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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第3章:クスリ
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第17話 殺してみよう・2

 それから、通路の端を走り抜ける牙鼠の群れとすれ違うこと二回、林の中を何事か騒ぎながら歩いていくゴーマの集団をやり過ごすこと一回。僕らは痩せた赤犬の他には、ただの一度も戦闘をすることなくダンジョンを進み続けた。

 そうして、魔法陣のコンパスが指し示す通りに進み続けた結果、一つの階段に行きついた。僕が最初にこのダンジョンへ入り込んだ時のような、螺旋階段である。もしや、と思って降りてみれば、そこはやはり妖精広場であった。

「今日は、ここで休もうか。少し、寝た方がいい」

「ん……うん、そうだね」

 僕も双葉さんも、疲れ切っていた。別に休息の提案をしなくても、絶対に二人とも眠りこけてしまっていたに違いない。

 今はもう、何も考えたくない。そんな脱力感に支配されながら、僕と双葉さんはとりあえず先に、妖精胡桃と冷たい飲み水だけのわびしい食事を済ませて、就寝することと相成った。

 女の子と一つ屋根の下で寝るなんて……と、実にラブコメらしい素敵な葛藤を覚えることなく、僕は思うままに手足を柔らかい芝生に投げ出して寝転がった。双葉さんも僕と同様、異性を意識するのが馬鹿馬鹿しくなるほど疲れて、そう、精神的に疲れているから、適当に距離を開けて眠っていることだろう。

「うっ……くっ、うぅう……」

 チラリと顔を向ければ、横になって丸まる大きな背中が震えているのが見えた。必死に声を押し殺しているようだけど、泣いているのは明白だ。

 彼女は今、何に対して涙を流しているのだろうか。それも考える気にもならなければ、慰めの声をかける気にもなりはしなかった。泣きたいのは、僕だって同じだから。

 思いの外、大変だった魔物殺し。攻撃できない双葉さん。エンカウントすれば即死同然の魔物の群れ。どれも、僕の精神を削るには十分すぎる要素。そんなもんはとても、チビでオタクで冴えない男子高校生が耐えられるストレスじゃあない。

「大丈夫だ、僕は、まだ、大丈夫だ……」

 祈るようにつぶやきながら、僕は固く目を瞑った。

「僕はまだ、死にたくない……こんなところで、死んで、たまるか……」

 生存本能。それが今の僕を動かす、唯一にして絶対の原動力だった。僕は必ず、ここから生きて帰る。絶対にまた、元の世界に、帰ってみせる。

「……んぅ」

 グルグルと止めどない思考をしている内に、いつの間にか眠っていたようだ。どれくらいの時間寝ていたのかは分からないし、確認する気も起きなかった。

 寝起き特有の倦怠感に包まれながら、僕は目元を擦りながら体を起こす。

「双葉さんは……まだ、寝てるのか」

 寝る子は育つ、という言葉が脳裏を過る。体は育っても、心が成長しなければ意味はないだろう。眠っているだけで勇気が身に着くならば、僕だって勇者になれる。レベル58くらいの。

「いや、違うだろ……双葉さんの、せいじゃ、ない……」

 餓死寸前の上に動きも封じた犬ころ如きも殺せない双葉さんの役立たずっぷりに、僕も心の奥底で、彼女を見捨てた三人と同じ気持ちを抱いたことは否めない。僕だって限界ギリギリ、心の余裕なんてあるはずもない。何でも笑って許せるほど度量の広い男じゃないことは、自分でも分かってる。 双葉さんの天職とパワーに期待した矢先に、こうして躓けば不満も失望も覚えるだろう。

 けど、僕は彼女を恨んだりはしない。怒ることも、責めることもしない。絶対にだ。僕の気持ち、なんてのはどうでもいい。感情で納得できないなら、論理で理解すればいい。

 だから、考えろ、桃川小太郎。不平不満の恨み節を口にする前に、その解決策を。

「……そうだ、まず問題なのは、初期スキルの構成だ」

 重大な欠陥があるのは、双葉芽衣子という人間ではなく、この『天職』という何でもアリな魔法の世界の産物のくせに、見事に僕の期待を裏切り続けてくれるクソシステムである。

 攻撃スキル皆無な呪術師については、不満を上げればキリがないので今は置いておく。重要なのは、双葉さんが今もっている天職の初期能力『見切り』『弾き』『恵体』の三つ。

 注目すべきなのは、武技と呼ばれる攻撃スキルがないこと――ではない。

 戦いに集中させる、精神スキルが欠けているのだ。

 僕らは今朝まで、いや、もしかしたら日は変わっているのかもしれないけど、ともかく、普通の高校生でしかなかった。魔法の力を与えるからといって、それであんな恐ろしい魔物と戦え、なんて言われても普通は無理だろう。

 しかしながら、僕が遭遇した樋口組みも、双葉さんを見捨てた委員長チームも、それなりに魔物と戦えていたはずだ。

 ここまで都合よく生徒達が戦えるのは何故か。その秘密が、精神に作用する能力だ。


『精神集中』:心を乱さず、弓を引ける。


 確か、こういう名前と説明だったはず。そう、これは佐藤彩が持っていた射手の初期能力である。

 彼女は委員長のように冷静沈着でもなければ、夏川さんのような度胸もない。ごく普通の女子生徒といえる人物像だと、一度も話したことはないけど、クラスでの様子からそう判断するには十分だ。

 そんな彼女でも、あの二人と肩を並べて立派に戦っていた。

 真っ当に考えれば、佐藤さんだってゴーマや赤犬を前にすれば、女の子らしく大いにビビって泣きわめくか、呆然と硬直する死亡ルートまっしぐらなリアクションをするはず。戦いにおける貢献度は、双葉さんと五十歩百歩といったところだろう。

 そんな予想を裏切り、彼女が着実に弓による遠距離攻撃を行えたのは、ひとえに『精神集中』により、戦闘行為をスムーズに実行する精神性を、この魔法の力によって獲得できたからに他ならない。

 恐らく、この能力はただ集中して矢を放てるだけでなく、その時に動物を射殺しても、大した抵抗感を覚えさせない効果も含まれていると思われる。

 もしかすれば、戦いが終わった後に罪悪感が押し寄せてくるのかもしれないが……それでも、この能力さえ使えば、いざ戦闘となれば何度でも平気な顔で弓を引ける。命を奪う罪悪感・抵抗感に意識を逸らされることもなければ、恐怖や緊張に手を振るわせることもない。常に平常心でいられる、正に弓道の達人が如き水の心である。

 そうして戦い続ければ、どうせその内に魔物を殺すことにも慣れてくるだろう。人は慣れる生き物だ。ひょっとして今頃、佐藤さんはFPS廃人が如く淡々と魔物を射殺しているかもしれない。

 ともかく、この精神スキルさえ最初に獲得しておけば、素人が戦いで陥る最大の不安要素である『恐怖心』というのを100%克服できるのだ。

 双葉さんだって、目の前の敵に恐れず立ち向かっていける騎士の心、正に『騎士道精神』なんていう能力でもあれば、ゴーマだろうが赤犬だろうが、その剛腕でもって難なく叩き潰してくれたことだろう。

 まぁ、そんな風に大活躍されてたら、そもそも三人に見捨てられることもなければ、僕の仲間として出会うこともなくなるんだけど。

「何とか、精神スキルを習得できないか……」

 結局、戦いを通して天職を成長させる、という当初の計画に戻ってくる。欲しいスキル系統が変わっただけで、その手段は全く変わらない。

 そして、ソレが上手くいかないからこそ、こうして悩んでいるワケだが。堂々巡りか、コンチクショウ。

「うーん、今度は赤犬じゃなくて、牙鼠を一匹だけにすれば……あるいは、何か騙して殺させるとか……」

 何だか、シミュレーションRPGとかで、後の成長に期待して、超弱いキャラを頑張って育成するプレイを思い出す。敵のHPを1まで削って、トドメだけ育成キャラで刺させて、経験値を稼がせる。

「そんなことで、天職は育つのかよ……」

 残念ながら、これはゲームでもなければ、ゲームシステムが自然法則になっている世界でもない。

 少なくとも、まともに戦闘経験を積めば新たな能力を獲得できることは間違いないと、双葉さんの話から判明している。それはやはり、メール情報にあった僕らの天職が必ず戦いに関する神から与えられる、というのが原因だろう。

 だからこそ、僕はあんな衰弱しきった赤犬一匹でも、倒せば経験値になるかもと思って行動していたが……果たして、天職のレベルアップに認められる戦いというのは、どういうラインなのかイマイチ不明である。スキルツリーと習得条件が見られる攻略ウィキを、ノートの魔法陣に更新してくれればいいのだが。クソの役にも立たない情報ばっかりよこしやがって、王国の無能神官どもめ。

 あるいは、習得条件は完全に神様の気まぐれなのかも……だとすれば、双葉さんに天職を与えた騎士の神様、声が女性だったらしいから女神様ということなのか、ともかく、女騎士の神ならあんまりセコい手を使って魔物を倒しても、認めてくれないかもしれないな。

 どうしよう、もし僕みたいにスーパーラッキーの上に成立した鎧熊殺しみたいなのをレベルアップに要求されたら……ちくしょう、どう考えても無理ゲーだろ。

「はぁ、薬でも作ろうかな」

 完全に行き詰まった思考を放棄して、僕は現実逃避的な作業に没頭することに決めた。

 そういえば、ここの妖精広場はまだ細かく植生を見ていないから、もしかしたら前のパワーシードみたいな新発見があるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱きながら、僕は「よっこいしょ」と年寄臭く立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
二周目です。 あぁこの頃は本当に二人とも大変だったよね、としみじみしてしまいます。 こんなにギリギリの状態なのに、生き残るための解決策を見出さそうとして、スキル構成にまで思考が及ぶ小太郎くんが凄いと思…
[気になる点] 真面目にこのまま豚をヒロインにするんですかね?恐怖なんですが
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