103.幕間:第一回人造勇者計画 とその顛末
今回はサブキャラ視点です。
次回は主人公視点に戻ります。
「プラパゼータ船長。何をされてるのですか?」
神父姿の男――プラパゼータが世界樹の幹をチュパチュパとし始めるのを見て、塩水の民の少女――リュリュは思わず尋ねた。
目の前の樹木――世界樹アーフェアは、何本の樹木が複雑に絡み合い、その内側にあるはずの世界樹の塔の入り口を閉ざしている。
神話が正しいとするならば樹齢2000年。天を突くほどに高くそびえ立ち、その幹の直径は塩水の民の保有する黒い浮遊有船――通称『黒船』よりも長い。
まさに世界樹という呼び名にふさわしい風格である。
(なるほど。これなら信仰の対象になるのも納得ね)
信心の欠片もないリュリュがそう思うほどに、雄大な樹。その根元で。
「あの、プラパゼータ船長?」
神父姿の男の奇行は止まらない。
キスするだけやと思いきや、舐めたり舐ったり。それどころかディープキスをするように音を立ててチューチューと吸い始めたり。
やっていることは変態そのものだが、その表情は真面目な顔そのもの。何かの実験と言われても信じてしまえるような真摯さであった。
――ちゅぱちゅぱ。
リュリュの問いを無視し、ひざまずきながら、さらに根と土の間を丹念に舌で舐めつづけるプラパゼータ。
彼自身が物腰の柔らかそうな理知的な見た目をしているのもあって、奇想天外な異常者というより、
(何をやっているか理解できない自分のほうがアホなのではないかと思ってしまうわね……)
もちろん、そんなわけはないのだが。
そうやってプラパゼータが樹を味わうのをしばらく眺め、一段落したところで、リュリュはもう一度問う。
「美味しいのですか?」
「うん?」
世界樹を舐めることに満足したらしい。
プラパゼータは、今度はリュリュの質問に対して振り向き、きょとんとした表情で浮かべた。
「リュリュ。君はおかしなことを聞くのだね? 美味しいはずがないだろう。相手は樹だぞ?」
至極当然と言わんばかりの声音。
いや、まあ……その通りではあるのだけれど。
「ええ。ですがプラパゼータ船長。あなたがあんまりにも美味しそうに、夢中でしゃぶりつかれていたように見えたので」
「おお、なるほど!」
得心がいった、と満面の笑みでぽんっと手を打つプラパゼータ。
(なるほど! じゃねえわよ)
リュリュは毒づきたくなったが、ぐっと我慢。相手は船長。とても偉いのである。
「うむうむ。この樹は、我らが偉大なるマシロ様の奇跡の産物だからね。舐めたらもしかして何かを発見できるかなって思ったんだ。もっとも。何も新しい発見はなかったが」
はあ……。
リュリュは思わずため息をついた。そんなことを言っているから、こんな辺境の地へと飛ばされるのだ。
というのも、プラパゼータの神父姿は決してコスチュームプレイではない。
……いや、神父の免許をもっていないのでコスプレには違いないのだが。驚くことに、この男は敬虔なマシロ信徒なのである。
レヴェンチカと敵対する塩水の民。
そのなかでマシロを敬拝する異端者。そんな男が組織の中でどのような立場に置かれるかなど、想像にかたくあるまい。
20隻しかない黒船の船長をまかされるだけあって、優秀な男であることには間違いはないのだが……。
「ですが、プラパゼータ船長。それは舐める理由になっていないかと」
「? ノーリスクかつゼロコストで何かを発見できるかもって思ったら、誰だって樹くらい舐めるだろう?」
真面目に。大真面目に。
きょとんとされて、リュリュは空を仰いだ。
そんなリュリュを見て、プラパゼータはまたしても首をかしげたが、特に何も感じなかったらしい。
「リュリュ? 空になにかあるのかね? まあ、いい。ではそろそろ実験を始めよう。おーい。みんな、ケーブルを持ってきてくれたまえ」
「アイアイ・チーフ!」
黒船のクルーたちに向かって指示を出すと、返事とともに船員たちが大人の腕ほどのありそうな太さのケーブルを3本ほど担いで持ってくる。
ケーブルの元は黒船の浮遊装置につながっており、スイッチひとつで魔力を流し込むことができるという代物だ。
あっという間にリュリュの前には3本のケーブルが並べられて、そしてリュリュの出番がやって来る。
リュリュの役割、それは――
「どうした? さあ、早く脱ぎたまえ」
「あの、本当にこんなところで……?」
脱げと言われて周囲を見まわす。
近くに人はいないが、遠くには漁船が見える。望遠鏡があれば隅々まで見える、そんな距離。
だが、リュリュがためらうのを見て、プラパゼータおよび船員たちはみな真摯に「うん」とうなずいた。
そこに性的な興奮はなく、みな一様に実験だけを気にしているという様子である。
この黒船――18番艦『ヴェルフレイア』は研究のためのつくられた船で、戦闘力というよりは様々な実験機材を積んだ船だ。
ゆえに、乗組員も研究員気質の者が揃っているのだった。
(はあ……)
彼らにデリカシーを期待するのは無駄なのだろう。
リュリュはあきらめて外套をはずす。
するり。
そこから現れたの、すらりとした女性特有のしなやかな肢体と、ゴムのような素材でできたボディスーツ。
ぴっちりとしたスーツがリュリュの体型をほぼそのままに外界にさらす。
下手をすると全裸よりも恥ずかしい。が、この船の船員たちは誰も気にはしない。
(それはそれで癪だけど)
ボディスーツにはプラグを接続するための金属端子がついていて、さっそくケーブルの先端がガチャリと挿入される。
まだ魔力は流しこまれていないものの、それでも接続されたときには体中に刺激のようなものを感じる。
「ふぁ……」
思わず声が漏れる。同年代の男性が聞けば劣情を催しそうなものだが。
「リュリュ。大丈夫かね?」
むしろ心配そうに気遣ってくれるプラパゼータ&船員たち。
そこに見えるは真摯たる科学への熱情。それ以外の何物も垣間見えることはない。
(いい人たちなんでしょうけど――)
「やはり全裸にオイルを塗って、素肌に直接的に接触させたほうがよかったのでは?」
「うーむ。それだと逆に係数が落ちるからなぁ」
「科学よりも彼女にかかる負担の軽減のほうが重要だろう。人命をなんだと思っているのだ! よし。次は全裸にしよう」
こいつら全員、イワシに頭を貫かれて死ねばいいのに!
いい人たち、なんて思ったこっちがバカだった!!
なんてデリカシーのない連中なのだろう!? お前ら全員地獄に落ちろ。
――それはともかく。
「よし。準備はいいな!」
準備が整ったのを見てとって、プラパゼータがうっとりと嬉しそうに世界樹を撫でる。
この男はいつもこうだ。マシロ関係のものを見ると、それこそ劣情をもよおすのである。
なんでも、いつまでも変わらぬ幼い姿がイイらしい。ロリコンめ。死ね。
リュリュの心中の罵倒に気づくこともなく、プラパゼータは手を大仰に広げた。
これから行われる実験の結果に期待を膨らませているのだろう。
「さて。世界樹の塔の入り口を開くにはマシロ様の承認が必要だと言うが……よし。やれ!」
「アイアイ!」
プラパゼータの指示に応えて、黒船の動力が動き出す。
キンキンという音がケーブルを通して伝わってくる。
(きたっ!)
びくん。
すさまじい圧力がケーブルを通して伝わってくる。
おおよそ、最高ランクの精霊がもつ魔力にも匹敵するすさまじい力。
もちろん、魔力の多寡で世界樹の塔への入り口を開くことはできない。
だが、リュリュであれば。
人造勇者・実験体第一号であれば。
高まる魔力のまま、リュリュは世界樹の表面を撫でる。
――反応は唐突だった。
【塔への入場申請を授受。対象者の権限を確認します。……。……。権限を確認しました。塔の入り口を開きます】
「プラパゼータ船長、いまの声は……?」
「声? 何か聞こえたのかね?」
プラパゼータ船長だけではない。その他の船員たちも同じように首をひねる。
(……わたしにだけしか聞こえていない?)
だが、その原因を考える時間は与えられなかった。
ずずず……。
音を立てて、世界樹の幹がまるで生き物のようにワサワサと動き出す。
蛇のように。ウナギの群れのように。
「おおおぉ……」
歓喜の声をあげるのはプラパゼータだけではない。
ほかの船員たちも自分たちが成し遂げた偉大なる成果に自己陶酔するようにうっとりとする。
(女性の肉体には興味を示さないのに、おかしな人たち)
そしてふと気づく。
「――ところで、世界樹の塔を開くと、一番初めに守護者が現れると聞いているのですが、その対応はどうされるつもりでしょう?」
人造勇者と言っても、現在のリュリュはマシロの認証を真似るだけ。
本物の勇者のような戦闘力があるわけではないのである。
その質問に船員たちはきょとんとし、その直後。
「ヌオオオン……」
開いた塔の入り口からヌッと現れたのは巨大な魔獣。
茶色い泥を固めたような、身の丈数十メートルもある巨人。
確か……災害レベルにして5くらいのとても強大な魔獣だったような……。
つーっとリュリュの額に汗が流れた。
この黒船は研究所的な要素が大きいため、災害レベルの魔獣と戦闘できるようなものではない。
このなかでもっとも高い戦闘力を有しているのはプラパゼータではあるが……災害レベル5を相手にするのはさすがに役者不足というものだろう。
「ヌオオオオオン……」
魔獣の口腔に、非常に強い魔力の光が生まれる。
もちろん狙いはリュリュたち。
不届きにも塔に不法侵入しようとした不埒者である。
「……」
「……」
「あ」
魔獣が即死レベルの魔力をチャージし終わったあたりで、プラパゼータが「思い出した」と言わんばかりにぽんと手を打った。
くそったれ。どいつもこいつも地獄に落ちろ。
――直後、すさまじい熱光線がリュリュとプラパゼータたちを襲った。






