124.10年前の傷跡
人間って、なんでパンツ履くんだろうね?
あいや。ドン引きするのは待ってほしい。
ぼくってばマグロになってこのかた、パンツ一丁どころか、ずっとマッ裸のマッパーマンなわけ。
だからかな? たまにパンツの魅力について考えてしまうんだ。
単に局部を隠すという目的であれば、ズボンをはけばいい。
にもかかわらず、人間たちはパンツの着脱という余計な手間を増やしてまでパンツを常用しているのだ。こんなに非効率的なことがあるだろうか。いやない(反語表現)。
生前、ぼくがまだ日本人で高校生をしてたころ、校長先生に聞いたことがある。
そのときは「何を言ってらっしゃるうさぎさん。パンツをはくことが普通なのだからパンツをはくべきなのだ。つまりパンツを脱がすことこそがエロスの神髄なのだよ」なんていう返答が返ってきたのだけど。ちなみにその後、校長先生は児童買春で逮捕されたのだけど。
まあ、うちの校長先生が捕まったのはどうでもいい。
ぼくが考えているのはもっと複雑なことなんだ。
パンチラ。
絶対領域――スカートとソックスの間に覗く、何人にも侵されざる聖なる領域のエロティシズム。
いわゆる「見せるつもりはないが、何らかの事情でちょっとだけ見えてしまって、キャーエッチ!」っていう典型的なラッキースケベ。
「あんなのただの布じゃん」
そんな風に笑い飛ばす人もいるけれど、そんなヤツはムッツリスケベ、あるいはホモに違いない。紳士たるもの、パンチラに出くわしたら「ナイスパンツ!」とさわやかにサムズアップするくらいの余裕は必要なんだ。
おっと、もちろん覗きは犯罪だ。断じて許されない卑劣な犯罪である。
でも、まあ? 世の中には不可抗力ってやつがあるよね!
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「エルフの森ってどんなとこなんやろな。楽しみやな。なあ、ミカ?」
時刻は3時頃。首都リヴィエラの東に行くこと約2時間。ぼくらは森の中を歩いていた。
エルフの森、あるいは妖精の森と呼ばれている場所である。
森の中と言っても、鬱蒼とはしていない。適度な間隔で伸びる木々は太陽の光を通し、地面にはハイキングコースのような細い轍がまっすぐに続く。木々の枝にはマリモたちがスズメのように止まり、ちょっと普通の森とは違う、非日常的な雰囲気を醸し出していた。
街道沿いまでは馬車に揺られながらやってきたんだけれど、枝分かれして森の中に進む道へと進路を変えてからは、中型の馬車では車体が大きすぎたため、徒歩で進んでいた。
ちなみにぼくは、熱血系スポーツ漫画におけるタイヤのようにズルズルーって引きずられ中。
んもう! ウィルベルってば、こんなときまで特訓だなんてね。ただでさえ脳みそまで筋肉でできてるのに、さらに筋トレに励むだなんてね。ゴリラだよね。
でも、ふひひ。この体勢から見える世界ってすごい! 下からえぐりこむような角度で、女の子たちのお尻をじっくりと観察できて、パンチラばんざーい――
「って、んなわけあるかぁぁぁああああ!!!」
ぎゃあああ!! 舗装すらされていない地面との摩擦が、ぼくの下腹を容赦なく削ってくるぅっ! 楽しいことを無理やり考えて現実逃避しようとしたけど、それどころじゃねえ!
ファッキンシット! パンツなんてしょせんただの汚ねえ布だ!!!
「さっき、パンツに興味ないヤツは、ムッツリスケベかホモだって言うてたくせに……」
「そんな発言は忘却のかなたにぽーい! こちとら、繁殖期のメスを見つけたら追いかけ回して精子をふりかけるクロマグロだっつーの!」
クロマグロの受精は、前を泳ぐメスが海中に産卵し、そこにオスたちが精子をどぱぁっと放出して、ふりかけることによって成立する。
女の子のお尻を見てるだけで興奮して欲情する変態さん。それがクロマグロという存在なのである!
「ふーん。そんなことより、あっちに見えてきたのがエルフさんの村なんかな?」
くそったれー! このご主人様、こっちの言葉には耳を貸さないつもりだな!?
でも、ふっふーん。
いまのぼくには、そんなことどうでもいい。
ウィルベルが指さした先にある、人工物の柵のようなもの。
あの先で、エルフの美人のお姉さんたちがぼくを待っていると思ったら、お腹がちょっと削り節になったくらいのことなんて大したことじゃないよね!!
「ミカってば、無駄にテンション高いんよ?」
「そらそーよ! エルフって言ったら、美人なお姉さんグループっていうのがスタンダードでしょ! あの奥に魅惑の花園があるって思ったら、テンションもマックスになろうもん!! ……って、あれ?」
意気揚々と村の入り口にたどり着き……ぼくは首をかしげた。
――かつては村だったのだろう。
まず目に入ったのは、壁がボロボロになった廃屋。ちょっと横を見ると田畑を開墾しようとした跡が残り、木製の農具や、朽ち果てた案山子が寂しく佇んでいる。
ありがちといえばありがちな、住人の息遣いが消失した廃墟。山奥の朽ち果てた廃棄集落といえばわかりやすいかもしれない。
「……え? どゆこと? 目的地が滅んでるとか聞いてないんだけど」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ここはまだ目的地ではありませんから」
クエスチョンマークを頭に浮かべるぼくに、なんとも言えない表情で微笑みかけたのはアリッサちゃんだった。
さすが地元民だけあって、事情に詳しいらしい。
「……そうですね。事情を説明するために、あの井戸のあたりで休憩をとりましょうか」
「あいさー」
アリッサちゃんに指示されるまま、ぼくらは村の中央にある井戸に向かう。
改めて見ると小さい村だ。中央から、ちょっと見回すだけで村全体が見渡せてしまうんだもの。
ちょろちょろと流れる小川が、そこだけは牧歌的で、人が住んでいたときはきっと長閑な生活を送ってたんだろうな、って想像するのは易い。
「10年前に、リヴィエラがゴブリンの討伐に失敗したのはすでにご存じですね? その際に村が飲み込まれてしまった結果が、これです」
「これが……」
災害最大到達点。
10年前の災害時には、世界樹からあふれ出したゴブリンゾンビたちはここまで侵入し、エルフたちの必死の抵抗により撃退されたのだという。
「ひどいでありますね……」
ニアがぼろぼろに朽ち果てた板戸を触ると、簡単に崩れ落ちてしまう。
飲み込まれたときの名残なのだろう。建物の壁面には、まるで津波に飲み込まれたような跡が建物に刻まれている。
まるで汚泥交じりの津波に飲み込まれたような跡。あのヘドロみたいなゴブリンゾンビたちに飲み込まれたって言われると、納得できる具合の泥だらけである。
ウィルベルの故郷もそうだったけど、けっこう気軽に村とか街が全滅してんな、この世界。
「……」
井戸の脇には石碑――慰霊碑に、アリッサちゃんが黙祷をささげる。
「もしかしてだけど。ここってアリッサちゃんの……」
「はい。故郷と呼ばれる場所です。とは言っても、2歳のときにレヴェンチカに行って、年に1回帰郷するだけだったので、あまり郷愁はないのですけど」
精霊の目には魔力が輝きとして見える。そして、この世界の魔力とは心の力だ。
いったい、どれほどの数の人たちがこの慰霊碑に祈りをささげてきたのだろう。ただの石の塊に過ぎないはずの、その碑は、
(きれいや……)
ウィルベルがそう思ってしまうほどに、たくさんの人たちの思いが込められていた。
そして、アリッサちゃんの祈りは言葉とは裏腹に、真摯なもので……伝わってくる想いは、悲劇に対する深い悲しみ。そして、二度と悲劇を繰り返させないという強い決意だった。
「……」「……」
アリッサちゃんに倣うように、ウィルベルとニア、サーシャちゃんとクァイスちゃんが静かに黙祷をささげる。
鳥の鳴き声がはっきりと聞こえるほどに静かな時間。それぞれが、この悲劇を二度と繰り返させないという決意を新たにして、
「行きましょうか。ここまでくればもう少しです」
ぼくらがエルフの村に到着したのは、それから20分ほど後のことだった。
【マグロ豆知識】
クロマグロの群れは、先頭を交代しながら海を巡りますが、夏の繁殖期だけはメスが先頭を泳ぎます。
というのも、メスは泳ぎながら産卵しますが(産卵のときですらマグロは止まらないのですね)、その後ろを泳ぐオスたちは海中を漂う卵に、精子をどぱぁっと放出し、ふりかけることで受精を成立させるからです。
女の子のお尻を見てるだけで精子を放出する、魚類のなかでも特殊な性癖の持ち主。それがクロマグロなのです。






