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117.プロローグ:緊急事態

プルセナ視点です。次から主人公に戻ります

 プルセナたちが、世界樹の塔から現れたゴブリンキングを討伐し終えたのは、ちょうど、モジャコの危機が去ったときだった。


(大したものだ)


 プルセナは振り返ることなく、感嘆した。

 モジャコを襲った魔獣の魔力の忌々しさから考えれば、一度、船へと戻る必要があるかと思っていたが――


 学生レベルでどうにかできるようなものではないはずだったが、生徒たちだけでなんとかしたらしい。素晴らしい。


「先生? いかがしましたか」


「いや、なんでもない。クァイス、ここは任せたぞ。ゴブリンどもを一匹たりとも通すな」


「はい、先生」


 いま、プルセナとレヴェンチカの生徒たちがいるのは、世界樹の塔の入り口――塩水の民(クロラド)に強引に開けられた扉の前だった。


 塔の扉は両開き。幅は30メートルはある金属製。

 はっきり言ってでかい。かつての先史文明の時代は、どれほどの巨人が闊歩していたのだろうかと思ってしまうほどに。


 その開け放たれた扉からは、


「……まるでカビだな」


 汚らしい茶色に染まった糸状態しじょうたいのゴブリン――通称『ゴブリンゾンビ』たちが、じわじわと地面を侵食するように湧き続けていた。

 その様子は、あるいは大地を埋め尽くそうとするアリの大群のようでもあった。


 強さはゴブリンキングほどではない。だが、数が多い。群れ全体として、蓄えている瘴気の量が凄まじい。


 連中が進む方角は、リヴィエラの人々が住む町村だ。

 歩みは遅いものの、万が一にでも人の居住地にまでたどり着けば、万単位で死者が出るほどの大災害となることだろう。

 

 そんな事態だけは避けねばならない。

 生徒たちがゴブリンゾンビとの戦闘を開始するのを横目に、プルセナはひとりで塔の内部へと歩を進める。


 プルセナの目的は、塔の入口を閉めることだ。

 いまの魔力の残量では戦えない。無限にも思えるほどに湧く大量のゴブリンどもを殲滅しきるのは無理だ。


 一旦、出直しだ。

 もともと世界樹の塔の攻略は3日後の予定だったのだ。いままここで戦うのは本意ほんいではない。


「急がねばな」


 生徒たちは、善戦しているが……だが、いかんせん数が多い。

 普段通りであれば遅れをとることはないだろうが、なにぶん大物と戦った後だ。誰もが疲労していた。


 先史文明の遺産独特の光沢を持つ廊下を、ひとり走る。

 その道中にもゴブリンゾンビたちは襲いかかってくるが、まとった精霊の衣(エレメンタル・ローブ)から放たれる熱波が、近寄ろうとする魔獣たちを阻み、燃やし尽くす。

 その様子は、自ら火に飛び込んで焼かれる虫にも似ているかもしれない。


(……本当に、今年は数が多いようだ)


 このまますべてのゴブリンゾンビを殲滅したいところだが、プルセナとて魔力は無尽蔵ではない。

 少しずつではあるが消耗させられていることに焦燥(しょうそう)を感じながら、急ぎ足で塔のなかを進み、やがて開けた場所――中枢部に到着する。


 中枢部の構造は単純だ。半径50メートルほどの円柱状の(くだ)と言えばわかりやすいか。

 上を見上げれば、天井が見えないほどに高い吹き抜けが広がる。そして、


(何度見ても深い穴だな。これは)


 一般にはあまり知られていないが、塔は地下方向へも続いている。いやむしろ、地下のほうが深い。


 底までの距離は誰も知らない。

 底に近づけば近づくほどに濃くなる瘴気が、過去いかなる人間の侵入も拒み続けているからだ。


 穴の中央にはコントロール・ターミナルと呼ばれる球体があり、ブリッジのように続く細い通路が支えるように水平につながっていて、そここそが、扉を閉めるための命令を発行する場所だった。


 ぎしり。


 細い通路に足を踏みだすと、頼りのない薄い金属製の床の感触が足に返ってくる。


(もしも通路が崩れ落ちたら、どこまで落ちていくのだろう)


 ホォォォォォ……


 底から風が吹いて、重低音が共鳴する。

 かつて塔の研究をしていた者は、この音を"魔王の慟哭(どうこく)"と例えたが。


(なるほど、不気味さにかけては不足はないな)


 ――世界樹の底には腐海の王がいる。


 いわゆる都市伝説と呼ばれるたぐいの話だが、もしかするとこの音が噂の発生源なのかもしれない。


 奈落の底からの這い出てくるゴブリンゾンビたちの妨害をものともせずに、コントロール・ターミナルの前に立つ。


 つるんとした巨大な白い繭。

 これもまた悪魔の卵と言われれば、信じてしまえるような不思議な質感をしているが、いま用があるのは、繭の隣にあるタブレットの形をした操作用の端末だ。


「よし」


 左手で触れると、まるでそれを待っていたかのように、プルセナの指輪にはまった魔法宝石(ルーンジェム)が青白く光り、同時に端末の表面に古代文字が浮かび上がる。


 プルセナにとっては見慣れた光景だ。

 先史文明の遺跡における、恒例の儀式である。


 意味はわからないが、流れるように膨大な量の文字が端末の上を走る。やがて文字の羅列が止まるのを待って、プルセナは言う。


「我が名はプルセナ・ペルチェッコ。世界樹の精霊よ。マシロの名代として汝に願う」


 言葉とともに、端末に描かれた文様が青白く輝き、また文字の羅列が流れ――やがて止まる。


【管理者からの権限の委託を確認しました。命令の受諾シーケンスに移行する前に、管理者からのメッセージを再生します】


『長い歴史をかけてつちかってきた人類の道徳性と、あなたの良心を、信じます』


 機械的なメッセージのあとに再生されたのは、これもまた恒例のマシロの声だ。

 それは本当に短いメッセージだったが、『権限を委託される』ということの意味を痛感する言葉でもあった。


 そして、ふたたび端末に無機質な文字の羅列が流れる。


【命令の受諾シーケンスに移行しました。

 命令を実行する前に、管理者から受けた講習の内容を思い出してください。講習の内容は以下の3点に要約されます。

 1.他人の意見を尊重すること。

 2.行動する前に、いま一度熟考すること。

 3.大いなる力には大いなる責任が伴うこと。

 ……命令をどうぞ】


「……」

 

 至極単純で安易な助言ではあったが、プルセナは目を閉じていま一度、熟考する。


 そのようなことは普段から心得ている。などという考えは怠慢たいまんな者の所有物だ。今一度、あらためてその助言を胸のなかに反芻する。


 そして、命令を伝える。


「扉を閉じろ」


 例年であれば、これで扉を閉じることができるはずだ。しかし、


【セキュリティエラー。不正なアクセスがあったため、開閉システムをロックしております。現在、すべての命令を拒否しています】 


「……なんだと?」


 返ってきたのは無機質な答えだった。


【ロックを解除するためには、root権限をもつユーザによる再起動が必要です。再起動は、マスターデバイスを直接、呼び出して……】


(ちっ、クロラドどもが強引に扉を開けたせいか!)


 プルセナが舌打ちした。それとほぼ同時。


「ジャアアアアアア!!」


「む……」


 奈落の底から叫び声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、凄まじい威力の熱光線がプルセナの立っていた通路を焼く。

 見下ろすと、奈落の側面にゴブリンキングが張り付いていた。どうやら今年は本当に大漁であるらしい。


 さらには、


『先生! もうもちません!』


 イヤリングの通信機に悲鳴が届く。

 入り口でゴブリンゾンビを相手にしている生徒の声だ。


(ここでアレの相手をするとなると、余力がなくなるか……)


 プルセナが逡巡(しゅんじゅん)したのはほんの一瞬。

 

「仕方ない……。一時、撤退する!」


 新たに湧いたゴブリンキングを、残りの魔力を使って一蹴し、プルセナは苦渋の決断を下した。

【マグロじゃない豆知識】

With great power comes great responsibilitey.

「大いなる力には大いなる責任が伴う」


システムエンジニア(SE)や映画ファンには有名なフレーズです。

SE的にはsudo(別のユーザ権限(主に管理者権限)でコマンドを実行する)の際に表示されるお馴染みの文章。


要約すると、「権限があるからって、なんでもやっていいわけじゃないんだぞ」って感じでしょうか。


映画的にはスパイダーマンの名言として有名ですね。


ちなみに、どちらが先かというとスパイダーマン(雑誌Amazing Fantasy(1962年8月号))。

けっこう古い言葉なんですね。

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