105.正気なんかじゃいられない
「うひょおおおおっ!!!」
速い!
地球の船でも不可能じゃないかって速度で、モジャコが水面を突き進む。
普通の船なら、ジャンプしたらスクリューが空回りするものなんだけど、もともと空を飛ぶ船なせいか、波で飛び跳ねて摩擦係数が減るとさらに加速していく。
飛行機と違って揚力で浮いてるわけじゃないからなのかな?
そのベクトルパワーを前進する力に変えれば、これくらいの芸当は可能なのかもしれない。
もちろん、船員たちも無事ではいられない。
気を抜けば転げたり、水面に投げ出されそうになるほどの振動がずっと止まらない。
なるほど……。さっき、アミティさんがビビるような表情を浮かべたのはこのせいか……。
「死ぬ! 死ぬ! 死んでしまう! おい、誰か止めさせろ!」
悲鳴を上げるのは涙目になったレアさん。
降ろす時間ももったいないと言わんばかりに強制的につれてこられた姫騎士様は、さっきの凛々しさはどこにいったのやら。
『次。10秒後、スプラッシュロール!』
なに、その用語!?
と思ったら、船が傾いていって宙を飛ぶ。空気を壁にしてカーブするように曲がっていく。
進路上にいた、背の低い船の上を飛び越えて――着水!
衝撃が船体をゆらし、油断すると船から振り落とされそうになる。
「お前たち、絶対に正気じゃないぞ!?」
あまりにもデタラメな軌道と、無茶な操船にレアさんは半狂乱。
でも、ぼくも同意!
地球だったら「安全対策どこいったんだ!」って問題になって、偉い人のクビが飛ぶレベルの機動なんだもの!
でも、うちのご主人様ときたら!
「すごい!」
船首のウィルベルが表情を輝かせる。
モジャコが進むのは決して最短ルートじゃない。
というより、最短ルートで進んだなら、右往左往する漁船に確実にぶつかるに違いない。だっていうのに。
「すごい! すごい!」
どうやったら数十の船がバラバラに逃げてくるなかを、ぶつからずに逆走できるというのだろう。
水上をドリフトしながら、すさまじい水しぶきをあげて進むモジャコ。
その機動力は地球上にあるどんな船よりも高いに違いなかった。
「しかし……間に合わんぞ!」
レアさんの言うとおり、ぼくらの目の前では、前進するゴブリンキングがついに一隻の漁船を射程範囲におさめていた。
「ヌオオオオン!!!!」
雄叫びとともに口腔に灯る魔力の光。
その眼の奥には、かつての狂ったクラーケンやドラゴンと同じ紫色の輝き。生あるものへの憎悪の炎である。
「ミカ、いくんよ!」
難所を乗り越えて、モジャコの進路が安定するのを見てとったウィルベルがぼくの尾を掴む。
「おうともさ。どんとこい! ぬわーっ」
ジャイアントスイングの要領で振り回されて――投擲!
一瞬だけ空中制動を発動させたぼくの背にウィルベルが乗り込み、
「間に……合えぇぇぇぇっ!!!!」
高度は湖面スレスレ。イメージはさっきのモジャコ。浮遊のためのベクトルパワーを前進する力に変えて突き進む。
「熱っ! 熱っ!」
水面がまるでコンクリートみたい!
流線型の胴体がうまく摩擦を受け流さなければ、お腹の大トロがダイコンおろしみたいに擦られてしまうんじゃないかなってくらいの摩擦。
漁船までの距離はあと100、90、80……。
さらには速度をマジカル・ラムジュート換水法で魔力に変えて。
「ヌオオオオオン!!!」
カッ!!!
ゴブリンキングが容赦なく熱光線を吐く。
「そうは、させんっ!」
中トロモード発動!
薄い膜がドレスのようにウィルベルを包み込む。
ウィルベルがぼくのしっぽをつかみ、狙われた漁船を追い越し、その前に飛び込む。
スイングはインコース高めのビーンボールに対するようなちょっと窮屈そうな感じ。
体幹で無理矢理に回転力を作り出して、
「でやあああああ!!!!」
バヂィッ! あつーーーーーい!!!
さすが災害レベル3!
いままで食らった中で一番威力が高いんだけどおおお!?
あばばばば! 焼き魚になっちゃう!
「でも!」
ちらりと見えるのは守るべき存在。
ぼくらの真後ろには無辜の漁船がたくさんいるのだ。泣き言なんて言ってられない。
よくよく考えるとマグロが漁船を守るのって、自殺行為じゃね? それってどうなの? って気がするけどね!
「ぐ、ぐぬぬっ……」
でも、あっかーん!!!
さすが災害レベル3。いまのぼくらじゃ力不足。力と力のぶつかり合いじゃ、押し切られちゃう!
「大丈夫。うちらなら、やれるっ!」
そんなこと言っても……ハッ!?
「猿以下の知能のクロマグロと違って、ちゃんと賢い人間であるご主人様は何かいい方法を思いついたとか!?」
「こ、根性おおおおっ!!!」
くそったれええええ!! ウィルベルに知能を期待したぼくが馬鹿だったよ!
バヂヂヂと魔力光線がぼくの肌を焼き始める。
あっかーん! もう限界や! 天国のおばーちゃん。今度こそ会いに行くよ!
――その時だった。
カッ!
一瞬だけ、ウィルベルの魔力の出力が上がった。
それはほんとのほんに少しだったけど、均衡する魔力のぶつかり合いを打破するには充分だった。
「おおお?」
一瞬だけパワーアップしたぼくのボディが魔力光線を弾く。
カァーん!!!
ファールチップ。
熱光線がぼくらの右後ろ、上空に向かって、スライスするように巻きながら飛んでいく。
「ヌオオオオオン!?」
たかだかファールチップだっていうのに、一番打者ホームランを打たれた投手のごとく、ゴブリンキングが嘆きの悲鳴を上げる。
なんて大げさなやつなんだろう。
熱光線は遥か空の彼方に飛んでいき、やがて花火のように爆発した。
「い、いまのは……」
呆然とその軌道を眺めるのはウィルベルも一緒。
まさか、根性なんてもので魔力の出力が上がるわけもあるまいし。
そんなおり、ウィルベルの服の中から、もぞりと顔を出したのは一体の小さな緑色の妖精。
「いまのは君が?」
『……?』
ウィルベルの問いにゴブリンは首をかしげるように、ふるふると揺れる。???って感じの動きである。
人間の言葉は妖精には聞こえていないからね。しかたないね。
だからと言って、ぼくが通訳している時間もない。
「ヌウオオオオオン!!」
さっそくゴブリンキングが次弾を口腔にチャージし始め、
「では、これより世界樹の塔、前哨戦を開始します」
モジャコの船上、アーニャ先生の声とともに人間たちの反撃が始まる。
【マグロじゃない豆知識】
マリモの大きさは最大で30センチほどになると言われています。
これ以上大きくなると、マリモの中心に日光が届かなくなり中から腐って割れてしまうからなんだそうです。(割れたあとに、また新たに球状を作り出します)
ちなみに日本最大のマリモである秋田県の鳥海マリモの大きさは1メートルを超えます。
というと、あれ? ってなりますが、鳥海マリモは2種類の苔が絡み合ってできたもの。
俗称としてマリモと呼ばれていますが植物としての毬藻ではないのです。






