121.幕間:殺してでも奪いとる
サブキャラ視点です
その日、リヴィエラの首都港に到着した浮遊有船に、一組の男女が乗っていた。
一人は可憐な少女。もう一人は剣呑を絵に描いたような大柄な男だ。
男の名はセドルヴェロワ。
塩水の民のなかでも、有数の戦士として名を馳せ、いくつかの国家では指名手配までされている男である。
2メートル近い身長と、鍛えられた肉体。そして幾多の戦いを乗り越えた者特有の圧迫感。
この時期、傭兵として、世界樹の塔から溢れ出るゴブリンたちを目当てにやってくる流れの戦士は多い。が、戦いを生業にする者たちですら目を引かれずにはいられない。まさに歴戦の勇士の出で立ちである。
「セドルヴェロワ様」
そんななか、セドルヴェロワに話しかけてきたのは連れ立った少女――副官のラクチェだった。
少女は首都港の様子を眺めると首をかしげ、
「これはどういうことでしょうか。湾にはゴブリンキングが雪崩込んだと聞いたのですが」
ラクチェが言いたいのは、平穏すぎるということであろう。
ゴブリンキングの災害レベルは3。運が悪ければ1万人単位の死者が出ていてもおかしくない魔獣だ。
だが、港には死人が出たとき独特の悲壮感は欠片もなく、至極平穏で活気に溢れていた。
「なんだい、おじょうちゃん。知らないのか」
不思議そうに首をかしげるラクチェに、話しかけてきたのは漁師の男だった。
「塩水の民どもが去ったあと、レヴェンチカの勇者様が倒してくれたのさ。しかも、逃げ遅れた漁船に一人の犠牲も出さずに、だ」
なるほど。
ゴブリンキングの災害レベルは、言ってしまえばしょせんは3。
一般の者にとっては、恐怖の魔王にも等しい存在ではあるが、勇者たちにとっては取るに足りない相手である。
(だが、少し複雑な心境ではあるな)
災害を起こしたのはクロラド。人々を救ったのはレヴェンチカ。
確かにクロラドは手段を選ばない組織ではあるが、好き好んで被害を与えているわけでもない。
尻拭いをしてもらったことに、感謝の意を示すべきなのだろうが……素直にそれを表すには、レヴェンチカとクロラドの争いの歴史は長すぎた。
ともあれ、それを聞いたラクチェは得心がいったとうなずき、
「なるほど、勇者が……。ならば納得ですね。それにしても単体で3体ものゴブリンキングを打ち倒すとは、さすが――」
「いやいや、違うぞ」
ラクチェの言葉を遮ったのは、違う漁師だった。
桟橋で出港準備をしていたその漁師は、セドルヴェロワが視線を向けるとニカっと笑った。
「あなたは?」
「逃げ遅れたうちの一人だよ。助けてくれたのは勇者だけじゃない。勇者候補生たちもだよ。すごかったんだぜ? マグロ振り回して。ゴブリンキングの魔力光線をはじき返してさ」
「は? マグロ!?」
「おう! しかも、とびっきりに活きのいいクロマグロだぜぃ!」
漁師が無邪気にサムズアップして返すが、ラクチェが半信半疑といった様子である。
それはそうだろう。クロマグロが魔獣と戦うなんて、フィクションにしても荒唐無稽だ。ラクチェの反応は、至極まっとうなものだ。
「知らないのか? 最近、天空の聖女って呼ばれはじめてる娘さ」
言って、漁師の男が取り出したのは、レヴェンチカから発行されている機関紙だった。
その表紙の写真には、どこかで見た顔がデカデカと掲載されていた。
何かの試合の場面だろうか。泥だらけになって、「かかってこいや」と言わんばかりに、挑発的なポーズ。
その姿はあまりにも蛮族の風格にあふれており、
(勇者というよりは、山賊かなにかだな)
セドルヴェロワですら苦笑してしまうほどだった。
「この娘が助けてくれた勇者候補生さ。お魚担いで三千海里。立てばシャーク、座ればビターン! 歩く姿はクロマグロ。――ついた二つ名は『天空の聖女』!」
――ほぼすべての勇者には二つ名がつけられている。例えば、アズヴァルトのギギ・フラメラなら白雷姫。リヴィエラに来訪しているプルセナ・ペルチェッコなら紅蓮の獅子というように。
そのほとんどは勇者になる際に名付けられるものだが、ごく稀に勇者候補生の時代から二つ名で呼ばれている者も存在する。この娘もそうなのだろう。
「でも、"聖女"とはずいぶんと立派な二つ名をもらったものね。名前負けしなければいいけれど?」
ラクチェが皮肉気な言葉に、漁師のほうはポリポリとほほをかきながら、
「名前負けもなにも……『お腹空いたら"聖"書とか齧ってそうな"女"』。略して、聖女だからな……」
「なんてひどい由来なの……」
心底からあきれかえった、と言わんばかりにラクチェが肩をすくめると、漁師のほうも苦笑しながら、
「そう言うない。命を救われたオレたちにとっちゃ、本物の聖女様みたいなもんさ」
「それはそうかもだけれど……」
そんなラクチェと漁師のやり取りを見ながら、
(そうか)
セドルヴェロワは思わず口元を笑みの形に歪めた。
表紙に掲載された生徒の、その戦いぶりを思い出して。
――そうか、あの娘が来ているのか。
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セドルヴェロワとラクチェは漁師たちに別れを告げると、まっすぐにリヴィエラ王都の北へと向かった。
まだまだ開拓されていない、原生林が残る森林である。
「さて、報告では、このあたりのはずですが……。ああ、見つけました。黒船です」
ラクチェが双眼鏡で峡谷と峡谷の谷間を覗き込んで、セドルヴェロワに報告する。
そこに着陸していたのは、ゴブリンキングから損害を受けたというプラパゼータたちの黒船――ヴェルフレイアだった。
ダメージは大きそうだが、修理できないというほどでもないらしい。
「ずいぶんやられたな、プラパゼータ」
崖を降りて、指揮をとっている神父服の男――プラパゼータに声をかける。
プラパゼータは、セドルヴェロワの顔を見ると、歓喜の表情を浮かべ、
「おお、セドル君ではないですか。確かに増員を要求しましたが、まさかあなたが来てくれるとは……。これぞ僥倖。これなら勇者とも渡り合えます。マシロ様のお導きに感謝せねばなりませんね」
「プラパゼータ船長。お言葉ですが、そのような感謝の仕方は失礼ではないですか」
レヴェンチカ――マシロは、クロラドにとっての敵対者だ。
労苦をともなって来訪したにも関わらず、そんなものに感謝されて、ラクチェが立腹する。
セドルヴェロワは、いまさらプラパゼータにそのようなことを言って、どうにかなるものでもあるまいと思うのだが、生真面目なラクチェには許せないことだったらしい。
黒船の修理はほぼ終了しているようで、船員たちは各種の点検をおこなっているようだった。
応急処置とはいえ、クロラドの本拠地に戻るだけなら、今すぐにでも飛び立てそうだ。
「この様子を見ると、人造勇者の実験は失敗に終わったようだな」
嫌味を言ってやるが、プラパゼータは笑顔を浮かべながら、
「とんでもない。大成功ですよ! 世界樹の塔を開くことができたのですからね。確かに100%の成功ではありませんでしたが、充分に成功と言ってもよいでしょう!」
「ずいぶんと楽しそうな顔をする。そのご自慢の人造勇者とやらは、腐海の瘴気に落ちたというのに」
「はい。リュリュのことは残念でした。よい娘でした。優秀な娘でした。10年に1人の天才でした」
うんざりとした表情のセドルヴェロワとは対象的に、プラパゼータは、にこやかに神父然とした相好を崩さないまま、笑った。
「ですが、彼女は命と引き換えに膨大な研究成果を残してくれました。普通の者であれば10年はかかるところを、たった1年で。だから大丈夫ですよ。次はうまくやります」
「プラパゼータ。私はお前のそういうところが嫌いだ。はっきりと言う。軽蔑している」
その言葉に隣に侍ているラクチェ、いやヴェルフレイアの船員たちも目をむく。
セドルヴェロワはもちろん、プラパゼータもクロラドのなかでは指折りの実力者である。
ラクチェや船員たちが、おろおろして二人の顔色を窺っているのは、険悪になって争いに発展しないか危惧しているのだろう。
だが、そんな懸念に反して、
「それはもしかして、そういうところ以外は好きだという告白ですか?」
プラパゼータは、心底から不思議そうに首を傾げた。
この男には皮肉どころか、ど直球ストレートの言葉すら届かないらしい。
「君の気持ちはうれしいです。ですが、いまはそんなことを言っている場合ではないのですよ。コトは急を要するのです。具体的に言うと、君に頼みたいことが特急で1つ」
言って、プラパゼータは1本の指を立てた。
「もったいぶらず、さっさと言え」
いまさら小言を言う気にもならず、セドルヴェロワが要件を促すと、プラパゼータがうなずく。
「はい。リュリュの遺体の回収です」
「遺体? 街ではレヴェンチカの教師に保護されたと聞いたが?」
「そうなのですか? ならばリュリュの生死はどうでもよろしい。魔法宝石の回収さえできればいいのです。あれだけは替えが効くものではありませんからね。
おっと、生きているに越したことはないですよ。彼女はクロラドのなかでは100年に一人の天才です。ここで回収できないと、また100年待たなければ、この実験ができませんからね」
セドルヴェロワは閉口してしまう。
この男はいったい何者なのだろう。
クロラドという組織――レヴェンチカの敵対組織の中で、マシロへの敬愛を高らかに歌うことを許され、そして100年という時間を安易に語る。
誰もその経歴を知らず、最年長の黒船の船長ですら、この男がいつから塩水の民に所属しているのかも知らない。
異物。
クロラドという組織は秘密の多い組織ではあるが、そのなかでもこの男は特別だった。
「場所はわかっているのか?」
「おお! よくぞ聞いてくれました!」
言って、プラパゼータが取り出したのは、懐中時計のような道具だった。とは言っても、時計の針はなく、代わりに光点が点滅している。
「これは?」
「リュリュに埋め込んだ魔法宝石の位置を特定するためのレーダーです。この光点が魔法宝石の現在位置で、場所は――ここから西のようです。浮遊有船でならそれほど遠い場所ではありませんね」
場所を確認したプラパゼータが、船員たちに出航の準備をするように告げる。
「お前も来るのか」
「ええ。魔法宝石は取扱注意の道具ですから。……にしてもおかしいですね。ほら、この点を見てください。移動しているでしょう?
生きているにしろ、死んだにしろ、ああなってしまったリュリュがこれほど活発に動きまわるということは考えにくいのですが」
「誰かが摘出したのではないのか? レヴェンチカであれば外科手術くらいできるだろう」
「いえ。あの魔力宝石は人体に埋め込まれていなければ動作しないのですよ。この反応を見ると、正常に動作しているようです。
あなたの意見が正しいとすれば、あまり考えられないことですが……誰かに移植したということなのでしょうか」
「だとしたらどうする?」
セドルヴェロワの問いに、プラパゼータは朗らかな笑顔を浮かべて答えた。
「殺してでも奪い取ります」
プラパゼータの笑顔の先にあるのは、光点の移動先――リヴィエラの人々が『エルフの森』と呼ぶ集落。そして、
「ちょうど都合のいいモノもありますし、ね」
エルフの森の南西に這い寄りつつある、ゴブリンゾンビの群れだった。
次章は主人公、エルフ、クロラド、ゴブリンゾンビの大群、の4つ巴の戦いとなります。






