112.大自然の大いなる恵みを君に
「フシャアアアア!!」
「ぎゃああああ!!!」
お腹が! ぼくのお腹の大トロが!
いままでさんざん『ぼくの大トロをお食べよ』って言ってたけど、まさかほんとにかじられる日が来ようとは!
しかも、めっちゃガジガジされてるんだけどぉっ!!
魚類は痛覚が鈍いので激痛で気絶したりはしないけど、おなかをモシャモシャされる感覚ってすっごく気持ち悪いっ!!!
あーん! 牙がお肉に突き刺さって、ぶちぶちっと噛み裂かれてるぅぅぅ! ひええ、スプラッタ!
腐海のヒトガタって普通、人間を襲うんじゃないの!? どうしてこんなに食欲旺盛なの!?
はっ!? もしかして、大トロがあまりにもおいしすぎるのが仇になっちゃったとか!? さすがマグロ。人外にも大人気!! ふっ、人気者はつらいぜ……。
「――なんて言ってる場合じゃねええええ!! ほぎゃああああ!? なんっじゃこりゃあああああ!?」
いやああああ!! 噛みつかれたお腹が真っ黒に変色しはじめてるんだけどぉぉぉ!?
マグロの語源には、『身が黒くなるからマグロ』って説があるけど、ぜったいそういうのと違うよね!? もしかして、これが瘴気の浸食ってやつ!? ってことはぼくってばこのまま汚染されちゃうの!?
「やだーっ! 海洋汚染でやられるならともかく、こんな『食べかけを放置してたら腐った』みたいな感じで汚染されたくなーい! ご主人様、たーすーけーてー!」
「ミカ!? ……ええいっ、このっ!!」
ぼくのピンチに動きを見せたのは、大ダメージを負っていたご主人様!
口の血を拭うと、大トロをむさぼるのに夢中になっていたフカビトの頭に飛びつき、
「ぐ……ぬぬぬ!!」
全身の体重を真横にかけ、ひねりあげる!
「ガ?」
でも、あっかーん! ぜんっぜん効いてなーい!!
うんともすんともしてないんだけど、こいつの首の強度ってどうなってんのぉぉぉっ!? そんでもって、ウィルベルを背負ったまま、ぼくのお腹をガジガジしてるんだけど!! どんだけぼくを気に入っちゃったのこの子!?
「先輩、離れてください! ――オクタヴィア、蒼海の・一太刀!」
アリッサちゃんが精霊に呼び掛け、魔力を剣に集める。
とっておきの一撃なのだろう。時間をかけて魔力を鋼鉄製の剣に集中させる。
チャージすること約30秒。刀身が澄んだ湖のような青色に染まる。そして、地を蹴って空たかく大上段から、
「ぃいいいやあああああああ!!」
気合一閃!
必殺の刃がフカビトの首に食い込み、
パキーン
「剣のほうが、あっさり折れたぁぁぁぁッ!!!」
「ア?」
しかも、まったく効果なし。けろりとしたご様子!
カエルの面に水ってレベルじゃねえぞ!? なにこれ、敵のHPが減らないタイプの負けイベント!?
「ガアアアアア!!」
フカビトさんは、ぼくのお腹を咀嚼を再開。
あんやだばー!? 肉体の損傷もやばいけど、瘴気が骨の髄まで染みてきてるぅぅぅ!
この世界にきてから、何回も死にかけまくってるけど今回のは抜群にやばくない!?
ひっひっふー! ひっひっふー。お、落ち着け。ぼく。
そう、クロマグロは汚染に強いお魚さん! こんなことで慌てないのである!
ええっと……マグロ・グランドフィーバーで汚染された海域に突っ込んだらどう対処してたんだっけ……!?
クロマグロのメチル水銀の生物学的半減期が50日でしょ? そんでもってキレイな海域に移動して、水をガブガブ飲んで――そうだ、思い出した!
「おりゃああああ!!」
じょぼじょぼじょぼ……
きれいな放物線を描いて、ぼくの体内に蓄積された水分とともに、むわっとした瘴気が外に排出されていく。
肝臓を通って、濾された水分が太陽の光を受けて七色の虹を描く。
わーい、きれい!
「ヒギャアアアア!!!!」
悲鳴をあげたのは、モロに飛沫をくらったフカビト。
噛みついていた口を離して、液体――おしっこの直撃をくらった顔面を覆いながら空を仰ぐ。
ははっ。まるで日光を浴びた吸血鬼みたい!
でも、おかしいな? さっきのアリッサちゃんの魔法をくらったときは平気だったのに、なぜこんなことで?
……。…………!
ひらめいた! もしかして、こいつ、おしっこに弱いのでは!? 邪悪な奴が聖水に弱いって”RPGあるある”だよね! ならば、
「わははっ。ざまぁ! 無料でマグロ食えると思うなよ、このやろー! よっしゃ。エラからもマグロ汁びしゃー!!」
ぶしゃあ!
さらなる追い打ちをフカビトに――
『……ッザケルナァァアアア!!!』
「ひぎゃああああ!! 怒ったァッ!? ナンデエエエエエ!?」
「なんでもなにも……」
「そらそやろ」
アリッサちゃんとウィルベルからもツッコミが入ったんだけど!?
おしっこを顔面にぶっかけただけなのにね。おかしいね。
『おかしいのは』『おまえのオツムだよ』『えんがちょ』
くそっ。ゴブリンからも罵声が浴びせられた!?
だがしかーし! 待っていただきたい!!
魚の尿や、エラから排出される水にはリンやアンモニウムが含まれているのだ。
そしてそれは、サンゴ礁などに適度な栄養素を与える役目をもっているのである!
「そう! 言うなれば、ぼくのおしっこは大自然の大いなる恵み! 人間のなんかとは格が違うんです!!」
『シルカ! アホ! バカ! ヘンタイっ! オタンコナスッ!』
フカビトがぼくを罵倒してくるけど……おかしいね。自我を失ってるはずなのにね。この子、めっちゃ喋りはじめたんだけど。
【マグロ豆知識】
生物学的半減期とは、生体中に存在する特定の物質の量が、代謝などによって1/2に減少するまでの期間を言います。
魚介類では水銀やメチル水銀、セシウムの濃度関係で使われることが多いヤツです。
この半減期ですが、『淡水魚』『海水魚』という括りで見た場合、基本的には海水魚のほうが短い=排出が早い傾向があります。
というのも、以前の豆知識で書いた通り、海水魚は浸透圧の関係でほぼ常に海水を飲んでおり、(尿だけではないですが)体から水を排出しつづけているからです。






