対のものだ。


 幼女がまったく表情を崩すことなく口を開く。


「ミス・リゼット。あなたはロマンティストなのですね。ゴブリンのような単純なAIがそのような感情を持つはずがないではありませんか」


「あらあら、マシロちゃん。そんなこと言うものじゃありませんよ。だいたい、わたしたちは心の力だなんてロマンティックなもので戦っているというのに」


 ――リゼット。

 それは約2000年前。ヒトガタの王と戦ったという始原の勇者の名前だった。

リゼットのお話は次回で終わって、決着つけにいく予定です。

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[良い点] めっちゃ面白い続きをお願いします
[一言] ウィルベル、やけに落ち着いてるなー、とは思ったが、事ここに到っても絶望に染まらないとか心強すぎィ!
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