第14話 勇者と聖女
「『聖女』の天職か……それって、職業なのか?」
「もう、それは恥ずかしいから言わないでください!」
頬を赤らめてポカポカしてくる桜は、どこまでもいつも通りである。この『天職』という異世界の神々から授かる超常的な力を得ても、人はそうそう変わるモノではないか。
「そういう兄さんこそ、『勇者』の天職ってどうなんですか?」
「はははっ、やっぱり面と向かってそう言われると、恥ずかしいな」
気が付けば、俺の天職は『勇者』になっていた。例の魔法陣を使ってはいないが、それでも、鎧熊に倒されて意識が遠のいたあの時、聞こえてきた女神様の声を俺ははっきり憶えている。
『汝、世界に白き光をもたらす――『勇者』となれ』
女神様はそう言っていた。きっと、あの瞬間に俺は『勇者』になったのだろう。
「はぁ、世界を救う前に、まずは自分達のことで精一杯だけど」
「ここを出られたら、すぐに帰りますからね」
「当たり前だろ、何でちょっとむくれてるんだよ」
「だって兄さん、この世界の人達が、魔物に襲われて困っています、なんてことになったら、危険も顧みず助けにいきそうじゃないですか」
「そりゃあ、俺の力で助けられるなら、助けるさ」
「でも、そうやってズルズルと戦い続けることになったら、どうするんですか。戦争に巻き込まれることだって、あるかもしれません……日本で不良と喧嘩をするのとは、わけが違うんですよ」
分かっているさ。きっとこの異世界で『戦う』ということは、自分も相手も命をかけるのが前提となる。そんな過酷な戦いを続けていれば、その末路なんてのは容易に想像がつく。
「大丈夫だ。俺は必ず桜と、みんなとこのダンジョンから脱出して、元の世界に帰るんだ。優先順位を、間違えたりなんてしないさ」
「はい、兄さん。でも、あんまり一人で背負いこまないでくださいね。私だって、天職のお蔭で戦えるんですから」
「ああ、そうだな、頼りにしてるよ、桜」
俺はすでに、桜の天職『聖女』の実力を見ている。
今は安全地帯だという『妖精広場』まで辿り着いて休憩中だから、改めて桜の戦いぶりを思い返してみる。やはり、どれも強力な能力だと、しみじみと実感するな。
天職で最初に与えられる能力は三つ。
『光の守り手』:あらゆる物に、白き光の力を付与する。その輝きは邪を払い、魔を退ける。
『光矢』:白き光の矢を放つ、光属性の下級攻撃魔法。
『癒しの輝き』:治癒と回復、双方の効果を併せ持つ治癒魔法。
これらが、桜の能力だった。簡潔な説明文しか頭の中に浮かばないから、実際にどれほどの効果があるのかは、試してみるより他はない。
そして、ダンジョンの通路をうろつく『スケルトン』という、ゲームに登場するそのままのような骨の魔物を相手に、桜は自分の能力を見せてくれた。
まず驚くべきなのは『光矢』の威力だ。桜が持っていた弓道の弓を引くと、そこに白く輝く光の矢が番えられる。それが放たれれば、綺麗な光りの軌跡を宙に残して、スケルトンへ吸い込まれるように飛んで行く。
命中と同時に、眩い光が炸裂し、後にはバラバラに砕け散った骨の残骸が残るのみ。
スケルトンの骨が脆いわけではない。どれくらいの硬度があるのかは、俺が実際に戦って確認している。少なくとも、普通の人間と同じ程度には頑強。ちょっと叩いたくらいでは、ヒビも入らないはず。
それが木端微塵に爆砕しているのだから、その威力は推して計るべし。生身で当たったらどうなるか、ちょっと想像したくはない。
次に試したのは『光の守り手』だ。桜が俺の木刀に手をかざすと、ぼんやりと白い光が瞬き、数秒経過すれば、魔法は完了。木刀は神聖な白い輝きを宿すようになる。
この光った状態でスケルトンを叩けば、骨の体は砂のようにあっけなく崩れ去るのだ。
ゲームだとアンデッドのスケルトンに光属性は効果抜群、みたいな感じだが、この世界でもそういった弱点や補正みたいなのが働いているのだろうか。アンデッドに対する特効があってもなくても、この『光の守り手』のかかった木刀が、通常の状態よりも遥かに硬度を増しているというのは、俺が実際に振り回してみて分かった。普通なら絶対に折れるような勢いで壁に叩きつけても、木刀はビクともしない。
魔法の効果時間はあるものの、適時かければ問題ない。お蔭で、俺は木刀一本だけで事足りる。スケルトンの振り回す棍棒のお世話になることはなかった。
最後の『癒しの輝き』は、幸いにもまだ目立った負傷はないから、まだ試してはいない。俺が鎧熊に負わされた重傷も、勇者に目覚めた瞬間に何故か全回復していたから、今は無傷のままだ。
しかし、こうして凄まじい魔法の力を目の当たりにすると、この治癒魔法の効果にも期待ができる。何より、これからも魔物が闊歩する危険なダンジョンを進むにあたって、こういった回復手段というのは必須。ある意味、戦闘能力よりも、この治癒魔法一つの方が、価値があるかもしれない。
できれば、ずっと出番のないまま脱出できればいいと思うが、弱いスケルトンだけでなく、鎧熊のような強力な魔物もいることを思えば、そう簡単にはいかないだろう。
「……はぁ、この妖精胡桃、不味くはないですけど、この先しばらく、これしか食べられないと思うと、少し気が滅入りますね」
「そう言うな。こんなサバイバルな状況下で、安定して栄養を確保できるんだから、恵まれているよ」
「兄さんはお爺様との山籠もりで、こういうのは慣れているかもしれないですけど」
いや、流石に爺さんとの修行でも、こんな魔物がウロつくダンジョンに来たことなんかないけど。まぁ、あの爺さんなら嬉々として攻略しそうだが、俺はそこまで戦いに飢えた戦闘狂ではない。早く、またいつもの平和な学生生活に戻りたい。
そんな思いを、今は忘れるように妖精胡桃を食べ終えて、俺は立ち上がる。
「よし、それじゃあ……アレを調べてみるか」
「うっ、兄さん、やっぱりアレ、調べるんですね」
あからさまに桜が顔をしかめるが、この妖精広場には、とても無視できない存在感を放つ先客がいた。
「どう見ても騎士の死体だ。それに、剣もまだ腰にあるようだし……武器を手に入れる絶好のチャンスだろう」
そう、それは薄汚れた甲冑に身を包んだ、白骨死体である。恐らくはアストリア王国の騎士だろう。ダンジョンの探索中に魔物に襲われ、ここまで逃げ込んだものの傷が深すぎてそのまま、といった感じ。
これが未来の自分の姿とは思いたくない。ナムアミダブツ、と冥福だけは祈っておく。
「スケルトンになって、襲ってきたりはしない、ですよね?」
「今の俺なら、格闘戦になっても対処できるから、大丈夫だ」
鎧熊を光の剣でぶった切った時ほどではないが、妙に体は軽いし、力が溢れてくる。実際、つい昨日までの自分よりも、明らかに身体能力が上昇しているのを、これまでの道中で確認している。ただ、スケルトン相手では全力の出しようもなかったから、今の自分がどこまで戦えるのか、俺自身も把握しきれていない。
「ほら、動かないだろ」
死体が死体のままであることは、俺が無遠慮に装備品を漁り始めても、何のリアクションもないことから証明される。アンデッドモンスターではない、と安心するところだが、まぁ、そもそも白骨死体を前に、嬉々として装備漁りのできる精神性を女の子に求めるべきじゃないだろう。そういえば桜、意外と怖がりだし。ホラー映画とか苦手だしな。
とりあえず、追剥ぎの真似事は俺の担当ということで。まずは最も気になる長剣を、鞘ごとベルトから外す。早速、引き抜いて刀身を検めよう。
「これは、凄いな……立派な剣だ。錆びてもいないし、造りもかなりしっかりしている」
「確かに、新品みたいに綺麗ですね。もしかして、魔法がかかっているんでしょうか」
ありえない話じゃない。鎧は機動性を重視したような軽めのデザインだが、各所に凝った意匠がこらされたりしていて、とても一兵卒には見えない。この剣にも、赤い獅子のような紋章がついていて、ただの量産品ではなさそうだ。もしかして、この人は貴族だったり。
だとすれば、この剣に切れ味を保つ魔法がかかっていてもおかしくはないだろう。もっとも、今の俺達には確かめる術はないが。
「――うん、これなら、実戦でも申し分ない」
「木刀よりは、ずっと頼りになりそうです」
実際に素振りしてみると、この剣の良さをさらに実感する。これで刀だったら最高なんだけど、流石に、異世界に来てまでそこまで我がままは言わない。むしろ、ショテルとか、そういう変な形の剣が主流じゃなくてマシだったと思うべきか。
「騎士さんには悪いけど、この剣はありがたく、使わせてもらいます」
粗方、装備を調べ終わると、俺はもう一度、騎士の白骨死体に手を合わせて拝んでから、この長剣を自らの腰に差す。
騎士からちょうだいした武器は、長剣と、もう一つ持っていた短剣だけ。短剣も保存状態がよく、錆びも見当たらない。やはり、剣と同じ赤い獅子の紋章がついていた。
「短剣は護身用に、桜が持って」
「いえ、私は……兄さんが持っていた方が、役に立つのではないですか」
「『光矢』は至近距離じゃ危ないだろう。それに、桜もナイフの使い方くらいは習っただろう?」
「それは、その、多少は……」
俺ほどじゃないが、桜も何だかんだで幼いころから爺さんにしごかれてきている。ナイフを持った暴漢に対処する護身術だけでなく、ソイツからナイフを奪った上でトドメを刺すまでの流れを、きっちり教え込まれている。桜は女の子だから、本当に刺し殺しても余裕で正当防衛成立するから、安心てトドメを刺すが良い、とか言ってた爺さんは、割とクソジジイだと思う。まぁ、死なない程度の刺し方を教えてください、と真面目に言う桜も、ちょっとどうかと思うけど。
「それじゃあ、行こうか。まずは他のクラスメイトを探さないとな」
そうして装備も整ったところで、俺達は妖精広場を後にした。
そこから先のエリアには『ゴーマ』という真っ黒い小柄な人型モンスターが出現するようになった。錆びたナイフや斧、スケルトンから奪ったような棍棒、動物の骨の槍、そんな粗末ながらも一応は武装した、危険な魔物だ。なにより、コイツは人間の肉を好んで食らうというのが恐ろしい。万が一にも奴らに敗北すれば、生きたまま体を貪り食われることになるだろう。
その姿から、何となくRPGの雑魚モンスターの代表格であるゴブリンを連想するが、決して油断すべき相手ではない。
「……兄さん、これは少し、やり過ぎではないでしょうか」
「いや待て、これは違うんだ、桜、聞いてくれ」
俺の周囲には今、どんな凶悪な殺人犯が現れたのかというほど、血塗れの凄惨な殺害現場が広がっている。
妖精広場から出た通路を抜けて、ちょっと大きな通りにでたところで、俺達は五体のゴーマに襲われた。勿論、こうして全て返り討ちにすることに成功はしたのだけれど……自分でもちょっと引くくらい、派手な殺し方をしてしまった。今や五体いたのかどうか分からないほど、死体はバラバラでグチャグチャ。途中から、如何に攻撃を当てるかよりも、如何に自分が返り血を浴びないか、というのを重視で立ち周りを考えたほどだ。
「何が違うんですか」
「俺のスキルを試してみたんだよ」
この惨状は全て、新たに覚えたスキルの効果を試した結果、引き起こされたものだ。スキルなしで戦っていれば、順当に騎士の長剣で過不足ない一撃を見舞って、もっと綺麗に仕留めることができた。
「なるほど、兄さんの動きが目に見えて変わったのは、そのせいだったのですね。それで、使ってみて、どうでした?」
「とんでもない威力だよ。スキル、というより、剣で繰り出すのは武技というらしいけど」
俺が鎧熊との戦いを終えた後に覚えたと思われるスキルは、以下の六つ。
習得スキル
『一穿』:刺突攻撃力強化。鋭い一撃が、敵を穿つ。
『一閃』:斬撃攻撃力強化。鋭い一撃が、敵を斬る。
『疾駆』:移動速度強化。疾風の如く、駆け抜ける。
獲得スキル
『剛力』:筋力強化。鎧熊の如き力強さ。
『鉄皮』:防御力強化。鎧熊の如き硬き守り。
『三裂閃』:三連続攻撃。鎧熊が爪を振るったように、敵を八つ裂く。
習得スキル、というのは、俺自身が成長すること、ゲーム風にいえばレベルアップすると自動的に覚えられるスキルだ。
獲得スキルは、倒した相手を元にしたスキルを覚えるというもの。恐らく、これは相手の能力をそっくりそのまま奪うのではなく、あくまで敵の能力をイメージの元として、人間である俺が扱うよう変化・調整されたモノだろう。
鎧熊が力強いのは自前の筋肉があるからで、硬い防御は金属質の分厚い甲殻があるから。勿論、腕の一振りで相手を八つ裂きにできるのは、鋭い爪が指の数だけ生えているからに過ぎない。もし、真の意味で敵の能力を奪う効果があるのなら、今頃、俺は鎧熊と同じ姿になっていたところだろう。
「威力は凄いけど、溜めが必要だったり、放った後に僅かに隙ができたりする。それに、ただ剣を振るよりも体力を消耗するから、使いどころは考えないといけないな」
「魔法と同じですね。けれど、こういった『天職』の能力は、使えばその分だけ習熟して成長する、らしいので、出し惜しみするのもよくないのではありませんか?」
「ああ、武技の特性そのものに慣れておかないと、いざという時に使い物にならないからな。とりあえず、練習はしていくよ」
ただし、ゴーマ相手に『三裂閃』を炸裂させるのは止めておこう。
「兄さん、少し、楽しそうですね」
「不謹慎、とは思うけど……俺はもっと、強くなりたかったから。それが、この異世界に来て、こんな目に見える形で凄い力が与えられたんだ。興奮が抑えられない、というのは、俺の精神修練が足りない証かな」
「ごめんなさい、そんな、皮肉のつもりで言ったわけではないのです。兄さんが強くなりたい、と思う気持ちがどれほど強いものか、私は知っています。けれど、この強力な『力』が、兄さんを変えてしまうのではないかと、少し、不安で……」
参ったな、桜には敵わない。そんな心配をさせるほど、どうやら俺は舞い上がってしまっていたようだ。本当に、精神修練が足りない。後で座禅でも組んでおくか。
「俺は大丈夫だよ。強くなれるだけ強くなるのは、どんな時でも、何が起こっても、桜、お前と、そしてみんなを守れるだけの力が欲しいからだ。どうして神様が俺を『勇者』にしたのかは知らないし、どこまで強くなるのかも分からない……けど、その力の使い道を忘れたりはしない、絶対に」
強い力は、ただ求めるだけでは意味がない。それを身に付けた後、どう使うかが肝要。そういう教えは、子供の頃から爺さんに叩きこまれている。それこそ、骨身に沁みるほど。
分かっていたつもりだった。とっくに、知っているつもりだった。けれど、こうして曲がりなりにも人型の生き物を、剣の一振りで軽く殺せるような力を持った今になって、俺はその教えの意味を、改めて理解できたような気がする。
あるいは、これからもっと、深く理解するか、俺を戒めてくれるものになるだろう。
「ただ守られるだけ、というのも辛いものなのですよ。だから、私も一緒に強くなります。少しでも強くなって、兄さんを支えますから」
「そうか……そうだよな。ありがとう、桜。頼りにしてるから」
「はい、兄さん」
兄思いの、本当に良い妹を持ったのだと、心が温まるが……うん、こんな惨殺現場で心を温めている場合じゃないな。雰囲気ってものがあるだろう。
とりあえず、気を取り直して俺達は先の見えない通路を進んだ。
途中には、植物園みたいに室内に鬱蒼と木々が生い茂るドーム型の大広間があり、そこでゴーマや赤い野犬の群れと遭遇したりした。奴らは群れているだけで、これといって特殊な能力や魔法を使ってくるわけでもないので、桜の援護射撃と、『疾駆』の機動力だけで、難なく殲滅できた。
今のところ、魔物の強さは大したことがない。しかし、またいつ鎧熊のような大物が現れるとも限らないから、俺達は最大限、警戒しながらダンジョンを進む。
そうして、安全な休息場所である妖精広場が、ほとんど等間隔のほどよい距離で配置されているということに気づく程度には、ダンジョンを超えてきた頃だった。幾つめかの妖精広場へ辿り着いた時。
「……嘘、蒼真君?」
そこに、先客がいた。
「あっ、ほ、本当だ……蒼真くんと、桜ちゃん……夢じゃない、よね」
よく見知った、二人の女の子。
「委員長と夏川さん! 良かった、二人とも無事で――」
「うっ、うぅ……ふぇえええええん! 蒼真くぅーん!」
「うわっ! ちょっ、ちょっと、夏川さん!?」
いきなり泣きながら抱きつかれて、俺としてはうろたえるより他はない。夏川さんとは、普通に友達づきあいだけで、再会するなり抱き合うような関係性では断じてない。でも、こういう時、誤解でも桜から冷たい視線が送られるんだよな……と思いきや、桜は真面目な顔で、委員長へと向いていた。
「涼子、無事で良かったと言いたいのですけど……何もなかったわけでは、ないようですね」
「ええ、桜、それと悠斗君が、今ここに来てくれて、本当に助かったわ。ありがとう」
どうやら、俺が考えているよりも、悪い状況が発生しているようだった。夏川さんも、ただの不安感から泣いている、という感じではなさそう。かなり精神的に追い詰められていた結果、と見るべきか。
俺は、とりあえず泣きじゃくる夏川さんを落ち着かせるために、優しく抱き返す。同時に、事情を聞くのは、酷く疲れた青白い顔をしているが、それでもまだしっかり意思を保っている委員長にすべきだろう。
「委員長、一体、何があったんだ」
「……仲間が、また一人死んだの。つい、さっきのことよ」
その報告は、俺が想像しなかった……いや、違う、あえて考えようとしなかったものだ。強力な『天職』の力に、群れるばかりで弱い魔物。だから、他のみんなも大丈夫。
浅はかにも、俺は自分でそう、思い込もうとしていた。
そしてそれが、希望ではなく、ただの都合の良い願望でしかなかったことが、今ここに、証明されてしまった。
かくして、俺はついにクラスメイトから犠牲者が出たことを、知ったのだった。
第二章はこれで完結です。
次回の第三章も、毎日更新で行きたいと思います。




