第44話 ゾンビエリア攻略
「キャっ! な、なにコレぇ!?」
という双葉さんの悲鳴で、僕の意識は目覚めた。
「んあー、ど、どうしたのさ双葉さん」
ぼんやりした頭で、寝ぼけ眼をこすりつつどうにか起き上がる。
「大変だよ小太郎くん! 妖精広場なのに、魔物がいる! あと、名前で呼んで!」
「ええっ、魔物!? マジでっ!」
そいつは一大事だ。妖精広場は僕らの安全を確保する唯一の安息地。実は侵入できるモンスターがいる、なんてことになったら、見張りを立てなければいけない。
「ほらっ、アレ! 黒いスケルトンだよ!」
「うわっ、ホントだ! なにアレ、スケルトンの亜種か!?」
ソイツは子供くらいの小さな骨格だが、金属質な黒光りする骨を持つ、漆黒のスケルトンだった。広場の隅っこで、槍を手に、一心不乱に鋭い突きを繰り出しては、鍛錬に励む騎士みたいに素振りをしていた。
「あ、ごめん、メイちゃん、アレ、僕が作った泥人形だから」
「えっ、そうなの?」
起き抜けの頭で混乱してしまった。どこからどう見て、昨晩作り上げた『汚濁の泥人形』である。
とりあえず、その旨の説明を終える。
「へぇー、そうなんだぁ」
「うん、これでもう少しくらいは、メイちゃんを援護できると思う」
「ありがとう、小太郎くん」
弾ける笑顔のメイちゃんは、もう完璧に美少女だ。凄いな、ダンジョンダイエットって。
「それで、あの子はなんて名前なの?」
「えっ、名前?」
「ないの?」
「ないよ?」
でも、名前か。確かにあった方が便利かもしれない。メイちゃんが泥人形に指示を出したい時とか、名前で呼べたらスムーズだろうし。
「よし、じゃあレムで」
泥人形、ゴーレムだから『レム』と呼ぶ。見た目はスケルトンだけど。
安直なネーミングを決めたところで、僕はいまだ律儀に素振りを続ける泥人形ことレムを呼び付ける。戻ってよ、と念じれば、レムは明確に僕の意思をテレパシーで受け取ったかのように、ピタリと素振りを止めて、こちらへ骨の体をガシャガシャいわせてやってきた。
僕らの前に立つと、背筋というか、背骨をピンと伸ばして直立不動。手にした槍は真っ直ぐ縦に持ち、鎧でも着せればアンティークの騎士象みたいなポーズとなる。
「礼儀正しい、良い子だね」
「うーん、確かに、スケルトンやゾンビみたいにボンヤリしてないね」
これといって僕がこの姿勢での待機をイメージしたわけではないけれど、こういう風に動いてくれたということは、もしかすれば、多少の自我があるのかもしれない。あるいは、簡単な自立行動をさせるAIみたいな術式が刻み込まれているだけの可能性もあるが。
「今から、お前の名前はレムだから」
「これからよろしくね、レムちゃん」
「ガガ」
返答するように顎を鳴らして、レムはカクンと頭蓋骨が落ちるような感じで、頷いて見せた。
こうして、晴れて使えそうな泥人形レムを仲間(?)に加えて、僕らはさらにダンジョンの奥へと進んで行く。
「――うん、やっぱりそこそこ戦えるね」
相変わらずゾンビエリアは続いているようで、出現する魔物の種類に変化は見られない。石の通路に、たまにある大通り。そして、大小さまざまだけど、墓地の森があった。
まず確認したのは、レム単独での戦闘能力。スケルトン、ゾンビ、共に一対一なら、十分に勝利できる。
スケルトンはボンヤリしていて鈍いから、僕が明確な立ち回りのイメージを出せば、その通りに素早く動いては、躊躇なく槍で骨の体を打ちすえる。槍の一撃で地面に転倒させたら、トドメに石突で頭蓋骨を砕く。
ゾンビの場合は、スケルトンよりもやや苦戦を強いられる。槍で刺しても、怯む個体と怯まない個体がいる。大抵はゴーマゾンビのような小型の奴は大抵怯むから、そのまま滅多刺しにすれば倒し切れる。怯まなかった場合は、そのまま組みつかれて、押し倒されてしまうことが多かった。
けれど、レムの体は硬質な黒い骨のみ。ゾンビの腐った顎でガブガブされても、表面が多少、削れる程度。痛みはない。レムは痛がらないし、僕にダメージがフィードバックするなんてこともない。
だから、そのまま噛みつかれた状態で、レムに持たせた、元は僕のサブウエポンだったゴーマのナイフを使って、刺しまくる。ほどなくすると、ゾンビは動かなくなる。ある程度、肉体が欠損すると活動停止するのか、それとも腐った血を一定量失うと死ぬのか、死亡条件は分からないが、ともかくゾンビはそんな風に殺せる。普通の人間より、死ぬ寸前まで動き続けてちょっとタフ、くらいの体力といったところだ。
「レムちゃんは、小太郎くんの傍に置いて、守りに徹した方がいいかもね」
レムのいいところは、なんと『腐り沼』に浸かっても溶けないことだ。『黒髪縛り』も溶けなかったことを思えば、僕の呪術なら互いに干渉しない、あるいは無効化の耐性を有している、ということなのだろうか。
ともかく、沼のど真ん中で格闘できるレムは、僕の護衛としては最適な人材だ。
レムには正式に僕が持っていたゴーマ製の槍とナイフを授けて、僕は手ぶら……というのは流石にまずいので、最後のサブウエポンとして鞄に仕舞っておいた、鞘のないナイフを布を巻いてベルトに差して持つことにした。それと、無いよりはマシということで、恐らくこのダンジョンにおける最低ランクの武器である、スケルトンの持つ棍棒を装備することになった。
僕の武器だけワンランク下がってしまうが、それぞれの役割を考えれば、これが適切な配分だろう。
「本当は少しでも前衛の戦力になればと思ったんだけど……ごめんね、流石にいきなり前衛で活躍できるほど、強くは作れなかったみたい」
「あはは、いいの。うっかり、私の斧が当たっちゃったら、レムちゃん壊れちゃいそうだし」
壊れそう、というか確実に壊れますね。メイちゃんが豪快にスケルトンを木端微塵に吹っ飛ばすように、レムもボロボロに砕け散ってしまうのは確実だ。
「その内、前衛同士でも連携がとれるように練習しておいた方がいいかもね」
今度こそ仲間が出来た時、それくらいの注意を払って戦えないと厳しいだろう。
そんな感じで、レムは僕を守る盾としての役割を得て、ダンジョンを進む。メイちゃんの圧倒的戦闘力のお蔭で、やはり道行は順調そのもの。墓地の森で時折出没するゴアも、彼女は難なく処理する。最初に遭遇した時のが一番数が多かったから、二体や三体くらいだと、ゴアもそれほど脅威ではない。
一応、ゴアからは小さいながらもコアがとれる。脱出するのにどれほど必要になるのかは分からないけど、少しずつでも、集めておいた方がいいだろう。このテの素材取集って、いざ必要になってから始めると、途端に面倒くさくなるのは、ゲームでのセオリーだ。
ゴアはコアの入手という一面に加えて、その鱗と甲殻で順次、レムを修理していく。レムを寝かせて、再び『汚濁の泥人形』を使うと、例の黒い混沌の沼が現れて、素材とレムを飲みこみ、ピカピカとなって帰ってくる。
割とお手軽な回復手段があるということで、レムの運用も思い切ってできるのがありがたい。ちょっと無茶させて、手足が砕けてしまっても、スケルトンとゴア素材があれば、それくらいなら問題なく修復できる、という確信めいた感覚が僕の中にある。ただ、完全に砕けて行動不能にさせられた場合、またイチから作り直しとなるのは間違いない。
流石に、もう見抜きの罪悪感はこりごりだ。でも、この先ずっと我慢がきく自信も、ないんだよなぁ……
そんなことを考えてしまう僕にバチを与えるかの如く、不意に危ない場面に直面することもあった。
それは、普通の通路を進んでいた時のこと。突如として、前後から挟み撃ちするように、ゾンビの群れがワラワラと現れたのだ。
「メイちゃんは前を食い止めて! 後ろは沼を張って、何とか僕とレムで持ちこたえるから」
「うん、早く全滅させて、そっちに回るから!」
中々に厳しい防衛戦だった。ゾンビの数は、思ったよりも多い。
「――くっ、沼ももうイッパイかよ」
戦闘開始から一分と経たず、僕が展開させた『腐り沼』は突撃してきたゾンビの死骸で溢れてしまう。倒れながらも這いずって突破しようともがくゾンビを、レムが槍で突っ突いては押し返して食い止める。僕も手にした最弱武器であるスケルトンの棍棒で、ゾンビを水際で上陸阻止。
触手の操作と同時並行で直接攻撃もしていたから、ついうっかり手元が狂って棍棒がすっぽ抜けて、自分の沼にドボンさせて消滅させてしまうというドジを踏んだりもした。
それでも、棍棒を失った頃には、かなりのゾンビを血色の水面に沈めることができていた――しかしながら、まだゾンビは残っている。
ここからさらに下がって、もう一度『腐り沼』を張り直すほどのスペースはない。メイちゃんはバッタバッタと前方のゾンビを薙ぎ払って進んでいるようだけど、通路が死体で一杯なら、沼を展開させても意味はない。
「くっ、捌き切れない……」
ゾンビの数は、あと十体くらいだろうか。レム一体で食い止められる数じゃない。僕はたった一体のゾンビと接近戦になったら、その時点でもうお終いだ。首筋に噛みつかれたら、もう取り返しのつかない致命傷となる。最悪、ゾンビモノではお馴染みの、噛まれたら感染ということだって。
『腐り沼』は広げられない。けれど、コレ以外で十体のゾンビを始末する攻撃力は得られない。何としても、新たに『腐り沼』を展開させないと――
「いや、場所ならまだ、あるっ!」
僕は左右の手を掲げて『黒の血脈』を呼び起こす。両の手の甲に浮かび上がるのは、同じく一つ目の紋章。
両手を左右に振るうと、呪いの血が数滴の飛沫となって、両サイドの壁に付着する。そう、壁だ。地面がダメなら、壁に張ればいいのだ。
「朽ち果てる、穢れし赤の水底へ――『腐り沼』っ!」
壁面に付着した血痕は、瞬く間に猛毒の血の池と化して広がって行く。成功だ。垂直の壁面でも、『腐り沼』は壁そのものが変化したかのように、そこに強酸性の水面を張りつかせていた。
そこまでで、もう全力疾走で通路を駆け抜けてくるゾンビとの間合いはギリギリだった。
「沈めっ!」
壁の沼のど真ん中から呼び出す『黒髪縛り』は、獲物を見つけた大蛇のように、鋭い動きで走り抜けるゾンビを捕えた。
「ブォアアアアアアアアアアアアっ!」
ゾンビでも痛覚はあるのだろうか。強かに壁面の猛毒沼に叩きつけられて、絶叫を上げる。
今の僕が呼び出せる三つ編み縛りの黒髪触手は最大で四本。四体までなら、同時にゾンビを捕えきれる。
「ちいっ、やっぱり即死は無理か、けどっ――」
しっかり溶かし切らないとゾンビは動き続けるが、壁面に叩きつけられた左右のどちらか片方はすでにかなり溶けてしまっているので、ここで触手を手離しても、再び走ってくることはできない。大ダメージが入って、もうロクに戦闘行動がとれないならば、放っておいてもいいってことだ。
僕は四体をリリースすると、さらに駆け込んでくる新たなゾンビを捕えた。これで、合わせて八体のゾンビは戦闘不能。
けど、相手の数は十体。いや、よく見れば十二体はいる。
その内の二体は、溶け終わった路面の沼地に足をとられて、いつものように自滅していく。けど、残った二体は仲間の死体を踏み越えて、さらに四体の尊い犠牲によって黒髪触手から逃れ、いよいよ僕へと迫ろうとしていた。
「ガガァーっ!」
そこで、気勢をあげて立ちはだかったのはレムだ。初めて見た素振りよりも、鋭くなった突きを繰り出して、ゾンビの胸元を正確に貫く。だが、今回の挟撃で出現したゾンビは全て成人型。突進の威力を殺し切れない。
ゾンビは胸のど真ん中を貫かれたまま、ズブズブと構わず穂先を自らの肉体を貫通させてレムへと迫る。刺されたまま前進されたら、引いて二撃目を繰り出すことはできない。
「頑張れ! そのまま叩きつけろ!」
レムは心得たとばかりに、槍を手放し、迫るゾンビの腰元へとしがみつく。真っ向からのパワー勝負ではゾンビに分があるけれど、一突きでもして多少はダメージの影響があるのか、ゾンビの足取りはふらついて怪しい。小柄なレムでも、渾身の力を振り絞れば、どうにかこうにか、壁面の沼へ押し込むくらいのことができた。
けたたましい絶叫をゾンビがあがる、と同時に――
「アァアアアアアアアアアっ!」
最後の一体が、僕に向かって飛びかかってきた。
全十二体。八体は触手で無力化。二体は自滅。一体はレムが喰いとめた。けれど、最後に残った一体、あと一体を、止める手段がもう、僕には残されていなかった。
槍はレムが持ってるし、棍棒はさっき失くしたし、僕には今、ロクな武器がない。サブウエポンとして引き抜いたナイフは、あまりにちっぽけで、猛り狂うゾンビを前にすれば、お守りほどの効果もない。僕はブルブルと震える両手で固くナイフの柄を握るだけで、急所を一発で貫けるクリティカルヒットを繰り出せるような自信はなかった。
あっ、ヤバい、これ死んだ――
「私の小太郎くんに触るなぁああああああああっ!」
物凄い雄たけびが轟いた、と思った次の瞬間、ゾンビの頭が弾け飛んだ。
一拍遅れて、僕の長めの髪がブワっと強烈な風圧を受けたように舞う。
腐った血と脳漿とをまき散らしながら崩れ落ちるゾンビを見送るよりも、僕は振り返っていた。
そこで一瞬見えたのは、後ろに伸びきったメイちゃんの左手。まるで、後ろ向きに何かを放り投げた直後のような格好。それでいて、右手の斧は目の前のゾンビを縦に叩き割っていて、気が付けば、もう左手は斧の柄にかけられ、再び両手持ちとなり、まだ群れているゾンビを刻み始めていた。
ゾンビの頭が弾けた結果と、メイちゃんの腕の動きから見ると、どうやら、後ろ手に石を投げて、見事にヘッドショットを決めたようだった。
「ま、マジで……メイちゃん凄ぇ……」
これもうメイちゃん、とか馴れ馴れしく呼んでいいレベルじゃないんですけど。今からでもメイちゃんさん、と呼びたくなるほどの、神業的なスーパーフォローだ。
お蔭で、これで後方のゾンビは殲滅完了。瀕死のゾンビも順次、触手で捕えてトドメを刺していく。
「はぁ……はぁ……あ、危なかった……」
と、そういう際どい場面も、ゾンビエリアではありましたということで。やはりダンジョンは、どんな場所でも気が抜けない。
こんなこともあったお蔭か、メイちゃんがやっぱり最後の防衛手段として、平野君のロングソードを持っていた方がいい、と再主張し始めたので……とりあえず、次の武器が調達できるまで、僕は剣を借り受けることにした。
そうした装備変更しつつ、その後もぽつぽつと姿を現すスケルトンとゾンビとゴアを倒しながら進み続けると、これまでとは雰囲気の違う広間へとたどり着いた。
うーん、ボス部屋ではないようだけど……どうか、何もでませんように!




